サイゼリヤ創業者「値上げしません」宣言に「欠けていた一言」 | FRIDAYデジタル

サイゼリヤ創業者「値上げしません」宣言に「欠けていた一言」

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円安、小麦価格の高騰、原油高などマクロ経済の要因に起因する値上げラッシュが起きています。あらゆる食料品メーカーが値上げを発表しコロナ禍で冷え込んだ消費者の懐事情を直撃する中で、サイゼリヤ創業者の正垣泰彦会長がNewsPicksのインタビューで「絶対に値上げをしない」と宣言していることが話題になっています。

タイトルから伝わるように、これからお読みいただく記事は「このサイゼリヤの戦略に問題がある」という内容です。ただ先に申し上げておきますと、サイゼリヤは間違いなく日本の外食産業の中の勝ち組であり、同時に業界の中では極めてユニークな経営を行っていることで知られています。

一流の経営を行っていて、コロナ禍での世の中の変化をよく読み取っていて、業績もいい。ただし外部の視点でみるとどうしても気になる欠点があって、そしてたぶんそれはサイゼリヤの苦手な欠点でもある。

経営評論家の立場でそれを今回は記事にすることにしました。

一流の経営を行っていて、コロナ禍での世の中の変化をよく読み取っていて、業績もいい「サイゼリヤ」だが…(写真:アフロ)
一流の経営を行っていて、コロナ禍での世の中の変化をよく読み取っていて、業績もいい「サイゼリヤ」だが…(写真:アフロ)

サイゼリヤの経営陣は理系の方が多いことで知られていて、理詰めの経営を行っているところに特徴があります。たとえばサイゼリヤのモップの幅と通路の幅は同じ長さになっているのですが、それは一回でモップ掛けができるからというものです。子供に人気の揚げ物メニューがサイゼリヤにはないのですが、その理由はフライヤーのメンテナンスの手間の方がデメリットとして大きいから。科学的・論理的に考えて判断を下すというのがサイゼリヤの良い社風です。

値上げラッシュの状況下でサイゼリヤが値上げをしないという判断は、正垣会長によればこのような論理で成り立っています。

そもそもサイゼリヤの経営哲学から出発するのですが「良い商品というものは食べる側にとって適切な価格と品質でなければいけない」「売れる商品が良い商品だ」という考えがベースにあります。

そして今、食べる側のことを考えたら「いまは絶対に値上げをしてはダメ。理由はいま、世の中がとても困っているからだ」ということになります。賃金が上がらず、モノの価格が上がってお客さんが苦しんでいる。「いまサイゼリヤが価格を高くするとお客さんはどうなります?困るでしょう」というわけです。だから、サイゼリヤは値上げしない。これが正垣会長の値上げをしない宣言の論理です。

とはいえ原材料費は軒並み値上がりし、電力やガスなど光熱費も高騰している中で、どうやってコストを吸収するのかというと、このような論理になります。それは「本当にお値打ちならお客さんは増える。その結果新しいお店が必要になる。お店の数が増えればコストアップは簡単に吸収できる。結果的に利益も出る」というものです。

ちなみにサイゼリヤは外食産業の中では比較的正社員の待遇が良いことでも知られています。正社員の平均年齢が38歳で平均年収は552万円ですから、この時代、ちゃんと暮らしていくことができる給与水準です。

消費者から支持されるメニューがあって、それを極めて安い価格で提供できる工夫があって、業績も伸びていて、正社員の待遇もいい。すべてにおいて一流に見えるサイゼリヤに実は決定的に弱点があります。

それは、アルバイトからの評判です。

アルバイトで生活している人たちが参考にする口コミサイトに「みん評」があります。ファミレスのアルバイトカテゴリーで見ると口コミ評価されている27チェーンの中でサイゼリヤは6位と一見、よい位置にいるように見えます。

ただ順位でみるとそうなのですが、実は飲食店アルバイトの口コミ評判では大半のチェーンは「悪い」評判で、アルバイトから見てよい口コミ評価のチェーンはわずかだという構造があります。

みん評で口コミ上位のチェーンはマクドナルドが3.36、コメダ珈琲店が3.35、あきんどスシローが3.34といった顔触れになります。この顔触れを見て業界がわかっている人ならわかるのが、この3社は確かにアルバイトのマネジメントに関しては一流の会社ばかりだということです。

みん評については「悪い口コミが集まりやすいサイトだ」という評判がありますが、中身を見てみると少なくとも事実が書かれている。面白いことに食べログの評価と同じで3点台がとれるのは人のマネジメントの点でいいチェーンであり、それほどでもないチェーンは2.7~2.9あたりの2点台の口コミになる傾向が読み取れます。そしてサイゼリヤのアルバイトの口コミ評点は2.89です。

みん評の飲食チェーンの評判の分布は上位1~2割のチェーンだけが「一流」で、あとは「二流」というのが全体傾向で、サイゼリヤはその「二流グループ」集団に属しています。ではサイゼリヤはなぜアルバイトの口コミ評判が悪いのか。膨大な数の口コミから読み取ると、その評判は一貫しています。「正社員の質が悪い」というのです。

アルバイトとして気持ちよく働けるかどうかは社員、つまり店長の人格次第でその当たりはずれが結構大きい。複数店を渡り歩いた人の口コミによれば、人のマネジメントに長けた良い店長がいる店は全体の2割程度ではないかといいます。一般論ですが、はずれとされる店舗では、「忙しくなると怒り方が理不尽になる」などバイトがパワハラを感じたという記述が多くなります。そして「人の問題に関しては会社は基本的に何もしない」とも書き込まれています。

書き込みを読み込む限りサイゼリヤの仕事は他のチェーン以上に忙しいと見えます。繁盛店ばかりなのでそれは当然でしょう。店舗の運営マニュアルが科学的に磨き上げられていることで人のマネジメントに巧拙があっても、たいがいのお店では均一のサービスが提供できます。

一方で上司に対するアルバイトの満足度は、均一ではなく悪い方に偏っている。上司の資質のばらつきに起因する職場問題は理系経営では見落とされがちかもしれません。というのは、理系の問題解決は問題の外枠を定義することがとても大切で、外枠があるからこそその範囲の中で最適解を求められます。そしてその枠に入らないものは問題として認識されにくいのです。

「顧客に安くおいしい料理を提供する」という問題を設定し、社員・店舗・パートナー企業などをその問題を解決する範囲に設定するとします。そうやって問題を定義する中で「生産性を高める」「自社農場で育てて材料の品質を高める」「利益が上がれば正社員に還元する」といった施策が生まれます。

その反面、アルバイトが問題設定の範囲に入っていなければ、それは問題として認識されませんし、利益も配分されません。実際サイゼリヤの「値上げしない宣言」にはアルバイトの賃上げは一言も入っていません。

米ロサンゼルスのハンバーガー店に貼ってあった求人広告。時給最低17.25ドルから…1ドル136円だと約2300円だ(2021年9月撮影:シカマアキ)
米ロサンゼルスのハンバーガー店に貼ってあった求人広告。時給最低17.25ドルから…1ドル136円だと約2300円だ(2021年9月撮影:シカマアキ)

口コミによればサイゼリヤのアルバイトの時給の水準は最低賃金に近いということです。東京都の最低賃金は1041円ですがサイゼリヤの東京・吉祥寺の店舗の募集広告ではアルバイトの時給は1061円~1261円となっています。

一方でサイゼリヤの正垣会長が「おいしい商品」としてよく引き合いに出すマクドナルドでは、(これは私がバイトをしていた80年代に耳にした経営方針ではありますが)「バイトのクルーをマクドナルドのファンにする」ことを意識して戦略として打ち出していました。

当時の経営陣の説明では、マクドナルドは人生最初の雇用主として世界最大の雇用を生んでいるうえに、クルーはやがてマクドナルドを卒業して社会人になり、未来のマクドナルドの顧客層になる。だからその元クルーをマクドナルドのファンにすることが経営の未来には非常に重要だと言うのです。

口コミを信じるならば、サイゼリヤの少なからぬ正社員はその日の生産性だけを最大にしようとお店を回します。アルバイトの声は店舗の客数、客単価、利益などの数字からは読み取れません。日本ではアルバイトは平均一年勤続したら別の環境を求めて他のチェーンに移ります。移っても実際にはどこにもパラダイスなどありません。弱者である非正規労働者は最低賃金近辺でも入れ替わりで採用可能なのがこの国の構造です。

実は大企業の正社員世帯ではインフレ率よりもこの春の賃上げ率が上回っています。「賃金が上がらず、モノの価格が上がって苦しんでいる」というのは主に全体の4割を占める非正規労働者など「社会的弱者」の問題であり、そのような層の消費者に支えられているという一面もあります。

彼らに支持され巨大企業へと成長した一方で、給与の高い正社員は社会的弱者のマネジメントに関しては「二流」と口コミ評価され、給与の低い「一流の弱者」の働きに支えられることで、値上げしない経営が成立しているというのであれば、その点こそがサイゼリヤの矛盾ではないでしょうか。

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  • 鈴木 貴博

    経営戦略コンサルタント。東京大学工学部卒。ボストンコンサルティンググループ等を経て2003年に独立。事業戦略と未来予測の専門家。経済評論家としてメディアなどの多方面で活躍中。著書に『格差と階級の未来』『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『日本経済 復活の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)などがある。後者は累計20万分超のベストセラー。

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