世界で規制が進む「トランス脂肪酸」 日本では野放しのなぜ? | FRIDAYデジタル

世界で規制が進む「トランス脂肪酸」 日本では野放しのなぜ?

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動脈硬化を促し、心疾患の危険性を高めるなど数々の疾患の原因といわれ、マーガリン等に含まれる「トランス脂肪酸」。先進国では使用禁止の国も多い。が、日本では表示さえ義務づけられていない。食や健康についての造詣が深く、食用油の権威としても知られる慶応大学医学部教授の井上浩義氏に聞く。

マーガリンやショートニング、それらを原料にしたパンやケーキやお菓子に含まれいることもある「トランス脂肪酸」
マーガリンやショートニング、それらを原料にしたパンやケーキやお菓子に含まれいることもある「トランス脂肪酸」

世界中で年間50万人が「トランス脂肪酸」による心臓と血管の病気で亡くなっている事実

ふっくらフワフワのパン、1日おいてもカリッとしたままの揚げ物、サクッとしたクッキー……これらの原料に使用される「トランス脂肪酸」。植物油に水素を添加した人工油だ。マーガリンやショートニング、それらを原料にしたパンやケーキやお菓子に含まれ、揚げ油に使われていることもある。 

「本来、健康な血管の細胞膜は柔軟で伸び縮みし、それにより血圧などを調整します。しかし、トランス脂肪酸が血管に取り入れられると、柔軟性が失われます。それによって冠動脈疾患が起こる。心不全、心筋梗塞、動脈硬化、不整脈などはすべて冠動脈疾患です」(井上浩義氏 以下同) 

ネット上には「トランス脂肪酸は自然界にも存在するので人工物と天然物を弁別することができない」などと、あたかも“自然界にもあるから安全”であるかのようにトランス脂肪酸を許容するような表現も多く見受けられる。確かに牛の反芻胃などに含まれる微生物によって作られるトランス脂肪酸もあるが、それはごく微量で、人体への影響も十分に研究もされていない。つまり、自然界にあるから安全ということにはならないし、人工的なものを食しても害はないということにはならない。

実際、トランス脂肪酸を摂ると冠動脈疾患のリスクが高まることは、すでにWHO(世界保健機関)が2003年に報告している。WHOによると、世界中で年間50万人がトランス脂肪酸による心臓と血管の病気で亡くなっているという。 

最近では、冠動脈疾患に加え、アルツハイマー病などの認知症などの原因になるという論文も多く出されている。現在、WHOは1日当たりの摂取量を、1日に摂取する総カロリーの1%未満にするように提言し、2023年までに世界中のすべての食べ物から人工のトランス脂肪酸を取り除くことを目標としている。

さまざまな国が規制しているのに、表示義務さえない日本

WHOの提言を受けて、すでにアメリカのニューヨーク州やカリフォルニア州、カナダ、台湾、タイではトランス脂肪酸の食品への使用を禁止している。また、EU加盟国やシンガポールではトランス脂肪酸濃度の上限値を設定したうえ表示を義務付け、韓国、中国、香港では食品中のトランス脂肪酸濃度の表示が義務付けられている。

また、アメリカのニューヨーク州やカルフォルニア州では飲食店の揚げ物や調理での使用も禁止されている。最近では、今年1月、タイ政府がマーガリンやショートニング、それらを使った食品の製造、販売、輸入を禁止し、日本の食品業界に衝撃を与えた。

2008年、米国とカナダのマクドナルドは、トランス脂肪酸が含まれた調理油の使用を中止した
2008年、米国とカナダのマクドナルドは、トランス脂肪酸が含まれた調理油の使用を中止した

各国とも自国民の健康を守るために、さまざまな規制をかけているが、日本はどうか。

「WHOは1日に摂取する総カロリーの1%未満にするよう提言していますが、日本人はトランス脂肪酸の平均摂取量が0.6%程度だということで何も規制していません」 

ところが、0.6%程度というのは、生まれたばかりの赤ちゃんから高齢者までの平均値。民間の調査では30代から50代の女性や、30代から40代の男性の中には1%をオーバーしているという報告もある。井上氏はこう言う。

「国も、そういうデータがあることを知っているんです。トランス脂肪酸が冠動脈疾患のリスクを高めるということも認めている。ところが2011年に出されたガイドラインでは、トランス脂肪酸を表示する必要はないということになったんです」 

このガイドラインは現在に至るも改定されず、結局トランス脂肪酸の表示はないまま。ただし、食品100gあたり(清涼飲料水などの場合は100mlあたり)トランス脂肪酸の含有量が0.3mg未満であれば「トランス脂肪酸フリー(「無」「ゼロ」「ノン」などもOK)」という表示ができる。メーカーにとって不利な表示はせずに、有利なものだけ表示を許したわけだ。

WHOから警告が発表された翌年2004年に、フリトレー・カナダ社は、ポテトチップに使用する油を、トランス脂肪が含まれる植物油脂からコーン油に変更した。日本の食品表示では、どちらも「植物油脂」または、「植物油」と表示される
WHOから警告が発表された翌年2004年に、フリトレー・カナダ社は、ポテトチップに使用する油を、トランス脂肪が含まれる植物油脂からコーン油に変更した。日本の食品表示では、どちらも「植物油脂」または、「植物油」と表示される

規制できないなら、せめて選ぶ権利を

なぜ、トランス脂肪酸を使っていることが表示できないのだろう。その問いの一つの答えとして、井上氏は2019年6月に公表された、山崎製パンの乳化剤などの添加物を表示してほしいとの消費者からの声に対して答えた「第3回食品添加物表示制度に関する検討会 ヒアリング資料」を挙げる。そこには、「添加物に関する問合せは、問合せ全体の2.3%で多くありません」とある。

「添加物に関しては問い合わせが少ないから書く必要がないとも取ることができる文面になっています。問い合わせるのは、たとえば何か異物が入っていたとか、そういうとき。忙しい人が、わざわざ添加物について問い合わせるわけがない。トランス脂肪酸は添加物ではありませんが、使用量を規制できないなら、せめて表示してくれと言っているだけなんですが、それができない。海外から来る友人たちは、日本では表示がないので、何を食べていいかわからないと言っています」 

WHOが2023年までにトランス脂肪酸の使用を禁止すると言っているのは、それが簡単にできるからだ。トランス脂肪酸でない油を使えばいいだけ。なのに、なぜできないのか?

「考えられることはいくつかあります。トランス脂肪酸でなく、ふつうのオイルを使ってもパンを焼くことはできるけれど、現行のトランス脂肪酸より費用がかかる。工場のラインも入れ替えなくてはいけない。こうした業界の声に押されているとしか思えません」 

現状は、自己防衛策を考えるしかない!

将来、心臓病にもアルツハイマー病にもなりたくない。できればトランス脂肪酸を摂りたくないが、表示もない。トランス脂肪酸が使われている食品は、パン、マーガリン、スナック菓子、マヨネーズ、カレールーと多岐にわたる。いったいどうすればいいのだろう。

「まず家の中に入れない。マーガリンは使わず、バターにする。バターが体に悪いと思っている人もいるかもしれませんが、バターにそのような害がないことがわかっています。

パンは自分で焼く。それができなければ、街のパン屋さんで買う。そのとき『トランス脂肪酸は使っていますか?』と、お聞きになったらいいと思います。意識が高いお店なら『この商品には使われていますが、こちらは使っていません』などと答えてくれるはずです。逆に、『それはなんですか?』と言われたら、油以外の原材料もどうなんだろうと考えますよね。そうやってお店を選んでいけばいいと思います」 

食品表示に「トランス脂肪酸」とは書いていないけれど、「植物油脂(油脂:固形の油)」と書いてあれば、トランス脂肪酸を使っている可能性が高い。ただし、「植物油脂」と表示しなければならないという決まりはないから、トランス脂肪酸を使っていても、「植物油」と表示されているものもある。

最近は「トランス脂肪酸フリー」の食品も、少ないながらスーパーなどの店頭に並ぶようになった。それらを探すなど、地道な努力を続けていくしかないようだ。

「トランス脂肪酸が使われているものをすべて食べないというのはむずかしい。マーガリンやパンなど、ポイントで減らしていって、あとは自由に食べる。そういうことから始めるしかありません」

高齢化社会を迎え医療費の増加が問題になっている今、アルツハイマーや冠動脈疾患など、すでに体への害が実証されている食べ物は真っ先に排除されてしかるべきだろう。そのツケは、結局国民の負担のなるのだから。

井上浩義 慶應義塾大学医学部教授。医学博士、理学博士。ナッツやえごま油など「健康によい油」の有用性研究の第一人者。著書に「知識ゼロからの健康オイル」(幻冬舎)、「食べてもやせるアーモンドのダイエット力」(小学館101新書)、「ハーバード大の研究でわかったピーナッツで長生き」(文藝春秋)など多数。

  • 取材・文中川いづみ写真アフロ

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