精神的・性的暴力…デートDVを受けた漫画家が明かす恐怖の4年間
結婚前の恋人間での暴力「デートDV」。
殴る、蹴るといった直接的な暴力だけでなく、人前で罵声を浴びせたり、メールやSNSを細かくチェックして行動を監視するなどの精神的暴力、性行為の強要などの性的暴力、高額なプレゼントを要求するなどの経済的暴力も含まれる。
性別に関わらず、誰にでも起こりうるデートDVの実体験を生々しくつづったエッセイ漫画『Vくんと私 ~彼氏からデートDVを受けていた4年間~』。コミックDAYSでの連載が完結を迎え、その結末が話題だ。
著者の彩野たまこ氏は10年前、交際していたVくんに「別れたら死ぬから」と包丁を突きつけられ、暴力を受け、人格を否定するような罵倒を浴びせられながらも4年間交際し続けた過去を持つ。
自身も過去に似た経験を持ち、本作を読んで「あれはデートDVだったのかもしれない」と気付いた女性ライターが、彩野氏に話を聞いた。
大ごとにしたくなかった
――彩野さんが『Vくんと私』を描くにいたったきっかけを教えてください
彩野たまこ(以下、彩野):元々まったく別の連載案を出していて、担当さんと打ち合わせを重ねていました。雑談のなかで元カレ・Vくんの話をしたら「それってデートDVじゃないですか?」と指摘されて。「DV」という言葉にビックリして、「いや、そんな大げさなものじゃないですよ」ととっさに否定してしまったんですが。
――デートDVというものがある、ということは知っていたんですか?
彩野:その時は知らなくて、担当さんが懇切丁寧に説明してくれても「そんなに大ごとなのかな?自分の経験したことは」とイマイチピンと来ていなかったです。その後自分でも調べてみて、「そうなのか、あれはデートDVだったのか」と徐々に理解していきました。
――「別れたら死ぬから」と包丁で脅されたり、殴られたりしていたんですよね? それは立派に大ごとでは?
彩野:付き合っていた当時も、友達からは「DVじゃん!」と心配されていたんですが……私は母がいわゆる毒親で、虚言癖というか、そんなことされてないのに「DVされた!」とかヒステリックに騒ぎ出す人だったので、「母みたいになりたくない」という気持ちが強くて。そういった助言を受けるたび、「DVとかそんなんじゃないよ」と否定してしまっていたんです。
未だに、人前で大っぴらに主張するのは「恥ずかしい」と思ってしまいます。「こんなことで騒ぎやがって」とか「お前だって悪いだろ」と批判されたり、自意識過剰な人間と思われるのが怖くて。
――すると、エッセイに描くというのは、彩野さんにとって非常に大きな決断だったのでは?
彩野:そうですね、悩みました。Vくんにバレたらどうしよう、という怖さもそうなんですが、さっき言った「騒ぎたくない、叩かれたくない」という心配の方が強くて。
セクハラやパワハラ、性被害の訴えなんかを見ていても、声を上げた側を非難する人はたくさんいるじゃないですか。そういうことを思うとどうしても躊躇してしまって。
ただ、こんな風に発信できる今の時代だからこそ描けるのかな、とも思ったし、自分のようにデートDVを受けながら気付いていない人も多いのかもしれないと思ったので、描くと決めました。
恐怖と諦めしかなかった4年間
――Vくんとは、彩野さんから告白してお付き合いを始めたんですよね
彩野:そうです。高校生の時にネットの掲示板で出会い、趣味の話で意気投合してメル友になりました。遠距離だったのですが、生まれて初めて人に告白して、それで付き合い始めたんです。
その後、二人とも進学のために上京し、デートしたりお互いの家を行き来したり、普通のお付き合いをしてたと思います。盛り上がっていた時期や、ときめいていた瞬間も確かにありました。
ただ、漫画にも描いたように、Vくんは私を「デブだもんな」「ブスなんだから」とけなしたり、私が痴漢にあった時「被害妄想だろ」「自意識過剰かよ」と真面目に取り合ってくれなかったり、漫画の賞に入選して喜ぶ私に「このくらいの実力で浮かれてんなよ」と言ったりして。
殴られたこともあったので、我慢できなくなってついに別れ話を切り出したら、「別れたら死ぬから」と包丁を突きつけられました。「別れない」という選択肢を選ぶ以外ありませんでした。
そこからの日々はもう、恐怖しかなかったです。直接的な暴力もそうなのですが……元々自己評価が低い私が、「お前みたいなブスと付き合うのは俺くらいだぞ」とか「俺と別れたら、お前みたいなやつは一生一人だよ」と言われ続けて、「本当にそうかも」と無性に怖くなって。
ある種の”呪い”だったと思うんですが、でも当時は本気で「Vくんと別れたら、私みたいな女を好きになってくれる人なんていないんじゃ……」って不安でいっぱいでした。
今冷静に考えると「そんなことがどうしてVくんにわかるの?」という感じなんですが、自分に自信がなかったこともあって、「おかしい」と思っても当時は反論できなかったです。逆上されるのもわかりきっていましたし。
――こんなことを言うと失礼かもしれませんが、よく4年も付き合えましたね
彩野:大丈夫です、自分でもそう思ってますから(笑)。4年付き合ってきたことについては、恐怖もそうなんですが「どうせこのままズルズル続いていくんだろうな」という諦めの気持ちが大きくて。もう自分からどうこうしようという気力すらなくなっていました。麻痺していた部分もあったのかなと。
多分、あのまま別れずにいたら、きっと結婚しちゃってたと思います。また“死ぬ死ぬ詐欺”されるのも、暴力振るわれるのも嫌でしたから。惰性で結婚して、一生付き合っていくような羽目にならなくて良かったと思うし、あの時勇気を振り絞って別れて本当に良かったです。
彼が死んだら、私の責任になってしまうのか?
――実は私も上京したての時、生まれて初めて付き合った相手に「別れたら死ぬ」と刃物を持ち出され、別れられなかったという経験があるんです。作中で描かれている、「自分が別れて、それで本当に死んだらどうしよう」という恐怖の感覚が本当にリアルでした
彩野:そうなんですか!? 私、同じような経験を持つ人と会ったことがなくて、言葉は悪いかもなのですが、すごく興味深いです。
これを言ったら人でなしと思われてしまうかもしれないのですが、当時は、「私が別れたことでVくんが本当に死んだら、それは私の責任になってしまうのか?」という恐怖が大きくて。
そんなことできるわけない、と心のどこかでは思っていても、同時に「でももし、本当に自殺したら?」とどうしても考えてしまって。死んだら哀しいとかそういう気持ちはその当時まったくなく、「私のせいにされたくない、Vくんの両親とかから責められたくない」という自己保身の気持ちに支配されていました。
だからVくんが私のどこか知らないところでどうなっても、なんとも思わない。そのくらい、もう「好き」とかときめきとかそういう気持ちはどこかに行っていました。
周りは「早く別れなよ」とか、「(そんなやつ)切っちゃいなよ」って、私のことを心配して言ってくれたんですけど、そうすることで自分も相手もどうなるかを考えると簡単には踏み切れないし、どれだけ相手が悪いと思っていてもやっぱり罪悪感は感じてしまう。
口では簡単に「切る」って言えますが、当時の自分にとっては、その決断を下すことがもはや苦痛で。たとえVくんみたいな人が相手でも、関係を断ち切るのは私にとっては本当に難しかったです。
あの日々はなんだったんだろう
――別れて10年近くが経ち、こうして漫画にも描いて、彩野さん自身の気持ちには何か変化がありましたか
彩野:まずやっぱり、「あれはデートDVだった」という確証を持てたのはひとつ大きいです。ただ、別れてから10年近く経っても、Vくんが残した爪痕というのは大きい。
トラウマから鬱にもなったし、Vくんがよく遊んでいた某有名ゲームソフトは、今でもフラットな気持ちでは見られません。多分今後一生遊べないと思います。こんな風に、日常のちょっとした場面で、ふっと思い出してしまいます。
あの4年間は、私にとってなんだったんだろう? と考えてしまうこともあります。「この経験がどうプラスになったか?」みたいなことをたまに聞かれるんですが、プラスとかマイナスとか、そういうくくりで考えることでもないと思うし……ここから何を得たかというと……なんだろう? と。じゃあ、あの日々はまったくの無駄だったのか、って虚無に陥ってしまう。
――私はあれ以来、「無理なものは無理」って言えるようになったというか、すぐに言うようになったかもしれません。自分のキャパシティがよくわかったので
彩野:ああ、確かに、私も自分という人間がよくわかったかもしれません。何が好きで、何が苦痛で、何が本当に耐え難いほど嫌だとか。
――性癖のこととか、そうですよね。Vくんが彩野さんに赤ちゃんプレイを強要してくることとか
彩野:それです(笑)! あれはもう本当に、無理!!!! ってなりましたね。体験して初めてわかることってありますね(笑)。 こんなのできれば体験したくはなかったんですけど。
――あとは、「そんなことくらいで傷つくなんて」という意見や見方に対して、「そうです。私はこの程度のことで傷つくし、ツラいし、嫌です」と思えるようになったかもしれません
彩野:そうか、そうなんですよね。その時傷ついた気持ちとか、嫌だったこと、苦しかったことは本当だし、「そんなことくらいで」傷ついたって、それは別に誰に責められることでもないんですよね。それを聞けただけで、今日は満足な気がします。
今はお陰様で元気ですし、本当に優しい、良い人とも結婚できて幸せに暮らしています。本作は「私の場合はこういうケースでした」という話ですが、私のように過去にデートDVを受けながらもそれに気付けていなかったような人や、現在進行形でデートDVを受けているのにどうすればいいのかわからない、という人に届けられればと思っています。
明るくインタビューに応じてくれた彩野さんだが、「担当編集さんや周囲がこれだけ気を使ってくれていても、Vくんに見つかったらどうしよう、という怖さはやっぱり未だにある」とも語っていた。
恋愛関係は、ややもすれば二人だけの閉じられた世界になりがちだ。どうか、本作で描かれているようなケースも現実にあるのだと知っておいてほしい。傷つける側にも、傷つけられる側にもならないために。あなたの周りの大切な人が、SOSすら出せなくなってしまっている時、そのことに気付けるように。
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- 取材・文:棚田ハル