現地ルポ・死亡者2158人のイタリア「パニック報道」の真相
北イタリアからのレポート
欧州での新型コロナウイルスの震源地になってしまったイタリア。日本時間3月17日午前2時の時点では、感染者数は2万8千人近くに達し、亡くなった人は2158人にのぼっている。
いつも陽気なイメージがあるイタリア人は、この状況をどう感じ、どう過ごしているのか? 北イタリアのピエモンテ州ノヴァーラ県在住の奥山理恵さんにレポートしてもらった。

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“Io resto a casa”(私は家にいます)がハッシュタグに
今、イタリアでは、外出を自粛して新型コロナウイルスの感染拡大をストップさせるために“Io resto a casa”(私は家にいます)というハッシュタグがトレンド入りしています。
空港では、イタリア国民の健康を守り、自国から他の欧州への感染を広げないように、航空機の発着が次々と制限されています。この記事が出るころには、また新たな政令が発表されるかもしれません。
3月9日、イタリア全土に移動制限が発令される
最初、3月8日にロンバルディア州、そして近郊のピエモンテ州、ヴェネト州、エミリア・ロマーニャ州の4つの州の一部の14県に4月3日まで移動を制限するという政令が発表されました。
これによって個人の移動は、職務上の必要性,病院に行くなど健康上の理由、食料品や必需品の買い物、自宅に戻るための移動以外は制限されました。制限されている地域内を移動する場合は、内務省のHPから書類をダウンロードして必要事項を書き込み、警察に車両を止められた時に身分証明書やパスポートと一緒に提示することが必要になりました。
また同時に、レストラン、バールの営業時間も6時~18時までに限定され、学校、大学はすべて休校となりました。
この政令には、人との接触を回避するために「他人との距離を1m確保すること」という規則も含まれていました。

この時、テレビからはミラノ中央駅にスーツケースを抱えた人が殺到している映像が流れました。ミラノ・マルペンサ空港のアリタリア航空全便が運行廃止となる発表もあったので、列車が運行されている間に、ローマなど他の空港に向おうとした旅行客などが多く詰めかけました。また、学校も休校で、職場がテレワークや休暇となり、少しでも安全な実家に戻ろうとしたミラノで働く南イタリア出身者もいたようです。
翌日、3月9日には、この移動制限をイタリア全土に適用することが発表されました。
そして、3月11日には、12日から25日まで、食料品、生活必需品,薬局を除く全て販売活動を休止する政令が発表されました。
このニュースは日本でも大きく報道されたようで、ニュースを見た日本の友人たちから「イタリアは、薬局や食料品店以外、全店舗閉鎖で大変そう。生活ができているのかとても心配している」「写真でみたら、スーパーに品物もなく、食料もなく困っているのではないかと心配している」という内容のメールが次々に届きました。
テレビでは、生活必需品のお店は営業が継続され、流通も継続されているので、スーパーマーケットに慌てて買い物に走る必要はないと報道されました。
日本では「薬局や食料品店以外は閉鎖」と報道されているようですが、実際には、ipermecatoと呼ばれ食料品や日用品などを扱う大型スーパーマーケット、ミニマーケット、食料品店、家電店や、ペットショップや香水を扱うお店なども「人との距離を1m確保する」ことを条件に営業されています。
一方、「人との距離を1m確保できない」美容院などのサービス業のお店や、それまで時間が短縮されて開いていたレストラン、バールも休業になりました。

“1m ルール”を真面目に守っているイタリア人
先日、移動制限後、初めて、いつも行くスーパーマーケットに行ってみました。通常は、店内は話し声で賑やかなのですが、時折、お客が店員さんに何か尋ねる必要最小限の小さな声が聞こえるだけでした。
チョコレート売り場に行くと、商品が並ぶ棚の前で、ひとりの男性がチョコレート選びに悩んでいて、私は、1mの距離を確保して少し離れてその様子を眺めていました。すると、私に気づいた男性は、さっと棚から遠ざかり、私に棚の前に行くようジェスチャーで促しました。私も少し悩んだので、もう一度、その男性に場所をゆずりました。二人で笑いをこらえながら、1m以上の距離を確保しながら、選び終わるまでお互いに交代を繰り返しました。
次にレジです。長蛇の列! と思ったら、前の人との間隔を1m(おそらくそれ以上)確保しているので、自然と長くなっていました。「イタリア、スーパーで大行列」という報道は、こんな理由もあったのです。他人と1mの距離の確保をしなければならないのですから。

この惨事をイタリア人はどう感じているのか?
このように、イタリアの人たちは感染拡大をストップさせるため、“Io resto a casa”(私は家にいます)を真面目に実行し、ニュースの報道のように、街に人通りがなくなり、静かになりました。
イタリア人の友人たちに、この状況をどう感じているのか聞いてみました。
彼らは、感染者が増えその治療で疲弊してしまっている医師たちの姿、集中治療室で苦しむ患者やその家族の姿を伝えるニュースに大きく動揺したようです。しかし、ミラノを脱出するかのように駅に多くの人が殺到していた様子や、ゴーストタウンになった街並みの映像には驚いていないようでした。これは、誰もがちゃんと規則を守っている結果、と冷静に受け止めているようです。
それより、これ以上感染者を増やさないように、再びイタリアが以前のように活動できるようになるために、政令の規則を誰もが団結して守るべきだと、勢いのある言葉が返ってきました。

合言葉のように、SNSのメッセージの最初に「私は、家にいます」と書くと、
「もちろん、私も。これは、とても必要なことね。でも正確には、外にいます。今、私は、家の庭にテーブルを出してランチ。今日は、とてもいい天気だからね」と休校になった孫とランチを楽しむ笑顔の写真が送られてきました。
また、これを機会に、家にいて、壁塗りや修理する時間に使っている友人もいます。こんなメッセージも帰ってきました。
「今日も、アペリティーボ(食前酒)は、家でワイン。今月は、いつもより、なんだか安くすむね」

実は、真面目な人が多いイタリア人。今、イタリアに住んでいる人が新型コロナウイルスとの闘いのためにできる最大限のこと、それは、外では“1mルール”を守りながら、家にいること、多くの人がそう思って過ごしています。

取材・文:奥山 理恵/Rie Okuyama
イタリア・ピエモンテ州北部(アルトピエモンテ)ノヴァーラ県在住。イタリアソムリエ協会ソムリエ。イタリアソムリエ協会マスターディプロマ取得。日本に株式会社Wine・Artを設立し、ピエモンテワインやイタリア食材の直輸入販売の他ワイナリーをはじめ、酪農、稲作など北イタリアの農業視察や農業調査などイタリア現地コーディネートも行う。ねこが好き。
写真:アフロ