宮崎敏郎(ベイスターズ) 日本一の打撃職人が連続首位打者を狙う

ハンカチ王子や田中マー君と同学年

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みやざき・としろう ’88年12月、佐賀県生まれ。佐賀県立厳木高では通算24本塁打を放つ。日本文理大からセガサミーを経て、’12年にドラフト6位でDeNAに入団。昨年までのプロ通算5年で打率.302、29本塁打、113打点。右投げ右打ち

「ステップ幅を極力狭くして右足の回転で打つ意識を持つようになってから、どんな球種やコースにもうまく対応できるようになりました。今季は右方向だけでなく、飛距離が出なかった左方向にも大きな当たりが出ています」

DeNAの打撃職人・宮﨑敏郎(29)が語る。宮﨑は昨季、打率3割2分3厘で初の首位打者を獲得。ずんぐりとした体型から「ハマのプーさん」と呼ばれ、筒香嘉智(よしとも)やホセ・ロペスとともにベイスターズのクリーンナップを担う。


「ボクは決して野球のエリートではありません。斎藤佑樹選手(日本ハム)や田中将大選手(ヤンキース)と同学年ですが、彼らとは果てしないほどのレベルの差がありました。別世界の感覚過ぎて高校3年の夏は甲子園も見ていない。身長も低いですし(172cm)、才能や身体能力ではレギュラーで活躍している選手にはとてもかないません。だから人から受けたアドバイスは、すぐに書き留めているんです。大学時代から書き続けたノートやメモ帳は、10冊以上になります」

宮﨑の経歴は地味だ。佐賀県立厳木(きゅうらぎ)高では、2年の夏からエースを任されるが甲子園への出場はない。日本文理大学(大分県)には投手として入部するも、1週間で野手に専念することを決めた。


「ひとつ上の先輩に、巨人に入団した小野淳平さんやオリックスにいた古川秀一さんがいたんです。2人が投げる球を見て、これはかなわないと投手は諦めました。でも打球を遠くに飛ばすことには自信があったため、野手一本に絞ったんです。体格的に恵まれていないボクがレギュラーを獲得するには、人一倍努力するしかありません。チームメイトから『入り口を閉めるぞ!』と言われても、暗くなったグラウンドでバッティングマシーンに向かい一人バットを振り続けていました。監督から『練習し過ぎだ』と注意されたこともありました」

九州地区大学野球リーグでは二度首位打者に輝くも、プロからの誘いはなし。社会人は東京のセガサミーに入社。’12年にDeNAからドラフト指名を受けるが、6巡目と決して評価は高くなかった――。

「絶対にヒゲを剃らないぞ」

あまり評価されなかった理由は、守備に難があったからだ。二年目の4月の阪神戦では9回に一塁カバーに入った宮﨑は投手からの送球をそらし、当時の中畑清監督が激怒。一軍昇格からわずか2日で、ファームに落とされたこともある。

「当時のファーム内野守備コーチだった万永(貴司)さんからは、厳しく指導を受けました。『ムリなことをやろうとしてもダメだ。当たり前のことを確実にこなせ』と。他の選手にできることが自分はできないのが悔しくて、守備練習にもかなりの時間をさきました。おかげで速い打球への対応やスローイングなどの課題も、かなり克服できたと思います」

宮﨑はレギュラーに定着した昨年からヒゲをはやしている。ファームには絶対戻らないという、強い意思の表れだ。

「DeNAでは、ファームでヒゲを剃らなければいけないルールがあるんです。だから一軍にいる証として、ヒゲをはやしているんですよ。自分には『絶対にヒゲを剃らないぞ。一軍で活躍し続けるんだ』と言い聞かせています」

宮﨑の特長は三振の少なさだ。昨季セ・リーグで規定打席に到達した選手は28人。その中で最も三振が少なかったのが宮﨑で、523回打席に立ち、その数わずか47。次に少ないのが鳥谷敬(たかし)と糸井嘉男(ともに阪神)の62なので、突出した数字であることがわかるだろう。

「先輩の下園辰哉さんに『ライト方向には打球が上がるのに、レフト方向には上がらないです』と相談したんです。下園さんからは『じゃ、逆方向を伸ばしたほうがいいだろう』とアドバイスを受けました。『引っ張るより我慢して右を意識したら』と。すると身体が開くクセが修正され、ボールを最後まで見極められるようになったんです。タイミングをズラされ空振りすることがなくなり、ボールをよび込めるようになりました」

今季も3割を大きく上回る打率で、二年連続の首位打者を狙う宮﨑。左手を見せてもらうと、皮がむけ茶色く変色した大きなマメがいくつもあった。

「マメができやすいんです。特に人さし指は血行障害で、ケガをしても治りにくい。冬場は指先が冷えるような痛みを感じます。他の指に比べ爪が伸びにくく、気温の低い4月までは毎年けっこう苦労しているんです。5月に入りだいぶ暖かくなったので、ようやく痛みから解放され調子も上がってきました」

ヒゲののびた愛嬌たっぷりの笑顔には、自信が満ちていた。

バットを投手側に傾け右足に体重を乗せる独特のフォームは、小学生の時に独自に考えついた。「小さい身体で打球を遠くに飛ばすにはどうすればいいか、子どもなりに考え抜いた結果です」

三塁の他に一塁や二塁を守ることもある。「ファームでは来る日も来る日も、イージーなゴロを捕って投げるという練習の繰り返し。おかげで基本的な動作が身体にしみつきました」

肉厚な左手。学生時代から「放っておかれれば、ずっとバットを振っていた」という手のひらはマメだらけ

本誌未掲載カット

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撮影:小松寛之

 

Photo Gallary8

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