引退勧告を受けても練習を続ける、元世界王者・八重樫の苦悶

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ボクシング・元三階級王者の八重樫東は矛盾を抱えている。「もう一度世界王者へと返り咲きたい」と願う自分がいる。一方で「その螺旋からもう外れてもいいのではないか」と安息を願う自分もいる。2つの感情が胸の内で行き来している。

「まだ何も決められない。だから慌てて決めなくてもいいんじゃないか、と思って流れに任せています」

プロで35戦を戦い、28の勝利と7つの敗北を記録している八重樫。3つのベルトの代償に、まぶたの周囲にはいくつも縫合の跡が残っている。

プロのリングに上がり続けて15年。数々の激闘でファンの心をつかんで離さなかった八重樫だが、昨年12月のIBF世界フライ級王者のモルディ・ムラザネに敗北したことで、所属する大橋ジムはついに八重樫に引退を勧告した。

ボクシングは脳や肉体にダメージを与え合う特殊な競技だ。今年2月25日に37歳を迎えた男に、これ以上の苦しみを強いてはいけない。ジムの判断は、当然というべきものだ。しかし――引退勧告が出されて以降も、八重樫はほぼ毎日ジムに姿を現している。

「つい、足がジムに向かってしまうんです」

そう答えると、八重樫は柔からな笑みを浮かべた。いまだに、現役時代と変わらぬ厳しいトレーニングを続けているという。

それでもトップクラス

「ファンの方々も誤解しているのは、引退したら練習をいっさいしないと思っていること。そんなことはないですよ。

ただ、いまは本当に引退するのか決めかねている自分もいます。だから、やれる状態を維持しておきたいというのも事実。やれなくなってからやれるようにするよりも、いつでもやれるようにしておく。会長から、『よし八重樫、試合だぞ』と言われた時にすぐスイッチが入れるようにしておきたいんです」

2017年度の「最優秀トレーナー賞」を受賞した長年のパートナー・野木丈司が手がける過酷なフィジカルトレーニングも、休むことはなく続けている。

神社の石段や坂道を利用したトレーニングで、ただ駆け上がるのではなく、野木の指示によって時に両足でジャンプしたり、二段飛ばししたり、後ろ向きになったり……と体全体に様々な負荷がかかるようになっている。他競技のトッププロがこの練習に参加した際には、モドしてしまったというほど過酷だ。

ところが37歳の八重樫は、プロデビューを控える松本圭佑をはじめとする若い選手に混じって階段を猛然と駆け上がる。彼らと比べて遜色がないどころか、若手を従えて駆け抜けている。

「みんな僕より後輩ですけど、僕がやることで、『八重樫さんがあそこまでやるなら、自分はもっとやらないとな』と感じるはず。ランニングもいちばん年上の僕が先を走ることで、休んでいられるか! と発奮してくれるでしょ。俺も負けずに、と思うか、八重樫さんだから仕方ない、と思うかで分かれる。だから僕が何か言わなくてもやることをやれば、やれるやつはやってくれる」

限界に挑み続ける――練習ひとつにも現れるこの姿勢こそが、八重樫の最大の魅力である。初の世界戦となった2007年6月のWBCフライ級王者・イーグル京和戦では、2ラウンドに偶然のバッティングによって顎の骨が二箇所折れた。それでも八重樫は激痛を顔に出さず、口をだらりと開けたまま最終回まで打ち合った。

2012年6月の、WBC王者・井岡一翔との王者統一戦では、序盤からヒッティングによって両目が遮られた。レモンのように腫れたまぶたのまま、左右の連打で会場を何度も沸かせた。

「激闘王」

いつしか八重樫はそう呼ばれるようになった。

その名称は“ロマゴン”ことローマン・ゴンサレスとの一戦が決定付けた。

歴史に残る死闘

2014年9月5日、WBC世界フライ級タイトルマッチ。王者・八重樫は、アマチュアで87戦87勝、プロでも39戦全勝(33KO)を誇り、「ロマゴン」の愛称で親しまれるローマン・ゴンザレスを挑戦者に迎えた。すべての階級の中でナンバー1を決める「パウンド・フォー・パウンド」の1位で『軽量級最強』との称号があったローマン・ゴンザレス。各団体の王者が彼の挑戦を避ける中、名乗りを上げたのが八重樫だった。

「最強の王者が最強のチャレンジャーを迎え撃つ。それこそがボクシング」

試合のプロモーターであり、大橋ジム会長の大橋秀行は、当時そう述べた。ファンも八重樫の心意気に熱狂した。しかし、試合は残酷な結末を迎える。

八重樫は初回こそ前後左右へと軽快に動き、左を軸に試合を組み立てていく。

しかし、2ラウンドにロマゴンが仕掛けてくると、八重樫が足を止めて打ち合いに応じた。足を使ってかく乱しても、いずれつかまる――そう判断したのだろうが、ロマゴンは近距離での打ち合いを得意とするファイトスタイルだ。八重樫はその土俵に乗ってしまった。3回、ついに左フックでダウンを奪われる。

ロマゴンと戦う八重樫(AFLO)

これで終わりかと誰もが思ったが、八重樫は驚異的な精神力で立ちあがり、試合を続けた。歓声とも悲鳴ともつかない声が会場を包むなか、八重樫はロマゴンとの打ち合いを続ける。

無謀ともいえる戦い方だったが、後半に入るとロマゴンに異変が起こった。打ち合いながら戸惑いの表情を浮かべるようになったのだ。

「なんでこいつは倒れないんだ……」

打っても打っても打ち返してくる八重樫に困惑したのだろう。

それでも、奇跡は起きなかった。9回、ロマゴンの左フックで八重樫はダウン。誰の目にも致命的と分かる、見事な一撃だ。2分24秒、立ち上がろうとする八重樫をレフリーが抱きかかえる。ようやく試合が終わったことを知り、ロマゴンは天を見上げ涙を浮かべた 。

「パワフルでいちばん強い相手だった」

両目を腫らした八重樫が笑顔で握手を求めると、新王者となったロマゴンも敬意をもってこれに応じる。八重樫・ロマゴン戦は、間違いなくボクシング史に残る一戦となった。

しかし、歴史に名前を残した代償は少なくなかった。『軽量級最強』の男のパンチは、八重樫の肉体と精神に深刻なダメージをもたらしていたのだ。

呂律が回らない

異変にいち早く気がついたのは、大橋会長の夫人・大橋さゆりであった。

「八重樫くんが、壊れちゃった……」

大橋の携帯電話に夫人から取り乱した様子で連絡があったのは、ロマゴン戦から少したってのことだった。戸惑う夫人を落ち着かせ、会長は詳しくその様子を聞いたが、今度は大橋の背筋が凍った。

しゃべってもしっかり呂律が回らないこと。土足禁止の会長室に靴を履いたまま入出したこと。ロマゴンとの試合後、取材が殺到したが、その日時を覚えていなかったこと。

いずれもこれまでの八重樫ではありえなかったことばかりだ。大橋の目の前は真っ暗になった。電話を受けてすぐにジムに戻った会長は、八重樫には内心の動揺を悟られまいとして、明るくこう告げた。

「初のKO負けだし、もう一度病院に行こう」

二度目の検査の結果、医学的なデータでは「異常なし」。ダメージが抜けずに一時的に異常が現れたのかもしれない。見極めるために、会長は八重樫の練習再開を許可した。

「私自身も経験がありますがが、打ちつ打たれつの過酷な試合をすると、試合後、一時的に記憶障害や言語障害の症状が出ることがあるんです。八重樫の場合、ロマゴン戦があまりに激しい打ち合いだったから、それが一時的なものか、そうではないのかを見極めるために、練習の様子を眺めに眺めた。幸いにふらつく姿も見せなかったので、次の試合を進めることにしました」

その後、八重樫は2015年にライトフライ級でも王者となり、三階級制覇を成し遂げたが、三度目の防衛戦でミラン・メリンドに初回2分45秒のTKO負け。それでも八重樫はボクシングをやめなかった。3つのノンタイル戦での勝利を経て、2019年12月、IBFフライ級王者のムラザネに臨んだ。

序盤、軽快なステップで互角に戦っていた八重樫だが、中盤以降は痛打される場面が増えた。9回、ついにレフリーが試合を止める。割って入る瞬間まで、八重樫は打ち返す姿勢を見せていたが、誰の目にも勝負の行方は明らかだった。

それでも、当人だけは違う。3カ月前の敗北を、八重樫はこう振り返る。

「動きは悪くなかった。負けましたけど、僕の中では勝てる試合だった。6ラウンドまでは、押し込んでいけばこのまま勝てるな、と思った。でも、勝負のあやというか、7ラウンドにワン・ツー・スリーを食ってしまったのが敗因。そこから相手が三人に見えるようになった。『分身の術』みたいになって、距離が合わなくなった。パンチを食った自分が悪いんだけど、不用意な自分に歯がゆい」

八重樫は「勝てた試合」と語るが、ムラザネのジャブを見切れない場面がいくつもあったことは疑いようのない事実だ。20代の八重樫であれば難なくかわせたであろうパンチを、幾度ももらった。衰えではないか、と指摘すると即座にこう語った。

「反応は遅くなっている。それはわかっているんです」

八重樫は二度頷き、こう続けた。

「だから、それをカバーするために努力もしています。対人競技の面白いところで、百メートル走のように、秒数で結果が出る競技とは異なるんです。百メートル走は自己ベストを塗り替えていく作業だと思う。でもボクシングは自分の能力が落ちていても、結果的に相手に勝てばいい。一瞬の反射神経が衰えても、テクニックなり経験でカバーしていける。それが面白いところでもあるんです。

ボクシングは頭を使って深く考えることができれば、勝てる競技です。失ったことや足りないものを補うことができる。ここでカウンターを打てなくなったらやめちゃったほうがいい、という最低限の線引があるんですが、総合的にみて、世界レベルの一線になんとか留まれるようにしているつもりです」

生き死にの話

名言こそしないが、八重樫はまだ「最低限の線引き」にはとどまっており、引退する必要はないと考えているのだろう。

しかし、周囲の目は違う。

八重樫が再び輝く姿を見たいと誰よりも願うのは、師である大橋その人に違いない。八重樫が口にしたように、ボクシングはグー・チョキ・パーのように相手との相性次第で勝てることもある。しかし、大橋はこうも語る。

「この先、もし試合をしたら『生き死に』の話になる。八重樫がお客さんを呼べる貴重な選手であることも分かっています。実際にオファーもあります。でも試合を組めば最悪の事態が起きかねない。それが分かっているから、どんな条件を出されても、もうマッチメークはできない」

大橋の覚悟は揺るがない。プロモーターでもある大橋が首を縦に振らねば試合が組まれることはない。「自分のことを一番わかっている自分」と、「自分の体のことを自分以上に考えてくれる会長」の狭間で、八重樫は葛藤している。

「僕の身体のことを思ってとてもありがたい。ずうっと一緒にいるんでその意見が間違っていないとも思う。敗戦後、会長とじっくり話をして、これはもう引き際かなぁ……とは思いました。でも、じゃあ引退します、という話にはならなかった。会長から、最後の判断は八重樫に任せる、と言われているんで」

過去15年のプロ生活で、大橋から引退勧告を受けたことは2度ある。その勧告を、過酷な練習を続けることで遮ってきた。今回も八重樫は葛藤から逃れるように激しい練習を続けている。

しかし、今回ばかりは「生き死に」に関わる問題である。大橋の態度は、もう変わることはないだろう。リング上で八重樫の姿が見られなくなるのは残念だが、「敗北」以上の悲惨な結末を見たがるファンなど、一人もいない。

  • 取材・文/岩崎大輔撮影・岩崎大輔

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