鳥谷のロッテ移籍 インスタで祝福もOB西岡剛が復帰できない理由

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3月17日に行われた巨人との2軍練習試合。鳥谷は約半年ぶりに実戦復帰した(ロッテ浦和球場)

「自分の状態を確認できるので、たくさん打席に立たせてもらうのはありがたい」

ロッテに移籍した鳥谷敬(38)は3月20日のロッテとの二軍練習試合後、スッキリした表情で報道陣に語った。この日は4打数無安打ながら、ショートの守備で二度の併殺を成功。昨シーズンオフに阪神を戦力外になって以来、約半年ぶりの実戦とは思えない軽快な動きを見せている。

「春季キャンプが始まっても移籍先が決まらず、ロッテへの入団が発表されたのはオープン戦が始まった3月10日になってからです。一時は現役引退の可能性も示唆されていました。ただ、ロッテ移籍は既定路線だったようです。

鳥谷は同じショートを守り、走攻守3拍子揃ったロッテの井口資仁監督を慕い、早大在学中から(井口監督が現役時代に所属していた)ダイエーのキャンプに参加。プロに入ってからも毎年、沖縄でともに自主トレをし食事にも頻繁に行っていました。井口監督も『若手の見本になる』と、ナイトゲームでも午前中から球場入りし練習を重ねる鳥谷の姿勢を評価。獲得に前向きだったんです。ただ、鳥谷の代理人が出場試合数や一軍で常に起用するなど複数の条件を提示。交渉が難航したため鳥谷サイドが軟化し、移籍が決まったそうです」(スポーツ紙記者)

鳥谷の移籍を、複雑な心境で受け止めている選手がいる。同じくロッテや阪神でプレーし、現在は独立リーグ「栃木ゴールデンブレーブス」に所属する西岡剛(35)だ。鳥谷のロッテ入団が発表された直後、自身のインスタグラムに「なぜか他人の事なのに凄く嬉しい」と記したが胸中は穏やかでないという。

「’18年に阪神から戦力外通告を受けた西岡は、独立リーグでプロ復帰を目指しています。今春の古巣ロッテのキャンプには、裏方スタッフとして朝一番に球場入りし、ボール磨きやグラウンド整備をしていました。当初、球団は首位打者も獲得したOBの参加に難色を示したそうですが、本人は『なんでもやります』と頭を下げたそうです。

元メジャーリーガーでもある西岡がプライドを捨て、『オレを拾ってくれ』とアピールしたんですよ。しかし西岡の熱意は、ロッテには伝わらなかった。同じ内野手の鳥谷を獲得したことで、西岡の古巣復帰の可能性はほぼゼロになりました」(球団関係者)

なぜロッテは鳥谷を獲り、西岡獲得には動かなったのだろうか。確かに西岡の打率順位は独立リーグでも10位と、全盛期からの衰えは否めない。ただ技術以上に影響したのが、西岡の野球に対する姿勢だという。

「イチローが、西岡の野球に対する姿勢を手厳しく指摘したことがあります。’06年に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)直後のことです。この大会で西岡は日本代表初ホームランを放つなど活躍したのですが、以後『世界を驚かせた』など慢心したような発言が目立つようになりました。

女性のいる店にも、頻繁に出入りするようになった。イチローはこうした態度が不満で、『代表メンバーに向かない』と苦言を呈したそうです。

また翌年には、西岡の目立ちたがり屋の性格から記者たちの不評をかった“事件”が起きました。『重大発表があります』と事前に話し、(ロッテの本拠地、千葉県)幕張に報道陣を集めたんです。『メジャー移籍か』と大騒ぎになりましたが、フタを開けてみれば登録名を『TSUYOSHI』に変更するということだけ。記者たちは『そんなことでイチイチ会見なんか開くなよ』と、怒り心頭でした」

‘17年5月に顔面への死球で鼻骨骨折しながら、翌日にはフェースガードを装着して出場した寡黙な鳥谷。一方、母校・大阪桐蔭高の後輩を集め「TEAM TSUYOSHI」を結成するなどパフォーマンスに長けた西岡。ロッテ、阪神で活躍した名選手の明暗は、開幕を前にハッキリ分かれた。

  • 写真時事通信社

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