大麻逮捕から再起を図る日大ラグビー部「指揮官の決意」

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部員が大麻取締法違反で逮捕され、1月から部活動を停止していた日大ラグビー部は2月7日に活動を再開している。3月26日には東京地裁で逮捕された元部員の初公判も行われた。2年前のアメリカンフットボール部の反則タックル問題で厳しい視線にさらされるなかで起きた不祥事。中野克己監督は傍聴席でどんな思いを巡らせたのだろうか。

「我々の指導はいったいどうだったんだろうか……」

3月26日、霞が関にある東京地方裁判所の法廷715号室のドアが開閉した。男性裁判長、女性検事、男性弁護士の問いかけが静かな空気をかすかに揺らす。

証言台につくのは樋口弘晃。大麻取締法違反の疑いを認めた。
「本当に流されやすい性格で…」「ばれなければ…と思っていました」と、事に及んだわけや逮捕前の心境を述べた。

初めて大麻に手を染めたのが地元の福岡の飲食店だったこと、滞在先だった東京でも友人と使用していたこと、吸っているものが違法薬物だとわかっていたことも自らの口で説明した。

中野克己は座れる椅子のうちの最前列の中央を選び、いままでの来し方に思いを巡らせていた。

2人は少し前まで、日本大学のラグビー部で監督と選手の間柄だった。中野はかねて、弁護士を通じて退部届を受け取っていた。拘留先でも面会をしたが、その時は樋口のあまりの憔悴ぶりに具体的な話はできなかった。

ちなみに樋口が卒業した熊本の岱志高校の前身は荒尾高校。昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会に日本代表として出た流大の母校でもある。

判決は4月6日に言い渡されると決まった。

大柄な上半身にセーターをまとう中野は、去り際に思いを述べる。

「学生を4年間かけて社会へ送り出すのが最大の使命とするなかで、こういう形での脱落者が出た。改めて、我々の指導はいったいどうだったんだろうかと考えました」

2016年に着任した。強い組織には規律が必要だからと、平日は5時からの朝練習と直後の朝清掃を採り入れた。(肉体の)ぶつかり合いで負けないよう、あえて他大学出身のコーチを招いてきついトレーニングを課した。去る者は追わなかった。

以前はテーピングの切れ端をグラウンドの脇に放置して陸上部から苦情を受け付けていたが、やがて寮内のごみの分別を率先しておこなうようになった。特にW杯日本大会があった2019年は、最上級生が朝清掃をリードする文化ができあがっていた。

加盟する関東大学ラグビーリーグ戦1部での成績は中野が監督となってから8チーム中8、6、5、2位と右肩上がり。昨季は6シーズンぶりの大学選手権出場も果たした。その延長で生じたのが今回の樋口の事件であり、中野の「我々の指導はいったい…」という言葉なのだった。

稲城市の選手寮に警察が訪れたのは、練習のなかった1月19日の日曜日だ。

樋口は前日の夜、渋谷でジャンパーの左ポケットに大麻を入れていたのを警察官に見つかっていた。当時の寮では、オフの前日には門限がなかった。

残念ながら、樋口の部屋から別な大麻も見つかった。捜査への協力のため、すぐにクラブは活動を自粛。選手は、昔の仲間が起訴される2月7日までグラウンドとトレーニングルームを使えないことになった。

逆風にさらされる指揮官の覚悟

樋口の同級生で後に新主将となる藤村琉士は、「(仲間の異変に)気づけへんかったのは、悔しかった」と関西弁で述懐する。

それ以上に自分を責めたのは、坂本駿介だ。結果を出した2019年度の主将で、今度の春から大学院に通いながらコーチとして寮に住むこととなっていた。

現役生活中は川田陽登寮長らと朝寝する部員を起こして掃除に励んだり、飯を抜こうとする部員が出ないよう部内の食事係を務める1年生に4年生のお目付け役を置いたりと、組織文化の構築を意識していた。

それだけに、あの日は心を痛めた。

「自分らも『まずは4年がまとまろう』というあまり、下の学年を見切れていないという甘さがあったとわかりました。精一杯やっていましたけど、結局、自己満(足)だったのかなと思うことはありました」

その後の聞き取り調査により、部にはそれ以上の薬物使用者はいないとわかった。しかし、活動再開後の2月上旬から下旬に帰省期間を設けると、「10名くらい」の部員がクラブを辞めたいと申し出た。2020年度の入学予定者も1名だけ、辞退を告げた。中野は冬に各地であった高校生の新人大会を回り、関係者への謝罪を繰り返した。

2018年にあったアメフト部の反則タックル問題がきっかけに、日本大学の体育会系クラブは厳しい視線を向けられていよう。そんななか中野は、辞めて責任を取るより、辞めずに責任を果たすことを選んだ。当初は辞任も検討したが、松戸歯学部の教授でもある平山聡司部長に止められた。

競技未経験者ながら現職の平山部長は、クラブの進化の過程で「合言葉はバック・トゥ・キャンパスだ!」と部員の授業出席を強く訴えていた。

「学業がおろそかになる部員は悪い縁に触れて…。これはラグビー部に限らず、どこの学部の学生も同じだと思います。いままでは監督に任せることが多かったのですが、100名以上の部員に目を届かせるのはなかなか難しい。学生が学生同士で互いを見つめ合いながら学業とラグビーに集中できる体制を作っていきたいです。僕も大学側からは改革をやり遂げるまでは部長を続けなさいというアドバイスをいただいたので、腹をくくってできる限り学生と接していきたいです」

3月1日付で医学部教授の吉野篤緒がインテグリティマネージャーとなり、有識者、法務関係者らによるインテグリティチームができた。

中野は、部員にヒアリングをした元警察官からの言葉を胸に刻んでいる。

「今時の大学生は皆、(売人などから)声をかけられています。それを前提にしないと薬物は防げません」

寮の門限はオフの前日も適用する。寮への宿泊日数も、従来よりも増やすつもりだ。

「僕自身、競技結果ばかりに頭がいっていたのかなと考えています。コミュニケーションの延長で学生が何をしているのかを見ていった方がいいと思っています」

選手数は新人を含め138名。OBとなった坂本は落ち込む後輩へ「気分を落とさず、やるべきことをやろう」と声をかけ、主将となった藤村は寮の8人部屋での対話を深めると誓う。中野も社会的な信頼を取り戻すための第一歩として、学生の懐に深く入ってゆく。

  • 取材・文・写真向風見也

    スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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