「旧石器時代の丸木舟」で3万年前の航海に大成功!の舞台裏

人類進化学者・海部陽介 国立科学博物館・人類史研究グループ長

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太古の大航海を再現するプロジェクトが成功した。計画を立案したリーダーの情熱を追う

与那国島を目指して丸木舟を漕ぐ「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の漕ぎ手たち。先端についている3D VRカメラで撮影された映像は、国立科学博物館「シアター36○」で今後公開予定 写真:海部陽介氏提供

「遺跡から出てきた石器や骨といった物的証拠を精査し、太古の人類の生態を解明していくのが人類学研究の王道です。僕も人骨に興味があって、長い間研究してきました。すると『彼らはどうやって日本にやってきたんだろう?』という疑問が湧いてきた。でも骨を見ていても何も答えてくれない。このやり方ではいつまでたってもワカラン! と思ったんです」

国立科学博物館・人類史研究グループ長の海部(かいふ)陽介氏はこう語る(以下同)。日本列島にホモ・サピエンスが上陸した3万年前と同じ手法で太平洋の黒潮を横断するという、命がけの「実験航海」を立案したプロジェクトリーダーだ。

「今回のプロジェクトの特徴は、研究者だけではなく、葦舟(あしぶね)職人、木を切り出す大工、そして実際に舟を漕ぐ冒険家など民間人がたくさん入っている、世界でも珍しい試みだったことです。民間人が多く入っていたことで、公的研究資金のみでは実施できませんでした。それに、このプロジェクトは研究過程が絶対面白いだろうと考え、すべてオープンにして、クラウドファンディングを募りました」

ルート想定などの構想3年を経て、いよいよ実験が始まったのは’16年。まずは旧石器時代でも作成可能な舟を作った。

「ですが、いきなり失敗しまして(笑)。成功可能性は十分あると思っていたのですが、最初に作った草束舟では黒潮を越えられなかった。海の恐ろしさを知りました。最初に集めた2000万円は草束舟製作に消えてしまいました」

草束舟、次に竹筏(たけいかだ)と試したが、黒潮を越えられない。そしてたどりついたのが丸木舟だった。開始から6年半となった昨年7月、丸木舟は台湾から与那国島を目指して大海原に乗り出した。海部氏は伴走船の船首でじっと推移を見守る。乗組員の生命が危険にさらされること(=実験航海中止)がない限りは一切アドバイスを送らないことになっていた。

「今回、自分たちで丸木舟を作って伴走してみて、旧石器人は自然を実によく見ていたのだと思いました。星、太陽だけでなく海のうねりや風などすべてを利用した。方角を知るためのサインがどこにあるかを探しながら航海したんですね。

実験航海では2日目の正午に突如舟が違う方向に向かい、事情がわからない僕は動揺したのですが、後から彼らは島を探していたんだと知りました。そういう予想外のことが起きるのが実験の面白さです」

30時間の航海予想を大きく超えた45時間後、男性4名と女性1名を乗せた丸木舟は与那国島の海岸へ無事到着した。

「旧石器時代にも未知の島を目指して海に漕ぎ出す者がいれば、その舟を作るため山に入って木を切り、元の地に残った者もいたはずです。最初からすべてを実践してみると、当時の社会が見えてくる。今回の実験を契機にして、少しは3万年前の人達に近づけたかなと思います」

国立科学博物館に展示されている旧石器時代人の展示前で櫂を握る海部陽介氏。先日上梓した著書『サピエンス日本上陸 3万年前の大航海』(講談社)で、プロジェクトの詳細を明かしている
丸木舟の材料となった直径1mの巨大な杉に石器の斧をふるう雨宮国広氏。自ら「縄文大工」と称する雨宮氏は6日かけて巨木を切り倒した
上の巨木から切り出した丸木舟をさらに削って調整する。削っては海に浮かべ、また削り、を繰り返した

『FRIDAY』2020年4月17日号より

  • 写真濱﨑慎治(海部氏)、海部陽介氏提供

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