別れ話から殺傷…元交際相手と母親を逆恨みした非道男の身勝手

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第45回

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約10年前の夏に愛媛県で発生した母娘殺傷事件。男は、わずか交際3ヵ月ほどから“本性”をみせ、DVが始まる。「家族会議」で別れを納得したはずの男だったが、その2ヵ月後に悲劇が起きた。ノンフィクションライターの小野一光氏が事件の背景を追う。

2010年8月31日に犯行に及んだ河内明。犯行後、自分の腹も刺したが、こちらは全治2週間のケガ

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2010年8月31日の午前3時半頃、愛媛県松山市の路上で、女性の悲鳴が響きわたった――。

現場を見下ろすマンションの住人は、後に取材に訪れた私に説明している。

「深夜に絶叫に近い感じで、女性の『イヤだー』や『やめてー』、『キャー、助けてー』という声が響きわたり、驚いて目を覚ましました。やがて救急車やパトカーが来たので、ベランダから下を見ると、女の人が倒れていて手足を動かしていました」

その場から加害者の姿は消えていた。被害に遭ったのは同市内の飲食店従業員・早田真紀さん(仮名、24)。彼女は胸と背中を刃物で刺されており、救急隊員が到着した際には「元カレに刺された」と口にしていた。

やがて愛媛県警の捜査員が真紀さんの自宅を訪ねたところ、室内で真紀さんの母・山形路子さん(仮名、62)が胸や背中を包丁で刺され、息絶えているのを発見する。その近くでは腹に傷を負った真紀さんの”元カレ”であるダーツバー店員・河内明(32)が倒れており、すぐに病院に搬送された。

犯行状況について、在京ワイドショーのディレクターは語る。

「病院に運ばれた河内は『自分がふたりを刺した』と認めています。まず路上で真紀さんを刺し、その場から真紀さんの車を運転して彼女の自宅へと向かい、路子さんを刺してから自分の腹を刺したそうです。自宅には真紀さんと前夫との間にできた3歳の長女がいましたが、無事でした」

事件発生直後の取材ではわからなかったが、時間の経過とともに、犯行時の詳細が明らかになってきた。路子さんの葬儀に参列した男性は言う。

「事件当日、路子さんは血相を変えた河内が家に乗り込んできたとき、真紀さんの長女をかばうようにして刺されました。長女は祖母が刺されるところと、河内が自分の腹を刺す状況を目の当たりにしており、服には血がついていました」

真紀さんと河内が交際を始めたのは事件の1年ほど前のこと。河内が勤めるダーツバーに、真紀さんが客としてやってきたことがきっかけだった。やがて真紀さんが借りていた松山市内のマンションに、河内が転がり込むかたちで同居するようになる。

当初こそふたりの仲は良かったそうだが、次第に河内は暴力を振るうなどの本性を見せ始め、真紀さんは別れ話を切り出すようになっていた。彼女の知人は証言する。

「河内と付き合って3ヵ月目くらいから、真紀さんは顔にアザを作るようになり、最初のうちは河内をかばっていましたが、今年(10年)2月ごろにはすでに愛想をつかしていて、『もう男はいらん。仕事に生きる』と話していました」

しかし、河内が真紀さんからの別れ話を拒絶していたため、事件前に彼女は自分のマンションを出て、路子さんの住む自宅に避難していた。

真紀さんの避難先となっていた自宅。ここで母親が刺殺され、河内が腹を刺して倒れていた

DV、ギャンブル、借金まみれ 暴力団事務所にも出入り

河内に関して周辺で取材を進めると、次々と彼についての悪評が集まった。彼を知る飲食店従業員は次のように話す。

「河内は地元の高校を卒業後、最初は土木関係の仕事についていましたが、いつからかダーツバーで働いていました。完全に”元ヤン”といったタイプで、喧嘩っ早い男です。暴力を振るうのは男に対してだけではありません。以前、付き合っていた女性と飲んでいる時に、理由はわかりませんが、その女性を殴っている姿を見たことがあります」

また、別の知人は河内について、趣味はパチスロと賭け麻雀で、麻雀に関しては、地元の暴力団事務所に出入りして卓を囲むこともあったと明かす。

「河内はギャンブルで借金まみれ。延滞もあったことからブラックリストに載っていて、サラ金などでカネが借りられないため、友人にカネを借りては返さないということを繰り返していました。また、暴力団員を伴って知人を呼び出し、なかば脅すようにカネを借りることもあったそうです」

前出の真紀さんの知人によれば、別れを渋る河内に対して、路子さんやその姉妹を交えた話し合いが行われていたという。

「じつは事件の2ヵ月くらい前、松山市内の飲食店で河内と真紀さん、母親の路子さん、それに路子さんの妹の4人が集まって、今後についての話し合いをしています。そこで河内への説得が行われ、彼はその場で別れを承諾したはずだったのですが……」

そこでの協議の結果、河内は期限を決めてマンションから立ち退くことになっていた。前出の知人は続ける。

「真紀さんはエステシャンになる夢を持っていて、河内が転がり込んでいたのは、彼女がいずれ仕事場兼自宅にするつもりで借りた、2LDKのマンションでした。母親の路子さんが住んでいた自宅は、以前真紀さんが前夫と長女、それに路子さんの4人で住んでいた借家です。河内が出ていったあと、9月1日からは真紀さんと長女、路子さんの3人で、そのマンションに同居することになっていました」

フラれたことに逆恨みを抱いた男が、肉親だけで暮らそうとする元交際相手と、その母親に危害を加えるという、極めて理不尽な犯行だったのである。

路子さんを刺殺した直後にみずからの腹を刺し、全治2週間の傷を負っていた河内は、回復を待って逮捕され、10月21日に殺人などの罪で松山地検に起訴された。

また、一時は集中治療室に運ばれ、意識不明の重体だった真紀さんは、その後、片肺を失いながらも、日常生活が行えるほどに回復したとの情報を得ている。

河内が高校時代に書いた寄せ書き。犯行を予告した可能ような身勝手な内容

11年5月には、殺人などの罪に問われた河内への、裁判員裁判による判決が松山地裁で下され、裁判長は「残忍な犯行で理不尽に命を奪った刑事責任は重大。被告に反省の弁はあるが、十分とはいえない」として、懲役28年(求刑懲役30年)の判決を言い渡している。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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