元看護助手再審無罪…恋心利用した「嘘の自白」で服役12年の悲劇 | FRIDAYデジタル

元看護助手再審無罪…恋心利用した「嘘の自白」で服役12年の悲劇

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2003年に滋賀県の病院で入院中の患者が死亡したことを巡り、殺人罪に問われ懲役12年が確定、服役していた元看護助手の西山美香さん(40)の再審判決が3月31日に開かれ、大津地裁は無罪を言い渡した。

無罪確定を受け、4月3日に記者会見する西山美香さん(左)と井戸謙一弁護団長 写真:時事
無罪確定を受け、4月3日に記者会見する西山美香さん(左)と井戸謙一弁護団長 写真:時事

滋賀県東近江市の湖東記念病院で入院中の男性患者(72=当時)が心肺停止状態で発見されたのは2003年5月のこと。

第一発見者は、おむつ交換に巡回した看護師と、当時23歳の西山さんだった。任意の取り調べが続く中で、担当刑事に恋心を抱いた西山さんは、一旦は「自分が(人工呼吸器の)チューブを引き抜いて殺した」と供述。殺人罪で逮捕起訴された。公判では否認したが、一審の大津地裁は懲役12年の判決を言い渡した。控訴、上告がなされたが、2007年5月に確定し、服役していた。

今年3月31日、再審の判決言い渡しで大西直樹裁判長は「犯人性以前に、事件性が証明されていない」と述べたうえ、当時の取り調べについてこう指摘した。

「取り調べをした警察官は被告の迎合的な供述態度や、自らに対する恋愛感情などを熟知しつつ、これを利用して供述をコントロールしようとする意図の下、長時間の取り調べを重ねた」

「知的障害や愛着障害などから迎合的な供述をする傾向が顕著である被告に誘導的な取り調べを行うことは、虚偽供述を誘発する恐れが高く不当だった」

服役中に行われた1度目の再審請求は棄却されたが、2度目の再審請求で大阪高裁は再審開始を決定。西山さんが出所して4ヵ月目を迎える頃だった。

再審に向け弁護団は、まだ獄中にいた西山さんと面会を重ね精神鑑定を行い、西山さんに軽度の知的障害と発達障害の疑いがあることが判明。いわゆる『供述弱者』である西山さんは、取り調べの中で「やっていないことを自白」してしまったのだ。

第二次再審請求から弁護団長を務めた井戸謙一弁護士に、当時の西山さんがどのような状況におかれていたのかを聞いた。

ーーいわゆる『供述弱者』とは、どういった人のことを指すのでしょうか。

「一般的には知的障害とか発達障害、あるいは性格上の特性などから自分自身を防御する力に乏しい、そういう方々のことを指します。

西山さんには軽度の知的障害と発達障害、ADHDがあります。それから性格特性というところで、強い愛着障害があるという鑑定結果が出ています」

ーー場の雰囲気に飲まれ、自分の思っていることが話せなかったりするのでしょうか?

「そうですね。子どもも供述弱者に含みます

ーー当時の刑事さんが誘導するような取り調べの結果、自白調書ができあがった?

「当時は鑑定などしていなかったため、彼女に知的障害や発達障害があるという認識が、取り調べる側になかったとは思います。ただ性格に特徴があり、非常に迎合性が高い、つまり、ちょっと何かを言うとすぐに迎合してくる性格であることは分かっていたはず。

また、この事件の特性はそれだけではなくて、彼女自身が取り調べ刑事のことを好きになってしまったということがあります。そのため、さらに供述が捻じ曲げられるリスクが高かった。彼の自分に対する関心を繋ぎとめたいという思いになり、彼の期待する話をする。そういう発想になってしまったんですね。

彼が何を望んでいるかというのは分かりますから、期待される話をします。その後弁護人と接見して『やってないんだったらやってないって言いなさい』と言われて『はいわかりました』となる。また取り調べがはじまって『やってないんです』って言ったら『そんなことで逃げちゃダメだ。正直に言え』って、こういうふうにやられてしまうわけです。『今まで通りちゃんと言いなさい』、そう言われると流されてしまうんですよね」

ーー一審当時から、もう西山さんご自身には「事実と違うことを言っている」という自覚はあったんですね。にもかかわらず、取り調べになるとやはり迎合してしまった。

「それがまさに『供述弱者』ということです」

ーー西山さんの鑑定結果にあった「愛着障害」とはどのようなものなのでしょうか。

「美香さんは、3人兄妹の末っ子ですが、お兄さん2人は学校の成績が大変優秀だったのです。しかし、美香さんは、言葉を選ばずにいえば劣等生でした。ことあるごとにお兄さんと比べられ、美香さんは強烈なコンプレックスをもって育ちました。

その中で、自分に関心を持ち、自分に気持ちを寄せてくれる人を渇望し、その人を失いたくないと強く思った。そのような性格特性を『愛着障害』と表現しています。担当刑事は、美香さんのその心の隙に入り込んだのです」

ーー最初の裁判で有罪になったのは、その当時録取された自白調書が決め手になってしまった?

「はい。公判では最初から一貫して否認をしていましたが、捜査段階での自白調書の信用性を裁判所が認めて有罪になったのです」

ーー西山さんの自白を誘導した担当刑事は、責任を問われることはないのでしょうか?

「ある警察署の刑事課長に昇進したとは聞いています。滋賀県警は再審の無罪判決の後の記者会見で『判決の結果は真摯に受け止めるけれども、不当な捜査があったとは考えていない』と言っていますから、内部的に処分するということは期待できないと思います」

ーー民事訴訟については考えておられますか?

「そうですね。そちらは現在検討中です」

ーー発達障害の子を持つ親は、子供がこのような事件に巻き込まれた際、どこに相談すれば良いのでしょうか。

「以前から警察にも検察庁にも、障害のある方の取り調べについては特別な配慮がいるという、問題意識は一応あるんですね。そして、取り調べというのは原則立会いが認められないんですけど、知的障害がある場合、あるいは少年の場合には、社会福祉の関係者の立会いを認めるとかいう運用は、細々ですが、あります。

例えば行政の発達障害の支援センターなどに相談して『一人で取り調べを受けさせるのは不安だから立ち会って欲しい』と伝えれば、行政のほうから警察に申し入れることはできますし、立会いを認める可能性はあります。ただそれも、認めるか認めないかは警察の判断です。それでうまくいかなければ、弁護士に頼むしかないですよね。さまざまに工夫の余地はあります。

まったく一人で、孤立無援で取り調べに臨むというのはものすごく心細いし、取り調べ官との間には圧倒的な力の差があります。言ってみれば相手は、被疑者被告人の運命を自由にできる、つまり生殺与奪の権限を持っているわけです。時間も長時間にわたりますしね、午前から夜までやろうと思えばできるわけです。

今後どうなるか、見通しも立たない中でそうした環境に身を置くということ自体、大変な精神的プレッシャーを感じるので、横に一人ついてもらえるだけで全然違いますから、そういうことも考えるべきだと思いますね」

ーーいわゆる『供述弱者』に当てはまらない、通常の被疑者被告人ですら取り調べは過酷だと思います。

「いま日弁連は、供述弱者はもちろんのこと、そうでない方でも弁護士立会いを権利として認めるべきだと主張しています。被疑者段階からです。弁護士の立会いは国際標準なんですよ。弁護人の立会いが認められていないのは先進国では日本だけなんじゃないでしょうか」

ーー一般的に刑事裁判では「犯行時の精神状態」についての鑑定がなされますが、「供述に応じた時」の心理状態や、その方が「どういう特性をもつのか」ということも鑑定するのが望ましいというお気持ちはありますか?

「あります。そういう『供述心理の鑑定』を裁判所が採用した例はあまりないのですが、専門家に鑑定してもらって証拠提出している例はかなりあります」

ーーいま西山さんは?

「元気です。仕事ももう始めていて、ご両親と3人で暮らしておられます」

大津地検は4月2日、上訴権(控訴)を放棄し、控訴期限を待たず西山さんの無罪が確定している。

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

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