有事にこそ真価を発揮するジャニーズの「存在意義」

ファンに寄り添い、それぞれに「できること」を

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1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災、そして現在世界中を不安の渦に巻き込んでいる新型コロナウィルスーー。

有事の際のエンタメ産業は、往々にして無力化することが多い。問題が発生した直後の対応として、公演などの中止や延期を決定せざるを得ないからだ。とはいえ、SNS全盛の現代では、アーティストがライヴ配信をしたり、YouTubeやInstagramで家での過ごし方を提案したりと、それぞれに「できることを」を模索しながら、音楽を中心に、心を潤わす“何か”を届けようとしている。

2019年11月3日、SNS開始とともに発表された、「嵐」‘20年5月新国立競技場でのコンサートも、延期することが発表された

そんな中、ジャニーズ事務所の動きは、迅速かつ活発だ。本来なら学生の春休みに当たる3月は、たくさんのグループのコンサートや舞台が予定されていた。が、政府からの要請を受け、早め早めに公演の中止や延期を決断している。

公演の延期や中止が決定される中、ライヴ配信でファンを魅了

例えば、2月4日に開幕した堂本光一主演の舞台『SHOCK』は2月26日に、一旦3月10日までの公演の中止を決定。その後も、中止期間は延長され、4月1日までの公演が全て中止になったタイミングで、3月22日に、2時間にわたるインスタライヴを敢行。6万人が視聴した。

1週間後の3月29日から4月1日には横浜アリーナで、ジャニーズのアーティスト14組が、YouTubeで無観客のライヴ配信を行っているが、それぞれ1時間前後の長い配信でありながら、翌日にはYouTubeの急上昇トップになり、海外からも高い注目を浴びた。

既存のライヴ映像を無料で配信するのではなく、各グループがその場にふさわしい曲を選んで、自分たちらしいアプローチで、活力や元気をファンに届ける。この配信をリアルタイムで観ながら、筆者は、11年前のMarching Jというチャリティーイベントのことを思い出していた。

東日本大震災後のチャリティーイベントに見たジャニーズの底力

東日本大震災の後、東日本が重苦しいムードに覆われていた時期に、ジャニーズは、3日間代々木国立体育館を借り切って、タレントがファンに直接募金を呼びかける機会を設けた。

全員が私服で、(たぶん)ノーメイク。グループごとに集まり、「募金をお願いします」と呼びかけるだけなのだが、SMAPとKinKi KidsやV6と同じ空間に集い、中居正広の号令で年齢別に整列したり、デビューの決まったKis-My-Ft2のメンバーを『うたばん』(TBS系 1996年〜2010年放送の音楽バラエティ番組)さながらに中居がイジったり、嵐の大野智と松本潤が、お互いの上着を交換してみたり……。ゆるいバラエティ番組のような場面が展開され、4月1日から3日までに40万人弱を動員したと記憶している。

煌びやかな照明も衣装も何もない中、集まってくれた人をなんとか盛り上げようとしていた彼らは、アイドルやアーティストというより、一人一人が「エンターティナー」なのだなと感じた。

ジャニーズは、コンサートにもプロの演出家をつけない。デビュー前のジャニーズJr.の頃から、会場の規模などある程度決められた枠組みの中で、最大限、自分たちにできることを模索する。その甲斐あってか、今回の『Johnny’s World Happy LIVE with YOU』では、ジャニーズJr.を含む14組の個性が全く被っていなかった。

それぞれが少なくて2曲(ジャニーズJr.のTravis Japan)、多くてメドレーを含む6曲(Sexy Zone)の持ち歌を披露する中、ハードに踊る曲やメッセージ性のあるバラードの曲調は多少似通っていたりもするのだが、パフォーマーの個性と関係性、各グループならではの物語性によって、泣かせたり、クラクラさせたり、痺れさせたり、パワーを注入されたり、優しさにほっこりしたり、一人じゃない心強さを感じさせたりと、刺激する心のツボが変わってくるのだ。

4月1日に配信された嵐メインの回では、嵐が登場する前、13組が1曲ずつを披露するダイジェスト映像が流れたが、そこでは最新曲を中心にセレクトされていたせいか、13組それぞれの“真価”は伝わりにくい。ただ、タイトル通り、全てのグループに通底する世界観がある。ジャニーズが発信しているものには、目の前の人に笑顔になってほしいという、シンプルな願いが込められていているのだ。

25年前の阪神大震災が始まりだった

1995年、阪神大震災直後のミュージックステーションで、SMAPは『がんばりましょう』を歌った。まだ、SMAPがブレイクを果たす前のこと。Beingや小室サウンド全盛の時代には、大衆に届く応援ソングがヒットチャートを賑わすことは滅多になかった。そんな中で、アイドルが放った「くじけずにがんばりましょう」というシンプルなメッセージは、番組を観ていた多くの人々の心に刺さった。

1991年にデビューしたSMAPは、’94年リリースの『Hey Hey おおきに毎度あり』まで、オリコンの初登場1位をとったことがなかった。なかなか芽の出ないアイドルだったSMAPが確変したのは、ブラックミュージックを基調とした『がんばりましょう』が“代表曲”として認知された影響も大きい。

その後、ジャニーズはKinKi Kids、城島茂のいるTOKIO、岡田准一のいるV6と、関西出身のメンバーを擁する3グループでJ-FRIENDSというユニットを結成。CDリリースやカウントダウンライヴの収益の一部を、被災者救済の義援金として寄付し、また募金の呼びかけも行っていた。

こうして時代を遡ると、常にジャニーズが、有事の際に常に一丸となって力を発揮してきたことがよくわかる。YouTubeライヴに参加しなかったアーティストも、木村拓哉、TOKIOの城島茂、V6の岡田准一、KinKi Kidsの堂本光一は、自宅から、家でやる何かをお勧めする動画を配信するなど、レア感満載の出来事が次々に起こっている。

最近は会員向け有料ブログでも、大倉忠義が発起人となって、「#stayhomewithJ#家だJ」というバトンリレー連載(グループを超えて、誰かを指名、家でできる何かを無茶振りし、それを動画で上げさせる)を開始。関ジャニ∞は、47都道府県ツアー(収容人数の少ない会場を巡るツアー。※3月以降、4月末までのツアーは全て中止)の最中、ジャニーズウェブのファンクラブサイト内に「関ジャニ∞TV」を開設し、ライヴのリハーサル風景を上げたりしていたが、4月13日からは、毎朝8時に5〜7分程度のラジオ番組の配信も始めた。

“自己表現”とは一線を画す、アイドルならでは“献身”

公演が中止になったり、延期になったり、残念な発表が続く中、でも、YouTubeで今までにないようなサプライズを受け取ったり、ジャニーズウェブでのブログの更新が活発になったり、偶然他のグループの活動を目にして興味を持ったり、音楽に励まされたりと、ジャニーズの「沼」が底無しであることをあらためて実感しているジャニーズファンも多いだろう。

「泣きながら生まれてきた僕たちはたぶんピンチに強い――」。嵐の『感謝カンゲキ雨嵐』の中のフレーズにあるように、ジャニーズワールドの住人は、きっとピンチに強い。それは、どんな場所にいても、エンターティナーで、ショーマンであり続けようとした亡きジャニー喜多川の遺志を、タレントの誰もが引き継いでいて、ファンもまた好きなタレントに似るはず、だからだ。

いつからか、ジャニーズのタレントも“アーティスト”という肩書きで呼ばれることが多くなった。でも、やはりジャニーズのタレントは、“アーティスト”ではなく“アイドル”なのだと思う。自分のやりたいことを貫き、自分自身を表現することがアーティストだとすれば、アイドルは、もっとファンの心に寄り添う。ファンに喜んでもらうことを最優先する。そこには、自己表現とは違う“献身”がある。

「楽しませる」とか「癒す」とか「夢を与える」とか。

そんな、心に効くサプリを提供してくれるジャニーズのアイドルが、今の日本にいてくれること。誰もが、それぞれのやり方で思いを届けようとしてくれていること。有事の今こそ、ジャニーズアイドルという文化の素晴らしさを実感せずにはいられない。

  • 取材・文喜久坂京

    ジャニヲタ歴25年のライター。有名人のインタビュー記事を中心に執筆活動を行う。ジャニーズのライブが好きすぎて、最高で舞台やソロコンなども含め、年150公演に足を運んだことも。

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