クルーズ船でコロナ感染した夫婦が明かす「下船後の村八分」の苦痛

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2月7日、新型コロナウイルスの感染拡大阻止のため、横浜港に停泊が決まった直後に救援スタッフが次々と入っていく(ロイター/アフロ)

豪華客船のダイヤモンドプリンセス号の船内で新型コロナウイルスに感染した夫婦がこのほど治療を終えて、退院。東北にある住まいに戻り、電話取材に応じた。PCR検査の陽性反応者が700人以上に(3月19日、厚生労働省発表)のぼった船内で何が起こっていたのか。

「女房は日に日にやせていった」

「今回はひどい目にあった。まるで刑務所に入れられたようでした。私の場合、2月5日から下船が許された22日まで一切、外出できませんでしたので、ある意味、刑務所よりひどいかもしれない……」

そう語ったAさんは、妻のBさんとともに豪華客船で日本国内からアジアまで足をのばす16日間の旅に惹かれ、昨年9月に申し込んだ。1月20日に横浜港を出港し、同25日に香港、その後、ベトナム、台湾を経由して2月4日に再び横浜港に戻る旅だった。

仕事で海外に行く機会が多かったAさんは、乗船前からある違和感を感じていた。

「昨年末から中国で新型コロナウイルスが発生した、との報道があったので、ずっと追っていました。香港にもいずれ伝染するだろうな、と考えましてね。だから横浜から乗船する時には体温のチェックぐらいするだろう、と思っていたのに、乗船証明の写真を撮っただけでした。

香港に到着後、街に出るとみんながマスクをして異様な光景だったので、すぐに船内に戻りました。香港からお客さんがたくさん乗ってきた後も、船内の食事する場所では騒いでいたしね。なぜ検疫のやり方がこんなに甘いのかと、内心思っていました」

国立感染症研究所が2月19日に公表したレポートには、1月25日に香港で下船した乗客の1人が下船2日前から咳の症状が出て、1週間後に発熱。2月1日に新型コロナウイルスの陽性であると認められた。だが、Aさんが乗客の中に感染者がいた事実を知ったのは、その3日後の2月4日。横浜港についてからだった。それでもその日、旅行会社からの説明は曖昧だった。

「本船(ダイヤモンドプリンセス号)か、他の船かはわかりませんが、感染者がいるかもしれません。したがって、部屋から出ずに待機していてください」

乗客に感染者がいた事実が発表されたのは翌2月5日。その日以降、妻のBさんの体調に異変がおきていった。Aさんが続ける。

「食事は3度部屋に運んでいただけましたが、女房は倦怠感があって食べるどころではなくなってしまって……。日に日にやせていくのがわかりました。そのうち体温が38度8分まであがって、医務室に連絡して解熱剤をお願いしたんですが、『今はありません』と断られました。

それでも何度もお願いしたら、紺色の制服を着た女性が何も言わず、薬だけ置いて出ていった。よく見るとUSA製と書いてあった。どれぐらい飲めばいいのかもわからないので、妻には飲ませられませんでした」

Bさんの看病に明け暮れていた同じ頃、Aさんも39度近い熱が出た。しかし2日ぐらいすると平熱に戻る。医師からも「風邪ですね。今の状態だったら検査の必要がない」と言われてすぐに部屋に戻された。体調が回復しない妻はその数日後、検査で新型コロナウイルスの陽性反応が出たため、すぐに下船し、救急車で搬送された。Aさんが続ける。

「女房は搬送先ですぐにICUに入って呼吸器をつけて、ひどい状態になりました。女房の見舞いにいった子供が連絡をくれて『お医者さんから(死も)覚悟したほうがいい、と言われた』と聞いて、女房がどうなるか不安でね……。このクルーズ船は船籍は英国で、米国の会社が運用しているので、テレビも日本の番組はNHKのBS放送しか見られない。情報が少なくて不安も募りました。私は毎朝、換気のために窓を少しだけ開けていたんですが、他の部屋から発狂するような大声も聞こえてきました」

横浜港に停泊中の2月11日、ダイヤモンドプリンセス号にはこんなメッセージも掲げられた(アフロ)

「”村八分”にあった気分」

Aさんは2月22日に下船後、一度、施設に隔離されて2月下旬には帰宅。しかしのどの違和感がとれなかったため、保健所に訴え続けてPCR検査を受けると、新型コロナの陽性反応が出た。入院したのは3月に入ってからだった。

その数日前、一時は生死をさまよう危機に陥りながら、何とか乗り越えた妻のBさんが退院した。安堵する間もなく、闘病より辛い風評被害が待っていた。Bさんが明かす。

「一番ショックだったのは、バッシングみたいなことをネットで書かれましてね……。もう”村八分”にあった気分です。私たちはクルーズ船に乗ることを近い家族にしか伝えていなかったのに、『お宅ですか? ダイヤモンドプリンセス号に乗っていたのは……』とまるで悪者として扱うような電話が、知らない人からかかってきたんですよ」

Bさんは2011年、東日本大震災では被災した。水道や電気はストップし、風呂の水をトイレ用に使う生活も強いられた。

「当時は周りのご家族も同じ境遇に置かれて、一緒に頑張らないと、と言う気持ちでした。でも今回は周りのお宅のことはわかりません。声を大にして言いたいのは、私たちは加害者ではなく、被害者です。なんでこんなにバッシングを受けなければいけないのか。病気も確かに苦しかったんですが、このことがもっと苦しかった」

ウイルスが世界的に蔓延し、感染源も対処法もいまだ不明だ。健康な人でさえ、弱い立場の人を思いやる気持ちの余裕はない。数十万負担しないと巨大クルーズ船の旅には出られないため、そのやっかみもあったのかもしれない。知らなければ不幸にならない陰口が、今はSNSを通して目に飛び込んでくる。世の中を便利にしたネット社会の悲劇でもある。それでもBさんには、感謝したい人がいるという。

「入院先の看護師さんたちに本当によくしていただきました。厳重な服装で毎日、病室に入ってくるんですが、マスク越しに笑っているのがわかってね。あの笑顔に本当に救われました。

入院前、私は毎朝コーヒーを飲む習慣がありました。見舞いに来た子供から聞いたのか、私の退院が見通せる段階になると毎朝、看護師さんが食事の後に淹れてくれたんです。普通はしていただけませんよね。そうやって、常に私たちの気持ちをなごませてくれたんです」

3月上旬に入院した夫のAさんが退院したのは4月に入ってから。最近、ようやく夫婦水入らずの元の生活が戻ってきた。テレビをつければ新型コロナの報道一色。「あまり見ないようにしている」というが、どうしても疑問に思うことがある。

「私たちは今回、船に乗る前から検疫の甘さなどに不安を感じて、船内では極力、他の人と長時間接することを控えたので、友人もできませんでした。だからどうして感染したかもわからない。そのことがかえって恐ろしいことなのに、国が外出自粛要請を繰り返し出しても、どうして国民が守れないのか、不思議です。外出したら罰金をとるぐらいでなかったら、若い人はどうしても出歩くので感染拡大リスクは高くなる。政府のやり方が甘いんじゃないかと思いますよ。

このユルさは結局、戦後、日本で平和な社会が保たれて、緊張感みたいなものが薄れているからでしょうか。『自分は大丈夫』みたいな甘さがある。こういう非常事態になったとき、日本で起きないけど、海外では暴動に発展しますから」

ちなみに船の乗客は、乗船料および入院費等を申請すれば全額戻ってくるというが、夫婦ともに「またおカネが戻ってきても、またどこかに行こうとはしばらく思えない」。

新型コロナの感染に巻き込まれた夫婦は幸い今は、健康を取り戻した。だが、予期せぬ形で受けたバッシングで負った心の傷は簡単に癒えるものではない。

2月16日、米国の乗客はひと足早く帰国の途に。PCR検査の陰性の乗客に出された下船許可より3日も早かった(ロイター/アフロ)
2月25日、記者会見にのぞむ加藤厚生労働大臣。一連の判断は結果的に後手に回った(AFP/アフロ)

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