長嶋茂雄から赤塚不二夫まで「昭和元禄時代」を彩った野村克也世代

有名選手がズラリ! 1935年度生まれの「野村克也世代」は、空前の大豊作年だった。

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1977年、近鉄との試合で打席に入る野村克也

2月11日に野村克也が逝去した時には、すでに新型コロナウイルスは大きな話題になっていたが、2ヵ月後にここまでの未曽有の災難になるとは想像できなかった。野村克也を失った「ノムロス」は大きかったが、今となっては過去の話のように思える。

実は、1935年度生まれ、野村克也世代は、空前の大豊作年だった。

投打の代表的な選手を見ていこう。

1935年4月2日から翌1936年4月1日までの世代、安打数10傑、( )は在籍チーム。

1 野村克也3017試2901安657本1988点117盗 率.277(南海-ロッテ-西武)
2 長嶋茂雄2186試2471安444本1522点190盗 率.305(巨人)
3 毒島章一2056試1977安122本688点191盗 率.277(東映)
4 小玉明利1946試1963安130本788点135盗 率.286(近鉄-阪神)
5 近藤和彦1789試1736安109本483点159盗 率.285(大洋-近鉄)
6 岡嶋博治1450試1042安89本365点220盗 率.239(中日-阪急-サンケイ-東映)
7 藤井弘1504試1035安177本603点34盗 率.238(広島)
8 森徹1177試971安189本585点56盗 率.251(中日-大洋-東京)
9 土屋正孝1097試826安54本299点154盗 率.239(巨人-国鉄-阪神)
10 田中久寿男1108試805安76本331点77盗 率.257(西鉄-巨人-西鉄)

「松坂世代」では2000本安打はついに出なかったが、「野村世代」は、野村克也、そして1936年2月20日生まれの長嶋茂雄と2人の名球会入り打者が出ている。野村にとって長嶋は同学年の、終生のライバルだったのだ。

毒島章一は三塁打の通算記録を長く保持していた。通算106三塁打は今も福本豊(115本)に次ぐ2位。

小玉明利は、近鉄バファローズの最多安打(1877安打)記録を保持。彼も三塁手。

近藤和彦は、明治大時代から立教大の長嶋のライバル。ユニークな「天秤打法」で知られた。

10傑以外にも西鉄の名二塁手で、のちに近鉄、オリックスで監督を務めた仰木彬(800安打)や、立教大時代に長嶋と三遊間を組んだ遊撃手で阪急、阪神で活躍した本屋敷錦吾(785安打)なども同学年だ。

投手勝利数10傑

1 梶本隆夫867試254勝255敗4208回 率2.98(阪急)
2 皆川睦雄759試221勝139敗3158回 率2.42(南海)
3 杉浦忠577試187勝106敗2413.1回 率2.39(南海)
4 土橋正幸455試162勝135敗2518.1回 率2.66(東映)
5 大矢根博臣247試86勝56敗1296.2回 率2.12(中日-西鉄)
6 中山俊丈396試83勝90敗1605回 率2.55(中日)
6 柿本実300試83勝71敗1402.1回 率2.55(南海-中日-阪急-阪神)
8 中西勝己307試72勝70敗1257.2回 率2.83(毎日・大毎・東京)
9 空谷泰(児玉泰)208試63勝57敗1051.2回 率2.53(中日-近鉄)
10 堀内庄243試62勝44敗1017.2回 率2.17(巨人)

投手でも200勝以上が2人もいる。梶本隆夫は阪急の長身左腕。弱かった「灰色の時代」のエースだけに、200勝以上で唯一負け越している。

皆川睦雄杉浦忠は同い年で、ともに南海で活躍したアンダースロー。杉浦は長嶋の立教大でのチームメイト。勝ち星は皆川が上だが、杉浦は1959年、空前の38勝4敗という大記録を残している。

土橋正幸は、NPB史上でも屈指のコントロールの良さで知られた。浅草フランス座の軟式チーム出身という異色の経歴。東映では張本勲らの兄貴分。

大矢根博臣は中日時代に20勝2回のエースだった。

この世代で、最初に世間をにぎわしたのは空谷泰だ。松山商時代の1953年に甲子園で優勝し、各球団の争奪戦となり、入札によって中日入団が決まる。日本高野連は松山商に1年間の公式試合出場禁止を課す騒ぎとなった。

野村は南海ホークスの入団テストを受けた時に、空谷の記事を読んで「同学年なのに何という違いだ」と思ったと述懐している。
なお、野村の初本塁打は1956年4月28日の毎日戦だが、打たれた投手の中川隆(通算32勝)も「野村世代」だった。

野村克也など「昭和10年生まれ」は、「昭和二けた」と言われた。

1950年代半ば頃には「昭和二けた」は、新しい世代としてもてはやされた。明治生まれが社会の上層部にいて、大正生まれが働き盛りだった時代、「兵隊に行っていない世代」の社会進出は、新たな時代の到来を感じさせたのだ。

高度経済成長期、日本は「昭和元禄」と言われたが、「昭和二けた」はこの時期に大活躍した。

歌手の小坂一也、女優の芦川いづみ、詩人、劇作家の寺山修司、漫画家の赤塚不二夫、「時間ですよ」などで知られるテレビプロデューサーの久世光彦、脚本家のジェームス三木、ニュースキャスターの筑紫哲也らは、みな野村克也の同級生だ。

また、1970年、大阪で開かれた「万国博覧会」をプロデュースしたのもこの世代の堺屋太一だった。

「野村克也世代」は、今年で85歳。多くがすでに鬼籍に入った。彼らは新型コロナウイルス禍に揺れる日本を、どんな風に見つめているだろうか?

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

  • 写真岡沢克郎/アフロ

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