仮想通貨「億り人」がいま明かす苦悩~巨額の税金を背負って…

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写真/AFLO

天国から地獄へ

「国税局から指摘された2018年分の所得の申告漏れ額は約5300万円、追徴税額は加算税や住民税も合わせて約3000万円。今の私の年収は約300万円ですから、一生かかっても到底納め切れない金額です。国税庁が公表していた『暗号資産の課税ルール』に気づいていれば、こんな苦境に立たされなくても済んだのですが……」

中部地方で暮らす40代前半のシングルマザー、樋口沙織さん(仮名)は、こう話して顔を曇らせる。彼女はインターネット上で流通する仮想通貨(19年3月以降の名称は暗号資産)に投資し、一時は1億円を優に上回る利益を上げた“億り人”の一人だ。

20代で結婚・離婚を経験し、個人事業主として実家の仕事を手伝いながら、一人息子を育ててきた。その息子もこの4月から大学に進学し、自身も一人暮らしを始めたばかりだ。

たまたま購入した暗号資産が爆騰した…一見羨ましい話だが、しかし、彼女を待ち受けていたのはどん底だった。一体何が起こったのか。

樋口さんが暗号資産に投資を始めたのは15年前半のこと。知人の紹介でマイナーな暗号資産に13万円投資したのを手始めに、代表的な暗号資産であるビットコインやイーサリアム、さらには世界に先駆けて日本でプレセール(予約販売)されたカルダノ・エイダコイン(以下、エイダ)など複数の暗号資産に投資した。

「エイダは知人のルートで紹介された暗号資産業者から『(暗号資産の世界では神のような存在の)チャールズ・ホスキンソン氏が新たに開発した、将来有望な暗号資産』と勧められ、15年10月の第1回プレセールで60万円分購入しました。金額的に大したことはありませんが、自営業のシングルマザーにはこれで精一杯。預金の3分の1を取り崩し、生命保険も解約して捻出しました。

ビットコインなどメジャーな暗号資産に投資したのは、価格が急騰した17年。何度か少額ずつ投資して、短期間で換金しました」(樋口さん)

09年にビットコインの運用が始まった暗号資産は、円やドルなどの法定通貨と交換する業者=取引所が登場したことを背景に、イーサリアムやライトコイン、リップルなど「アルトコイン」と呼ばれる派生の暗号資産が次々と誕生し、取引も次第に活発化した。

そして一獲千金を夢見る投資家がICO(新たな暗号資産を発行して行われる資金調達)案件に群がった17年になると、ビットコイン価格は年初から12月半ばにかけて約20倍に急騰。特に暗号資産投資が社会的ブームにまでなった同年10月初めから12月半ばまでの間、ビットコインは1枚46万円台から同235万円台まで、実に約189万円も値上がりした。

樋口さんが投資したエイダも、17年9月に海外の取引所に上場されたあと、18年1月初めに1枚133円の最高値を記録する。この時点の樋口さんの利益は約2億8000万円と、投資額の実に約470倍にまで膨らんだという。

ただ、この利益はあくまでも「含み益」に過ぎず、円やドルなど法定通貨に換金しない限り、投資家の手元には1円も入らない。いわば絵に描いた餅だった。樋口さんが当時の状況を振り返る。

「私はのんびりした性格で、エイダの価格動向をいちいちチェックなどしていません。かなり後になって『億り人になれたのに……』と聞かされたものの、実際に換金して億単位の利益を手にしたわけではないので、億り人の実感は当時もありませんでした。

それに周囲の人たちと同様、『含み益の金額が大きい場合、換金すると半分は税金に取られる』と認識していたため、エイダを換金せずに持ち続けました」

実は暗号資産バブルの最中の17年12月1日、国税庁がホームページ上で密かに、ある文書を公表していた。タイトルは「仮想通貨に関する所得の計算方法等について(情報)」。これこそ樋口さんを“税金地獄”に突き落とした、恐怖の文書だった。

FAQ形式で示された、暗号資産に対する課税ルールについて、暗号資産の会計に詳しいホワイトテック会計事務所(東京都豊島区)の菊地貴加志代表が解説する。

「国税庁が示したルールは、『保有する暗号資産を、他の暗号資産を購入する際の決済に使った場合は、その時点での他の暗号資産の時価(購入価額)と、保有する暗号資産の取得価額との差額を所得金額とみなす』というものでした。

つまり、含み益を持つ暗号資産を他の暗号資産と等価で交換した場合、その含み益に課税するというもの。暗号資産の世界では、こうした『乗り換え』はごく当たり前の投資行動で、その意味でもこの文書は極めて重要でしたが、その存在に気づけなかった投資家は少なくないでしょう」

そして樋口さんもご多分に漏れず、課税ルールどころか文書の存在にすら気づくことなく、保有するエイダを他の暗号資産と交換してしまった。17年に急騰した暗号資産が、一転して暴落を続けていた18年2月のことだ。

この「交換」によって、樋口さんがもともと保有していた暗号資産の含み益が課税対象となってしまったのだ。彼女の悲劇が、ここから始まる。

税務知識の乏しさが仇に

樋口さんが2年以上換金せずに持ち続けたエイダから乗り換えた暗号資産は、「Pumapay(プーマペイ)」というICOだった。18年2月上旬に千葉・幕張で開催されたビジネスセミナーの終了後、隣接するホテルの一室に参加者約20人ずつを集めた個別ミーティングで紹介され、有無を言わさず契約させられたという。

その数日後、樋口さんは手持ちのほぼ全額に当たる約1600万円分のエイダをイーサリアムに換え、さらにそれをプーマペイに交換した。こうした面倒な手続きを必要とした理由を、樋口さんが説明する。

「プーマペイはイーサリアムでしか購入できなかったのですが、私はイーサリアムを保有しておらず、プーマペイ投資に必要なイーサリアムを購入する資金も不足していたので、手持ちのエイダを泣く泣くイーサリアムに交換しました。当時は暗号資産全体の価格が暴落の最中でしたが、私のエイダにはまだ含み益が残っていたのです。

実際には、イーサリアムに交換した時点でかなりの課税所得が発生したにもかかわらず、国税庁が2カ月前に公表したFAQの存在などまったく頭になく、『課税されるのは、暗号資産をおカネに換えた時だけ』と信じ込んでいました」。

実際、18年1月以降の暗号資産価格の暴落は悲惨そのものだった。ビットコインを例に取ると、前年12月17日に1枚235万円の史上最高値を付けたあと、わずか2カ月後の18年2月の安値は65万円と、最高値から一気に72%も下落。値下がり基調はその後も続き、19年1月末の終値は同37万円と、最高値から85%もの下落率を記録した。

樋口さんが投資したプーマペイも、18年8月に海外の取引所に上場したものの、取引量は少なく、現在はほぼ無価値の状態。ICOはお手盛りの目論見書の発行で簡単に行えるため、詐欺に近いような案件も数多い。また、わずかに手元に残しておいた虎の子のエイダの価格も、いまはイーサリアムに交換した時点に比べて10分の1程度に値下がりしている。

そんな樋口さんを最終的に追い詰めたのも、自身の税務知識の乏しさだった。18年分の確定申告で、前述したセミナーで購入した暗号資産関係のソフトの購入費を、家業の手伝いで得た事業収入の経費に計上していたのだ。その結果、同年分の所得が約170万円の赤字になり、所轄の税務署に疑念を持たれてしまった。

調査官が自宅にやって来たのは、19年10月のこと。ちなみに暗号資産の所得は雑所得に区分され、事業所得と損益通算することは認められていない。

「調査官は当初、私が暗号資産に投資していることに気づいていませんでした。ところが申告書に記載した通信システム費について説明を求められ、正直に『暗号資産の裁定取引のシステムです』と答えて、暗号資産に投資している事実を自分から明かしてしまいました。

その後、18年2月の乗り換えについて、調査官から『これ、儲かってますよ』と指摘されたのですが、私はその時もまだ、暗号資産の課税の仕組みを理解していませんでした」(樋口さん)

その挙句が、冒頭の約3000万円の追徴課税である。樋口さんが続ける。

「わずかに残していた暗号資産もすでに換金し、息子の学費や自分の引っ越し費用の支払いに充てたので、今ではほとんど残っていません。3月末にはとりあえず、なけなしの1万円を納めましたが、税務署からは『可哀想だけど、ルールだから仕方がない。1万円でも2万円でもいいので、毎月末までに納めてください』と言われています。こんな苦しみが毎月続くと思うと気が重いけれど、挫けずに納め続けるしかありません」

▽今年は年貢の納め時?

実は樋口さんのようなケースは、決して珍しいことではないようだ。国税庁によると、暗号資産全体の価格が急騰した17年の1年間で、暗号資産に投資して1億円以上の収入を得た人は、税務申告したケースだけで331人に上ったが、これはあくまでも氷山の一角に過ぎない。

だが、これはもちろん氷山の一角。暗号資産の価格が急騰した17年に暗号資産同士を乗り換えたことで、数億円から数十億円の含み益(課税所得)が発生しながら、18年初頭からの暗号資産価格の暴落によって、高額の税金に充てる資金を捻出できなくなった投資家が、「それこそ山のように存在している」(国税局徴収部門関係者)という。

ある国税関係者は「億り人になった17年分の所得を適正に申告した投資家は、全体の1割程度に過ぎないのではないか。結果的に『瞬間億り人』になった投資家のほとんどは、確定申告できないまま、税務署からの電話に怯えているはず」と話す。

こうした事態を受けて、国税当局は無申告者である「瞬間億り人」の実態把握を加速させているという。東京、大阪、名古屋など全国の国税局は18年以降、投資のノウハウなどの情報商材をインターネット上で販売しているコンサルティング会社(いわゆる情報商材業者)や、パソコンが苦手な高齢投資家の投資手続き代行をうたい文句にした業者などを税務調査。彼らの悪質な所得隠しを追及する一方で、作成されていた顧客名簿の入手を進めているとみられる。

「国税当局は、暗号資産の投資家が最も利益が出ていた17年末時点の投資状況を把握し、17年分を含む過去3年分の課税につなげたいと考えていると思います。

新型コロナウイルスの影響により調査件数は減少すると思いますが、暗号資産投資家を対象にした調査件数は増加する恐れがあります」(前出・菊地代表)

非免責債権の税金は借金(負債)とは異なり、自己破産しても原則的に免除されることはない。無申告のまま納税を逃れている『瞬間億り人』にとって、今年はいよいよ年貢の納め時を迎えることになりそうだ。

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