『死にたい夜にかぎって』の壮絶過去が話題の「爪切男」って?

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4月あたまに最終回を終えたドラマ『死にたい夜にかぎって』。主演に賀来賢人、相手役に山本舞香を迎え、さらにBiSHアイナ・ジ・エンド、シンガーソングライターましのみが主題歌を書き下ろすなど、深夜帯で30分枠のドラマとは思えぬ豪華な演出で反響を呼んだ。

『死にたい夜に限って』(爪切男・著 扶桑社刊)

原作は、2018年に扶桑社より出版された爪切男(つめ・きりお)氏のデビュー作。筆者の女性遍歴をコミカルに描いた恋愛私小説が、ドラマの影響を受けいま再び注目を集めている。

“君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね”

「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね」とあざ笑う学校でいちばん可愛い山村さん。出会い系サイトで出会った初体験の相手、車椅子のミキさん。自転車泥棒で初恋の人、吉野さん。渋谷界隈でビッチと噂の赤毛ちゃん。下世話なトークで客を和ませる純喫茶のおばちゃん店員・南さん。そして、新宿で変態に唾を売って生活するアスカ……。

筆者がこれまで出会ってきた数々の女性とのエピソードを赤裸々に描いた内容に、書籍のレビューやSNSでは「こんな器のデカイ男がいるとは」「個性的な女性たちに対する受け止め方、優しさ、愛情が素敵」「ひどい出来事や女に翻弄されながらも、しなやかに生きていく姿がカッコよかった」「物事や人の捉え方がすごくいい」「懐が深いとか寛容を超えて、鈍いのかと思うほど優しい」など、著者・爪氏の人間力に惹かれる人たちの声が続々と寄せられている。

自らのことを「いいわけばかりのだらしない男」だと語る爪氏とは、一体どんな人物なのだろうか。

もともとは同人誌即売会・文学フリマで『夫のちんぽが入らない』で名を馳せた作家こだま氏らと「A4しんちゃん」というユニットを組んで作家活動していた爪氏。『死にたい夜にかぎって』は「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇る人気連載エッセイ『タクシー×ハンター』から、“恋愛エピソード”を抜粋し再構築したものだ。

渋谷ラブホ街の外れにあるオフィスビルで、いかがわしいメールマガジンの編集長をしていたときによく利用していたという深夜タクシー。運転手との会話から学んだことを綴るエッセイが、女性遍歴を描く恋愛私小説へと生まれ変わったその経緯とは? 爪氏に話をきいた。

「はじめはタクシー運転手との話ばかり書いていたんですが、そのうち家で待つ彼女のアスカのことや、直前まで一緒にいた風俗嬢のことをサイドストーリーみたいに触れていたら、『そっちのほうが反響あるから、恋愛エピソードをまとめて本にしてみませんか?』と担当編集の高石智一さんに言っていただいたのがきっかけです。

書き進めているうちに、これまで出会った女性たちへ感謝の気持ちが溢れ出てきましたね。そして、物語に出てくる“私”のようには格好つけられなかった過去の自分と向き合いながら、人生をやり直すような気持ちで書きました」(爪切男氏 以下同)

爪切男氏近影

同作は、6年間同棲した最愛の彼女・アスカとの暮らしを軸に、思春期から爪氏が関わりをもってきた個性際立つ魅力的な女性がたくさん登場する。アスカと過ごした壮絶な日々、車椅子に乗ったミキさんとの生々しい初体験の様子、テレクラで出会った背がものすごく高い女性や思い出深い風俗嬢のことなど、ひとつひとつ丁寧に掘り起こした爪氏の記憶からは、これまで出会った女性たちに向けた愛とリスペクトが伝わってくる。

それには、幼い頃に母親が家を出ていったせいで、母乳の出ない祖母のおっぱいを吸って育った過去が関係しているという。

“誰かを恨んで生きてる人は嫌い”

「母に捨てられた僕は、まだまだ甘えたい盛りだったけれど、レスリングをやっていためちゃくちゃ厳しい父の教えのもと、“甘えたい”という気持ちをわりと早い段階で叩き潰されました。そんな超体育会系スパルタ教育を受け、誰に甘えることとなく成長した僕は、だんだん女性に対してすごい憧れを持つようになったんです。

物語にあるエピソードはどれも実話ですが、ところどころプラスの思い出に記憶を塗り替えている可能性がありますね。なので家を出ていった母のことも、しつけを超えた暴力をふるっていた父のことも恨んでいません。

ひどいことをされたうえに相手のことをずっと恨んでいたら、何だか悔しいし自分にとっては損しかないなって、子どもながらに感じていたんだと思います。あと『無視』されるよりはマシでしたね。そこに居ないことにされるのが僕は一番辛いので。その点は父に感謝してます。

本作にも書きましたが、アスカに言われた『誰かを恨んで生きてる人は嫌いだよ』という言葉は、僕の人生の教訓になっているのかもしれません」

「変態に唾を売って生活しているの」と告げるアスカに「格好いいと思う。自分の夢のためにそこまでやれる君を尊敬する」と返すシーンがある。本来ならば戸惑ってしまうような衝撃的過ぎる告白にも爪氏は動じない。

「何も考えずにやるよりも、音楽で食べるという夢のためならいいのかなって。あとアスカがちょっと悲しそうな顔をしたんですよ。『あぁ、この子は、今までこうやってカミングアウトするたび、相手に引かれてきたんだろうな』と思うと、今こそ俺が過去の男を超えるチャンスじゃないかという打算的な考えと、たとえ彼氏になれなくても、この事実を受け止めてあげることで、この子の人生を変えてあげられるのかもしれないという自分勝手な使命感が湧きました。

好きな女性が唾を売っている事実を受け入れる器があったわけではありません。ない器を無理やり広げたような感じです」

“つらいことがあっても、その中に楽しさを見つけて笑え”

爪氏の笑いのセンスが散りばめられた文体に思わず吹き出しそうになりながらも、タイトルに『死にたい夜にかぎって』とあるように、明るい話ばかりではない。出会い系サイトで出会った男性と体を重ねることで心の隙間を埋めていた車椅子のミキさん、うつ、不安障害、睡眠障害を患い苦しみ続けたアスカ、そんなアスカを支える爪氏もまた幼少期から閉所恐怖症という悩みを抱えていた。

ある日、断薬を始めたアスカは、その禁断症状から毎夜、寝ている爪氏の首を絞めるようになる。“唾業界”から足を洗い、自らの病気と闘おうとしている彼女を応援する爪氏も、やがて精神的に追い詰めれていく。そこで発案したのが、首を締められた回数に応じて、豪華な食事や遊園地デートをプレゼントするというポイントシステム。

そう、爪氏はつらいことの中に楽しいことを見つける天才なのだ。

「本を書くうえでアスカの病気に触れることを本人に伝えたとき、『わりと洒落にならないこともあったけど、洒落になってたように書いてね?』と言われたので、ポップな感じに書いてはいますけどね。でも、父がよく言っていたんですよ。『どんなにつらいことがあっても、その中にひとつでも楽しさを見つけて笑え』と。

厳しくすることはできても、紐の緩め方を知らない。過剰ともいえる父の厳しいしつけは、不器用さからくるものだったんでしょうね。それを父はきっと自覚していた。だからこそ、僕にそう言ってくれたんだと思います。その教えは、恋愛にも仕事にも生きています。だから、アスカにも編集長をしていたときの会社の社長にも言われましたが、『つらいことに鈍感』なのかもしれないです」

ドラマのキャッチコピーに「女性に振りまわされ続けた、どうしようもない男の半生」とあるけれど、むしろ女性に支えられて生きてきたのではないだろうか。

彼女がいるのに他の女性に恋心を抱いたり、風俗へ通ったり……“浮気を繰り返すアスカへの腹いせ”とはいえ、どうしようもない男であることは確かだ。けれど、一夜限りの女性でも、風俗で働く女性でも、テレクラで出会って食事をしただけの女性でも、目の前にいる女性に対して、いつだって真っ直ぐだ。下心がある、ないは別として、そこには女性に対して、同じ目線で同じ時間を目一杯楽しみたいという子どものような気持ちが存在するという。

「『死にたい夜にかぎって』を出版できたのはアスカがいたから。そして、僕が作家人生を歩みやすいように道をならしてくれた作家・こだまさんと、僕のブログを面白いと『週刊SPA!』の担当編集・高石智一さんにつないでくれた漫画家・まんしゅうきつこさんのおかげです。

そう考えると、恋愛だけでなく、結局僕の人生はすべて女性に導いてもらっているのかもしれません」

どんな状況でも相手の丸ごと受け入れ、魅力を見つけては素直に褒める。そんな“誠実な女好き”爪氏と関わりを持った女性は、みんな自分のことを少し好きになれたのではないだろうか。

 

爪切男(つめ・きりお) 1979年生まれ。2014年、『夫のちんぽが入らない』 の著者・こだま氏とともに同人誌即売会・文学フリマに参加し、『なし水』に寄稿した短編『鳳凰かあさん』が話題となる。現在「週刊SPA!」にて『働きアリに花束を』、集英社「よみタイ」にて『クラスメイトの女子、全員好きでした』を連載中。 ドラマ『死にたい夜にかぎって』は、ツタヤプレミアムで見放題、「BOC」に連載していた『男じゃない女じゃない仏じゃない』が年内に書籍化予定。

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  • 取材・文大森奈奈写真爪切男氏提供

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