「あつ森」は最高の宣伝ツール?海外一流ブランドが参戦する理由
わずか6週間で世界販売数1300万本を突破した任天堂の人気ゲーム「あつまれ どうぶつの森(あつ森)」。米国のメトロポリタン美術館(MET)が所蔵する美術品データを「あつ森」で利用できるようになり、大きな話題になっています。
また、アメリカのファッションブランド「マークジェイコブス」やイタリアの「ヴァレンティノ」も、ゲーム中に着用できる服を配信して、やはり注目を集めています。その狙いとは……。

海外高級ブランドの服を「大盤振る舞い」
「あつまれ どうぶつの森」は、無人島に移住したプレーヤーが自身でものを作り、言葉を話す「どうぶつ」たちと交流、島を発展させていくゲームです。
その中に床のパネルをドット画で表現したり、服をデザインできる「マイデザイン」という機能があります。オリジナルデザインの床や服を、「あつ森」の世界で楽しめるわけです。過去シリーズにもありましたが、ゲーム機の性能アップで、グラフィックもより精密になりました。
この機能を使うには、二つの条件があります。一つは、任天堂の有料ネットワークサービス「ニンテンドースイッチオンライン」(月額約300円、7日間無料体験可)に加入すること。もう一つは同名のスマートフォンアプリ(無料)をダウンロードし、「ニンテンドーアカウント」と連携させる必要があります。
その後、「マークジェイコブス」と「ヴァレンティノ」の両ブランドが公式ツイッターなどで公開している12ケタの数字(作品ID、作者ID)をゲーム内で打ち込むだけ。一流ブランドの服をゲーム内で無料で利用でき、組み合わせられます。“大盤振る舞い”以外の何物でもなく、ファッション好きには夢の仕様です。
Discover all the #AnimalCrossing #あつまれどうぶつの森 #どうぶつの森 Valentino looks created by photographer #KaraChung of #AnimalCrossingFashionArchive.
Below a look from #ValentinoPreFall20 Men’s collection and the codes. pic.twitter.com/u4xhG6GAZK
— Valentino (@MaisonValentino) May 3, 2020
▲Valentinoのツイッターより
Selling any turnips❔ We partnered with the Animal Crossing Fashion Archive Instagram to bring some of our favorite #THEMARCJACOBS pieces to #AnimalCrossing pic.twitter.com/pduxRf7cdM
— Marc Jacobs (@marcjacobs) May 2, 2020
▲MARC JACOBSのツイッターより
40万点の美術品に囲まれるぜいたくな生活
メトロポリタンは、仏ルーブル、露エルミタージュと並ぶ、世界最高峰の美術館で、所蔵する美術品の数は約40万点あります。
こちらを使用するには、メトロポリタンのサイトにある作品ページにPCでアクセス。「あつ森」でおなじみの「葉」のマークをクリックすると、美術品の画像がトリミングでき、表示されたQRコードをアプリで読み込むとゲームで使用できます。
参考に葛飾北斎の「富岳三十六景」のページを張っておきますから、ぜひ試してください。

なにせ世界最高峰の美術館ですので、ゴッホ(Gogh)やレンブラント(Rembrandt)、モネ(Monet)など、そうそうたる同美術館の作品が選び放題です。イーゼルを並べるなどして、自分だけの美術館を作ると島の魅力も飛躍的にアップ。一流の美術品に囲まれるぜいたくな生活が送れます。
なお、米国のJ・ポール・ゲティ美術館でも同種の施策を始めています。
なぜ一流ブランドは「あつ森」に力を入れるのか?
さて、世界的な美術館やブランドが、ゲームのために無料企画を実施することを不思議に思うかもしれません。彼らは漫然とサービスをしているわけではありません。一言でいえば、先々を見越したブランド力の強化と商品の普及活動です。
現在のビジネスでは、自社商品(ブランド)と消費者との接点を増やし、愛着を持ってもらうかで、激しい競争しています。つまり、今回のサービスで「美術館に行きたい」「ブランドを見てみよう」と思う人がいれば大成功です。名前を覚えてもらい、好感度を高めるだけでも効果ありです。
似たような取り組みは少なくありません。自動車メーカーは、子供時代から車への愛着をもたせるため、ミニカーに着目しています。プロ野球やJリーグは、eスポーツを開催することで、ゲームを通して野球やサッカーのファンを増やそうとしています。海外のプロスポーツクラブでは、ゲームは「チームや選手名を覚えてもらうための有用なツール」とみなすケースもあります。
もちろん、どんなゲームでもいいわけではなく、知名度の高い人気ゲームのみがターゲットになります。「ゲームで見たものを現実で見たい」というのは当然のことで、人の欲求を巧みに刺激しています。世界的にヒットをした「あつ森」は、美術館や有名ブランドにとって、最高の宣伝ツールなのです。

低コスト、スピーディー、言葉の壁を超えた展開が可能
もう一つ付け加えるなら、今回の「あつ森」のデータ配布の企画は、極めて低コストという点です。
従来のゲームでは、この手のタイアップには開発の手間(コスト)と確認(ブランド価値を守るための監修)などに時間がかかりました。ゲーム開発は慢性的な人員不足ですから、よほどの利点が見えない限り、手を出しづらかったのです。
ところが「あつ森」の「マイデザイン」は、自作を前提にしています。この手法であれば、任天堂も確認の手間が省け、アイテム配布を望む企業側もスピーディーな展開が可能です。おまけにファッションや芸術は文字にさほど依存しませんので、言葉の壁を超えて世界のユーザーに直接アプローチでき、市場が一気に広がります。
METなどの展開について、任天堂の広報グループに問い合わせたところ「各社が自主的にやっている理解で問題ない」という回答がありました。
それにしても、世界的ブランドのアイテムが勝手に配布されて「自動バージョンアップ」されるのですから、メーカー側のメリットたるやすさまじいもので、ゲーム設計としても完璧です。ライバルのゲーム会社からすると「うらやましくて仕方ない」のが本音でしょう。
今後ですが、当然ながら、さまざまなブランドの「あつ森」参戦の可能性があります。関係者がゲームをプレーしてデザインしてSNSで発表したり、QRコードを活用すれば、いろいろな企画が考えられます。もちろん制約もあるでしょうが、1300万人にアプローチできる好機であることに違いはありません。今後の動きに注目したいところです。
文:河村鳴紘
ゲームを愛するものの、ゲームには愛されないヘタレなゲーマー。ゲーム好きが高じて、記者として兜倶楽部にも出入りし、決算やメーカーの各発表会、PS3の米国発表会、中古ゲーム訴訟、残虐ゲーム問題など約20年間ゲーム業界を中心に取材をする。合わせてアニメやマンガにも手を伸ばし、作品のモデルになった場所をファンが訪れる“聖地巡礼”現象も黎明期から現地に足を運ぶなどしている。マンガ大賞の選考員も担当しており、好きなジャンルはラブコメ、歴史もの。