トップアスリート「五輪延期のコンディション調整」こんなに難しい

種目別の影響度を考察

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新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、来夏に延期された東京オリンピック・パラリンピック。さまざまな面で日程変更の影響が懸念されるが、選手の心身のコンディションもそのうちのひとつだ。

トップアスリートの好不調の波は非常に繊細で、最高の状態で本番を迎えるためには入念な準備(=ピーキング)が必要になる。

今回はそうしたスポーツ選手のピーキングの実情と、日程変更が選手選考やメダル争いに及ぼす影響を考察してみたい。

事故のケガが心配されたバトミントンの桃田賢斗だが、「一層励む」と五輪延期にも前向きだ/写真 アフロ

競技によって「ピーキング」はまるで違う

スポーツでは、野球やサッカーのようにまとまったオフシーズンの後にキャンプやオープン戦などのプレシーズン期を経て、半年以上に渡るインシーズンを戦う競技もあれば、水泳や陸上のように、年間に複数あるターゲットの大会に合わせて準備期→試合期→回復期を繰り返す競技もある。

陸上の中でも1回のレースによる消耗が大きいマラソンは、一部の例外を除き大会出場は年に2〜3回というのが最近の主流だ。

また世界ランキング1位の桃田賢斗や同2位の福島由紀/廣田彩花ペアなど日本勢にメダル候補がひしめくバドミントンは、ほぼ1年を通して大会があり、合宿→移動・調整→試合と3週間単位のサイクルで転戦する。

専門誌記者によれば、普段から短期間で頻繁にピーキングを行っているため、「延期の影響は比較的少ない競技」だという。

日本のお家芸である柔道も年間を通して大会があるが、ひとつのキーワードとなるのが「減量」だ。

超級(男子=100kg超級、女子=78kg超級)以外の階級は体重制限があるため、選手は大会に向けた調整とともに、減量もしなければならない。減量で失敗するとパフォーマンスにも悪影響が及ぶため、厳しい戦いをこなしながらいかに減量するかも、ピーキングの重要な要素となる。

延期がプラスになることも

サッカーを例にすると、休むことでもっとも早く失われるのは持久力で、4週間休むと10パーセントほど低下するといわれている。一方スピードやパワー、テクニックについては持久力ほど低下せず、2週間程度の休みならさほど影響はないそうだ。

ただし今回はどの競技も数ヵ月単位で本格的な練習ができていない状況のため、以前の状態まで戻すには相当な時間がかかる可能性がある。

一方で、日常的に体を酷使するアスリートにとって、この期間が平時にはなかなかできなかったケガの治療にじっくり取り組む時間となった側面もあるようだ。

特にラグビーなど激しいコンタクトをともなう競技では休養の意義は大きく、股関節痛を抱えながら昨秋のワールドカップで日本代表を牽引したリーチマイケルは、「いままでにないパフォーマンスを出せる自信がある」とコメントしている。

今年1月に海外遠征中の交通事故で眼窩底骨折の重傷を負ったバドミントンの桃田も、回復具合が心配されていただけに、調整できる時間ができたことはプラスに働くだろう。

同じくラグビー日本代表で脚光を浴びた福岡堅樹は、高校卒業後に医学部への進学を目指して1年間浪人生活を送っており、その間に前十字靭帯断裂で手術したヒザをしっかり治したことで、「その1年間が自分にとってすごくよかった」と振り返っている。

なお福岡は東京オリンピックへの挑戦を表明しているが、ワールドカップでおなじみとなった15人制ラグビーと、オリンピック種目の7人制ラグビーは、同じラグビーでも求められる能力がかなり異なる。

15人制に比べ、よりスピードやスタミナが重視される7人制仕様の肉体に作り変えるには、最低でも6週間かかるといわれており、中には5キロ以上体重を減らす選手もいるほど。さらにゲーム感覚をつかむためにトップレベルの大会を数回経験させるとなれば、3ヵ月から半年が必要となる。

1年間の猶予ができたことでそうした調整がしやすくなった面もあり、福岡のほかにも昨年のワールドカップメンバーで新たに東京オリンピックを目指す選手が出てくる可能性もある。

五輪で現役引退予定のラグビー選手・福岡堅樹。この延期が15人制から7人制への移行することにプラスに働くかもしれない/写真 アフロ

「いつやっても絶対に金メダルを獲る」

忘れてならないのは、選手のメンタル面への影響だ。長い間、多くのことを犠牲にして2020年の夏に照準を定めてきた選手たちにとって、すぐに1年後へ気持ちを切り替えるのは容易ではないだろう。3年半かけて高めてきたモチベーションがいったんリセットされるだけに、精神的な部分をいかにケアしていくかが重要になる。

スポーツ選手、とりわけトップアスリートの感覚はきわめて繊細だ。体力や技術だけでなく、メンタルなどさまざまな要素が複雑に組み合わさって、本番でパフォーマンスとして発揮される。そしてオリンピックのような最高峰の舞台では、わずか0.1秒の差、ボール1個ぶんのズレで、メダルに届くかどうかが変わる。

競泳のエースで金メダル候補として大きな期待を集める瀬戸大也は、自身のツイッターで「延期が決まった時は喪失感で抜け殻になりました」と心情を吐露しつつ、「いつやっても絶対に金メダル獲ってやると強い気持ちを少しずつ作っていき、また再スタートをします!」と決意を記している。同様にいま、多くのアスリートが懸命に前を向き、できる限りの奮闘を続けていることだろう。

この苦難の日々が明け、ふたたび人々の前でプレーできる瞬間が訪れた時、そこにはきっと想像もできないような光景が広がっているはずだ。その日が少しでも早く来ることを願いたい。

  • 取材・文直江光信

    1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)

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