打者の勲章「打率3割」をめぐる悲喜こもごもの物語

2000本安打を達成してから初めて3割を打った選手、生涯打率3割を守るために引退した選手!

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2017年6月11日、日米通算2000本安打を記録した青木宣親(当時アストロズ)

「打率3割」はすべてのプロ野球打者にとっての「目標」だと言える。投打のバランスは、毎年変わるが、どんな時代でも「3割」は、好打者の勲章と言ってよい。野球史を見ると「3割」にこだわった打者たちのドラマが散見される。

山本浩二とともに赤ヘル、広島カープを引っ張ってきた衣笠祥雄は、1983年8月9日、史上16人目の2000本安打を達成した。広島生え抜きでは初の名球界入り。大打者の仲間入りをしたと言ってよいが、衣笠はその時点まで、打率は1976年の.299(15位)が最高で、3割を打ったことがなかった。

当時の2000本安打者で、3割未経験は、巨人の柴田勲だけ。柴田は1981年に引退したが、このままいけば、衣笠は2人目になってしまう。

奮起した衣笠は、37歳になる翌1984年、打率.329(3位)、31本塁打、102打点とキャリア20年目で初めて3割をマーク。打点王も獲得し、MVPにも輝いた。

若いころから衣笠は、長打を打つのが自分の仕事と考えていた。

「3割を打ちたかったら、ヒットを打つことを考えればよかったんだが、それに気づくのが遅かった」と述懐した。

NPBの2000本安打達成者は、2019年までに52人を数えるが、3割を打っていないのは前述の柴田勲田中幸雄の2人だ。通算2045安打の荒木雅博は2006年に打率.300(10位)とぎりぎりで3割をマークしている。

84年のプロ野球で、ただ1度「3割打者不在」だったシーズンがある。1リーグ時代の1942年だ。前年12月8日の真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まっていた。戦時下で物資が乏しくなる中、野球用具の提供もままならず、粗悪なボールでペナントレースが続けられた。このシーズンは春、夏、秋の3期に分けて行われたが、夏以降、千葉茂、川上哲治、水原茂など多くの主力選手が応召。控え選手が試合に出たこともあり、成績は軒並み下落。規定打席以上の39人のうち、12人が打率1割台だった。

そんな中で台湾出身の巨人、呉波(ご・は)は、夏から調子を上げる。7月には.250前後だった打率が秋には急上昇し、最後の3試合で12打数6安打。通算では370打数106安打、打率.286で首位打者になった。これはNPB史上最低打率の首位打者。

呉波は翌1943年、呉昌征と改名し、297打数89安打。打率.29966、繰り上げで辛うじて3割をマーク。2年連続で首位打者に。

超低打率だったこの時代に、連続首位打者になった呉は、称賛に値するだろう。

「生涯打率3割」も、強打者にはこだわりたい数字だ。NPBでは4000打数以上の打率のランキングを公表しているが、生涯打率が3割を超えるのは26人。2000本安打が52人だから「生涯3割打者」の方が、難易度が高い。

「初代ミスタータイガース」藤村富美男は、1956年40歳で引退。この時点で通算打率は5622打数1691安打、打率.30078だった。

しかし2年後の1958年に現役復帰。これによってこの年ルーキーの巨人、長嶋茂雄との競演が実現した。しかし26打数3安打と不振だった。

シーズン終盤の9月末になって阪神のチームマネージャーを務めていた奥井成一が藤村の通算打率を調べていて5648打数1694安打、打率.29993であり、あと9打数凡退すれば、打率.29945となって通算打率3割を切ることを発見。これを当時の阪神監督、田中義雄に話した。田中監督は藤村とも話し合って、藤村の引退を決めた。藤村はぎりぎりのラインで、生涯打率3割を守ったのだ。

王貞治は、40歳、1980年のシーズンを終了して、9250打数2786安打、打率.301だった。1980年は打率.235だったが、もう1シーズン同じ打率だと通算打率は3割を切ってしまう。本塁打は30本とパワーの衰えはなかったが、王は「王貞治のバッティングができなくなった」の言葉を残して引退。その脳裏に「生涯打率3割」があったかもしれない。

キャリア後半になって、生涯打率3割をキープするのは至難の業だ。

「安打製造機」の異名を持ち、天才打者と言われた榎本喜八は、34歳、1970年のシーズンまで通算打率は.3001と辛うじて3割をキープしていた。しかし1971年打率.244で通算打率は.2994に。翌1972年も.233と下落し、生涯打率.298で引退してしまった。

阪急時代にはMVPにも輝いた強打者、加藤秀司(英司)は33歳の1981年には通算打率.314。「生涯3割打者」は安泰かと思われたが、その後、シーズン打率は急落。最終的には生涯打率.297になった。加藤の場合、もう一つの打者の勲章である「2000本安打」を達成するために1987年まで現役を永らえたという一面もあった。

現役選手で、打数4000以上に達して通算打率が3割を超えているのは以下の4人。

青木宣親 .3258(4884打数1591安打)ヤクルト 38歳
内川聖一 .3032(7161打数2171安打)ソフトバンク 37歳
糸井嘉男 .3018(5381打数1624安打)阪神 38歳
秋山翔吾 .3006(4674打数1405安打)MLBレッズ 31歳

青木はNPBの歴代通算打率1位であり、生涯打率3割のキープは安泰に見える。日米通算で2000本安打も達成しているが、NPB単独での2000本まではあと409本。青木がこれを目指せば、加藤秀司のように通算打率が下落する可能性はある。

内川聖一は、右打者では屈指のアベレージヒッターだがここ3シーズン打率は3割を切っている。これが続くと「生涯3割打者」は厳しくなってくる。

青木と同級生の糸井は、38歳の昨年も.314(3位)と通算打率を押し上げた。ここから打率を上げるとすれば驚異的だ。しかし糸井も2000本安打に達していない。あと376本の2000本安打にこだわれば、打率3割がキープできない可能性もある。

今季からMLBに移籍した秋山は、NPBに復帰しない限り通算打率は変わらない。

プロ野球選手は「数字は気にしていない」とよく言う。しかし成績がモノを言うプロの世界で、自分の数字に無頓着では一流にはなれない。

一流の打者にとっては「生涯打率」も、常に脳裏にある数字だと言ってよいだろう。

  • 広尾 晃(ひろおこう)

    1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

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