勝新太郎さんから「パンツははかない」を引き出した週末ハワイ通い

芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”②

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<芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”②>

演技だけでなく、私生活も豪快だった勝新太郎さん(‘96年)

「パンツははかないようにするよ」

と、迷セリフを残した俳優・勝新太郎さんが亡くなって、もう23年も経つ。

勝さんとの出会いは、オレがまだ映画会社「松竹」に勤務していた時だ。

当時、勝さんは大映映画所属のビッグスター。その大映宣伝部に先輩が勤務していた。

ある日、その先輩から「夕方6時までに会社に来い」と、半ば強引に誘われた。

そこで勝さんに会うことになるのだが、その日は勝さんの給料日。ギャラを経理に取りに来た勝さんは、受け取った後に宣伝部に顔を出し「これから飯に行くぞ。誰が来る?」と、スタッフに声をかける。ちゃんと紹介された記憶はないが、オレも、先輩の後ろにコソっとついていった。

豪快に飲む勝さん。数件、ハシゴするうちに人が増えていく。すべて勝さんの支払い。額は知らないが、かなりの金額だったと思う。

ほんとに太っ腹。これが出会いだった。

その勝さんが‘90年1月に、ハワイ・ホノルルの空港でマリファナ、コカインを所持して逮捕される。

‘‘78年にアヘン法違反で書類送検されているのでこれで薬物関連の事件は二度目。ハワイ当局は、その日のうちに、勝さんに罰金1000ドルという判決を下し、釈放することになる。寛大な処置だ。

ところが勝さんは、日本に帰国すれば「麻薬取締法の密輸出罪」で警視庁に逮捕されると考え、ワイキキに居続ける。帰国しない勝さんは、ワイドショーの格好の材料だ。

オレも、ワイドショーの“ネタ”が無くなると金曜日の夜の飛行機に乗る。10回以上は行っていたかも。

会えない勝さんの近況だけをリポートする手法。高視聴率になるから“ハワイ通い”するのだが、経費も使ったな。

で、その勝さんに、ハワイの移民局は「国外強制退去命令」を出す。逮捕後、コメントを出していなかった勝さんは、移民局で会見することになった。

「不徳の致すところ」

Q、なぜ、コカインを持っていたのか?

「機内で“勝さんのファンです”という男から紙包み渡された」

と言っていた勝さんに、オレが「気が付いたらパンツに入っていたじゃ、説明になっていない」と質問すると、

「おお、そうだな。これからは、パンツははかないよ」

と笑いながら大見えを切った。

冒頭のセリフは、オレの質問で生まれたのだ。そして、ここから先は、この言葉が、独り歩きすることになる。

ハワイに籠城していた勝さんだが、

「総理大臣の代わりはいるが、オレの代わりはいない」
「権力と戦う」

と、言って1年4か月ぶりに帰国を決める。覚悟の帰国だ。

その飛行機にオレも箱乗り(取材対象者一緒に乗ること)したのだ。シートベルト着用のサインが消えた瞬間、マスコミは勝さんが座る2階席に向かう。

「飛行機が傾きます。バランスを崩して落ちます」

と、大声で叫ぶ客室乗務員。取材記者の耳に届いても取材が先の記者たち。考えてみたらとんでもない話だ。

無事に着いた羽田空港には、警視庁の大勢の刑事とマスコミ待っていた。逮捕され裁判にかけられた勝さんに懲役2年6か月、執行猶予4年の判決が出たのは‘92年3月。

その4年後には咽頭がんが見つかり、‘97年6月に、最高のキャラクターを持っていた勝さんは、惜しまれながら65年間の生涯を閉じた。

まさに、「銀幕のスター」という生き方をした人だった。こんな豪快な芸能人は、もう出て来ないんだろうなぁ……。

  • 石川敏男(芸能レポーター)

    ‘46年生まれ、東京都出身。松竹宣伝部→女性誌記者→芸能レポーターという異色の経歴の持ち主。『ザ・ワイド』『情報ライブ ミヤネ屋』(ともに日本テレビ系)などで活躍後、現在は『めんたいワイド』(福岡放送)、『す・またん』(読売テレビ)、ラジオは福井放送、ラジオ関西、レインボータウンFMにレギュラー出演中

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