『さよなら人類』の「たま」は日本のビートルズだった…?
スージー鈴木の「ちょうど30年前のヒット曲」第6弾は、社会現象となったこのバンド!
ちょうど30年前のヒット曲を追う連載です。この、コロナで大騒ぎだった5月の、ちょうど30年前、1990年の5月は「たま」で大騒ぎだったことを憶えていますか?
「たま」とはバンドの名前なのです。知久寿焼(ちく・としあき)、石川浩司(いしかわ・こうじ)、滝本晃司(たきもと・こうじ)、柳原幼一郎(やなぎはら・よういちろう)からなる、奇妙な風体の4人組。
まず「たま」というバンド名が変わっている。ウェブサイト「DANRO」における石川浩司の連載によれば、命名の経緯は、こんな感じだったといいます。
――そこで、メンバーみんなが僕のアパートに集まり、徹夜で考えた。「松葉崩し」はどうだろう。ちょっとイロモノ色が強いかな。「ゴミ」はどうだろう。パンクバンドっぽいかな。そうこうする内に、次のような感じで安易に決まった。
「もう、名前としてしか意味のない言葉でいいんじゃない? そこらの野良ネコを呼ぶような。たま、とかさ」
(DANRO「バンド『たま』を組んだときの話~元たま・石川浩司の初めての体験(最終回)」2020.03.31)
バブル経済全盛だった当時の世間に背を向けたような単語の応酬。さらに曲名が『さよなら人類』で、「♪今日 人類がはじめて 木星についたよ」「♪サルにはなりたくない」「♪サルになるよ」と、一見、とてもヒットチャートを賑わせる歌詞には思えないのですが。
それが大ヒットしたのです。90年の5月5日の発売で、同月14日付けのオリコンランキング初登場1位。58.9万枚のヒットとなります。
多くの方は、この曲のヒットの経緯についてご存知でしょう。前年89年に始まり、一世を風靡したあるテレビ番組が絡んでいたのです。その番組の名前は――『三宅裕司のいかすバンド天国』。
TBS系の土曜深夜に放送されていた、空前の「バンドブーム」を生み出した番組。内容はアマチュアバンドのコンテストで、フライング・キッズやBEGINなど、数多くのバンドが、この番組をきっかけに世に出ることとなりました。
「たま」は、この番組で5週を勝ち抜き、フライング・キッズ、BEGINに続く「3代目グランドイカ天キング」となりました。
「イカ天ブーム」が生んだ「バンドブーム」の象徴としての「たまブーム」――まさにこんな表層的な感じで、『さよなら人類』がもてはやされ、この年の紅白にも出場することとなります。
当時の記憶をたどると、ちょうど都内にも増え始めたカラオケボックスの中、カルピスサワーなどを飲みながら、『さよなら人類』を、みんな半笑いで合唱したのを思い出します。「さるー!」「さるー!」と絶叫しながら。
本当にあっと言う間でした。あっという間に『三宅裕司のいかすバンド天国』の勢いは無くなり、ブームの頂点から一気に高度を落とし、90年いっぱいで幕を閉じます。ブームが潰えた要因は、出演するアマチュアバンドのレベル低下だったと思います。
それに合わせて、「たま」の人気も低迷し始め、それでもバンド活動はしぶとく継続しつつも、2003年についに解散することとなるのですが、それでも「たま」にとって幸運だったのは、『さよなら人類』で大ブームを迎えているときに、強力な援軍が現れたことです。
今、私の目の前にある『たまの本』(小学館)という真っ白い本。著者は――竹中労。
たけなか・ろう。主に60~70年代にかけて、独特の濃厚な筆致によって、社会や芸能界の暗部にメスを入れる数々の著作で、話題を呼んだルポライター(00年に発表された沢田研二の『A・C・B』という曲にも、その名前が出て来ます)。
この竹中労が、突然(という感じに見えました)「たま」を激推しし始めたのです。あの手この手の書きっぷりで「たま」を激推ししまくるのが、90年12月発売の『たまの本』でした。
「きみたちは、ビートルズよりすごいと、ぼくは思うよ」――この本の中で「たま」に対して竹中労は、マジメにこう語っています。対して「たま」の4人は「まさかァ!」と応えるのですが。
でも、です。今回この『さよなら人類』を改めて聴き直して、その音楽的充実っぷりに驚きました。ビートルズ・フリークの柳原幼一郎によるポップなメロディやコード進行にもシビれましたが、それよりすごいと思ったのは、同じく柳原幼一郎による詞の世界です。
「野良犬は僕の骨くわえ」「路地裏に月がおっこちて」「ぼくらの体はくだけちる」という何と強烈なフレーズの数々! そしてこれらは、ナンセンスやシュールを超えて、何か重苦しい意味合いを暗喩しているように見えます。
いちばん強烈なのは、「武器をかついだ兵隊さん」が「サーベルの音」で「街の空気を汚している」という、実にきな臭いくだり。これはもうジョン・レノン的センスと言っていいでしょう(『さよなら人類』の歌詞を解釈しているサイトがいくつもあります。ご興味ある向きは、ぜひ検索してみて下さい)。
『たまの本』のあとがきで身体の不調を訴えていた竹中労は、翌年5月に亡くなります。享年61。しかし竹中労死しても「たま」は死なず。ビートルズ的な何かをも包含した「たま」の意味や価値が再発見されていくのは、実はこれからではないかと、私は睨んでいます。
- 文:スージー鈴木
- 写真:福岡耕造
音楽評論家
1966年、大阪府東大阪市生まれ。bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『恋するラジオ』(ブックマン社)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。新著に『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『桑田佳祐論』(新潮新書)