日本のコロナ政策「リスクマネジメント」を京大特任教授が点検 

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会見する安倍晋三首相と新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の尾身茂副座長  写真:代表撮影/ロイター/アフロ(20年5月14日)

新型コロナウイルスの緊急事態宣言が、全国的に解除となった。安倍首相は、5月25日の解除を伝える記者会見で、「日本モデルの力」を示して「わずか1ヵ月半で」「ほぼ収束させた」と自画自賛する。一方、政府の対応やシステム不全などにより、経済支援はまだ行き届いているわけではない。

政府の新型コロナ対策を、危機対応の世界共通の基準となっている「リスクマネジメント」の観点から評価するとどうなるのか? 専門家に聞いた。

「死者数は少ない」のか? 対策と死者数に関連はあるのか?

強制的にロックダウンさせることなく、緊急事態宣言を解除した日本政府。欧米に比べて死者数が少ないこともあり、「日本のコロナ対策は成功した」と評価する識者もいる。確かに、新型コロナウイルスによる日本の死者数は、欧米と比べればかなり少ない。しかし異なるデータもある。東アジアに限れば、人口10万人当たりの死者数では、日本はフィリピンに次いで2番目に多い(※5月16日時点の米ジョンズ・ホプキンス大システム科学工学センター(CSSE)のデータより)。 

「都合の良い数字だけを取り上げて物事を論じることを、チェリーピッキングと呼びます。現時点で政策と死者数との関連性は定かではなく、ひとつの数字だけ取り上げて評価するのは科学的とは言えないばかりか、むしろリスクを高めることにつながります」

そう語るのは、長年にわたって工業分野の事故防止のリスクマネジメントを研究してきた安田陽(やすだ・よう)京都大学特任教授である。リスクマネジメントは、危機対応に関する世界共通の概念で、国際標準化機構(ISO)が発行する国際規格や日本産業規格(JIS)でも規定されている。安田教授は医学の専門家ではないが、あらゆる分野に共通するリスクマネジメントの基準に照らして新型コロナ対策を考えることは、今後をにらんだ上でもとても重要なことと指摘する。

場当たり的、思いつき、現場丸投げのオンパレード

リスクマネジメントで定められているリスクとは何だろうか? 日本産業規格(JIS)では、リスクとは「目的に対する不確かさに対する影響」(JIS Q 31000『リスクマネジメント – 指針』)と定義する。

「“不確かさ”というのは、まさに新型コロナのような今までにないウイルスを指しています。科学的にわからないことが多いから、専門家の間でも意見が分かれているのです」(安田教授)

同様にリスクマネジメントについては、「リスクについて、組織を指揮統制するための調整された活動」と定義されている。“不確かさ”のあるリスクに対し、組織のリーダーが“調整された活動”で対応すべきということだ。

「抽象的ではありますが、この“調整された活動”という用語がポイントです。リスクにあたる際には、あらかじめ組織として正式に確立されたプロセスでなければならないということです。すなわち、“場当たり的対応”や“思いつきのアイデア”、“現場への丸投げ”などではいけないということになります」(安田教授)

その観点から政府の新型コロナ対策を評価するとどうだろうか?

布マスクの配布や二転三転する経済支援の基準、留学生の支援を成績上位者のみに限定するなど、まさに場当たり的な対応のオンパレードである。あらかじめ準備されたものは何もなく、なぜそれが決定に至ったのかという過程や根拠も不透明で、必要とされたスピードも極めて遅い。緊急事態宣言から2ヵ月近く経つにも関わらず、マスクや給付金の申請用紙すら届いていない家庭もあるのはその象徴だろう。

費用と効果を試算する欧米 どちらも試算しない日本

グラフ「リスクマネジメントと費用便益分析」  (出典)安田陽:Twitter @YohYasuda

安田教授がリスクマネジメントに不可欠と考えているのは、費用便益分析だ。これは、ある対策をする場合に、投じる費用(コスト)に対して、得られる便益(ベネフィット)が見合うかどうか計算することを指す。

欧米では政策決定にあたり費用便益分析が行われるのが常識だが、日本社会では大抵の場合は行われないし、行われた場合でも十分に定量化されていないことが多い。

「今回の新型コロナ対策を例に挙げると、日本はグラフのせいぜい②(対策費用のみの計算)でしか決めていません。マスク配布などは①(どちらも計算しない)だと思います。

アメリカでは、③か④の計算はするけれど費用と便益のどちらかが過小評価されてしまう場合もあります。

欧州では不確実性も考慮する⑤がとられることがあります。

⑤でどちらにも不確実性が大きく含まれているのは、現在の科学ではわからない部分が出てくるからです。科学は万能ではありません。リスクマネジメントでは、わからない部分も含めて検討し、取り返しのつかないリスクに対しては予防原則で対応することもあります。

欧州の多くの国は、最悪な事態を想定してロックダウンを選択しました。冷静に情報を集め、科学的方法論に基づいて早期にリスク低減の準備をするのが、本来のリスクマネジメントです」(安田教授)

日本はどうだろうか? 感染者数や死者数の多寡だけで判断するのではなく、その政治的判断に科学的根拠があったのか、メリット、デメリットがきちんと分析されていたのかについて問われなければならない。

情報公開が不透明 日本はリスクマネジメントの反面教師

さらにリスクマネジメントで欠かせないのは、情報の透明性や公開性の高さである。その点でも、日本のリスク対応は不十分だろう。情報公開請求をすれば黒塗りの書類を出したり、データを書き換えたり、シュレッダーにかけるといったことが日常的に行われてきた。平時から不透明だったのだから、緊急時にはその歪みが顕在化する。

「日本のコロナ対策は、まさにリスクマネジメントの反面教師と言えます。日本社会に不安が広まっている根本的な理由は、マスメディアが煽ったり、“無知な国民”が勝手に騒いだことではなく、政府が出す情報に透明性がないためです。欧米では、出せる情報は積極的に出すことがリスクマネジメントの潮流になっています。それによって生まれる信頼が、大きな価値になるからです。逆に情報が十分に開示されないと、人々は何かあるんじゃないかと不安になります。

 今回の新型コロナ対応では、アジアでは韓国や台湾が高い評価を得ました。どちらもSARS対策で手痛い失敗をして、国民から批判を浴びた過去があります。今回はその経験を活かして、積極的に情報開示を行いました。外部の人にもきちんと説明できるような情報公開や透明性を担保するシステム、そして信頼を得る仕組みを早急につくる必要があります」(安田教授)

日本産業規格のリスクマネジメント指針では、リスクはウイルスのように外部要因だけでなく「組織要因がリスク源になることがある」と記している。外からリスクが迫ってきているのに、内部にもリスクを抱えていたら社会は混乱する。

日本の組織では、しばしば内向きの不透明なルールや慣習によってリーダーが選出される。もともとマネジメント能力が評価されたから選ばれたのではないため、外に出たときに通用しないし、今回のように危機を迎えたときに不十分な対応しかできなくなってしまう。

新型コロナウイルスの特性については、まだわからないことが多い。しかしその対応を通して、日本にとってトップのリーダーシップがリスク要因になっていることは明らかになっている。


安田陽(やすだ・よう)京都大学特任教授

京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。博士(工学)。専門は風力発電の耐雷設計と系統連系問題。技術と経済・政策の間を繋ぐ仕事。公衆安全・事故防止の観点からリスクマネジメントについても研究。

  • 取材・文高橋真樹

    (たかはしまさき)ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。映画「おだやかな革命」アドバイザー。『ぼくの村は壁に囲まれた−パレスチナに生きる子どもたち』『そこが知りたい電力自由化』ほか著書多数。

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