わずか3日後に100着! 秋篠宮家が贈った手作り防護ガウン秘話

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医療従事者へのエールを込めて、済生会中央病院と本部に手作りガウンが届けられた経緯とは…

8都道府県で緊急事態宣言が継続中だった5月15日、東京都済生会中央病院に、秋篠宮家から防護ガウン100着が寄贈された。続く22日には200着、さらに29日にも200着が済生会本部に届けられた。これらのガウンは秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王、紀子妃殿下、眞子内親王、佳子内親王の5方と宮内庁職員の計10名による手作りの品で、市販のビニール袋を使ったものだという。

一体どのような経緯で宮家からガウンを賜ったのか。東京都済生会中央病院 広報室長の佐藤弘恵さんに聞いた。

2020年1月2日、皇居での新年一般参賀。この時すでに、中国・武漢の医療現場には、かなりの数の患者が押し寄せていたという(写真:つのだよしお/アフロ)

「〝社会福祉法人 恩賜財団 済生会〟は1911年、明治天皇が医療によって生活困窮者を救済しようと設立され、現在は全国に80以上の病院を配し、医療・保険・福祉活動を展開しています。総裁には代々皇族方を推載。秋篠宮殿下は2013年に、第6代総裁に就任されました」(佐藤弘恵さん 以下同)

恩賜財団済生会の総会であいさつをされる秋篠宮さま。就任以後、総会へのご出席のほか、折りに触れて全国各地の済生会の施設を視察されている

きっかけは秋篠宮殿下と済生会職員によるWeb会議

5月11日、済生会本部事務局で、秋篠宮殿下・同妃殿下に、新型コロナウイルス感染症への対応状況をご説明するWeb会議が開かれた。この会議には眞子・佳子両内親王殿下も別室で参加された。当時の済生会中央病院は、どのような状況だったのだろうか。

「5月の連休前後は、いちばん大変な時期でした。附属の乳児院でクラスターが発生し、子どもたち8名が入院。それに伴って濃厚接触者である乳児院の職員は多くが自宅待機になりました」

病院敷地内にある乳児院は、保護者の養育を受けられない乳幼児を養育する施設。子どもたちにとって乳児院が家であり、集団感染が起こっても移動できる環境がない。保育を担当する大人が自宅待機という緊急事態に、看護師を中心に、何十名もの職員が防護ガウンを着用し、サポートに回った。

「3月の終わり頃から医療資材の納品が遅れ始め、4月初旬には、いつ入ってくるかわからなくなりました。PCR検査も数多くできる体制ではなく、院内には感染症疑いの患者さんが一定数いらっしゃいましたので、早急にガウンを用意する必要がありました。そのようないきさつで、職員たちがゴミ袋を利用してガウンを作り始めたのが4月18頃だったと思います。

ゴミ袋を利用するのは珍しいことではなく、他の病院でも、みなさんそうしていらっしゃいました。よく欧米のニュースで、医療従事者のガウンが足りなくてポリ袋を被っているのを見ましたが、まさにあんな感じでしたね」

状況を聞いた殿下は〝それほど物資が足りないのか〟と非常に驚かれたご様子で、医療用のガウンに興味を示された。妃殿下からも〝作り方を教えてもらいたい〟というご要望があったため、翌12日、看護部長が作り方の図面と動画をメールで宮内庁に送った。

「この時点では関わった職員も〝参考までにお知りになりたいのだろうな〟と思っていたようです」

ところが15日、突然宮家から連絡があり、手作りのガウン100着が手書きのメッセージと共に届けられたという。

「受け取ったのは院長と看護部長でした。資料は送ったものの、まさか数日後にガウンが届くとは思ってもおらず、ふたりとも大変感激し、恐縮していました。22日と29日に済生会本部に届いた合計400着は、全国の病院に配ってほしいということで預かったと聞いております」

寄贈されたガウンの中には、色とりどりのスマイルマークが貼られたものも。内親王をはじめ、ご一家が作られたガウンにはシールを貼らせていただいたという説明もあったようだ

医療現場の窮地を救ったのは全国に広がった支援の輪

緊急事態宣言が解除になった今、医療の現場はどのような状態なのだろうか。

「市中での感染者数の増加も収まり、ガウンやマスクの供給がかなり追いついてきたのと、行政機関からの支給も徐々に始まって、なんとか数ヵ月分は対応できるだけの資材が手に入るようになりました。ただ、これからまた第2波、第3波が来る可能性もありますので、無駄に消費しないよう、適正に使うことを心がけています」

今回のコロナ禍では宮家だけではなく、実にたくさんの企業や個人の方から支援していただいたと、佐藤さんは振り返る。

「ある製薬会社さんからはアルコール消毒で手が荒れるだろうからと、ボトル入りのハンドクリームをいただきました。ひと箱ひと箱に全部メッセージを書いてくださっていて、大変感激しました。また、職員が作ったガウンはポリ袋を加工しているので通気性が悪く、汗がすぐに出ます。ユニフォームの洗濯が間に合わず困っていたところ、アパレルメーカーさんからユニフォームに替わるTシャツと通気性のいいズボンをいただきました。

気仙沼のボランティア団体さんからは、今も定期的に何百枚単位で手作りのビニールガウンを贈っていただいています。垂れ幕のような大きな布に、ボランティアのみなさんが励ましの言葉を書いてくださったことも、大変嬉しかったです」

済生会中央病院は東日本大震災時、DMATを派遣して支援にあたっている。〝あの時助けていただいたお礼〟ということで、ボランティア団体が広く声がけをしてくれたそうだ。 

「支援してくださった方たちはご紹介しきれないくらいです。使えるお薬は限られていますし、ワクチンもできていないので、まだまだ気を緩めるわけにはいかない状況ですが、皆様からのお心遣いの物資を、これからも大切に使わせていただきます」

ガウンに同封された寄せ書きには10枚のメッセージカードが貼られ、感謝や応援の言葉が書かれていた。「医療現場ではみんな〝どれだけ大変な状況であっても、やるべきことをやるしかない〟という思いで働いています。このような温かいお言葉に励まされました」

それにしても12日にガウンの作り方を送り、15日に届いたということは、なか2日で100着を手作りされたことになる。一刻も早くという秋篠宮家のお気持ちが忍ばれ、そのスピーディーさには心から敬服する。

取材日の東京は快晴。医療従事者への敬意と感謝を込め、航空自衛隊のブルーインパルスが上空を飛行した。

新型コロナと戦う医療従事者に感謝を込め、ブルーインパルスが東京上空を飛行した(写真:アフロ)

東京都済生会中央病院の情報はコチラ

  • 取材・文井出千昌画像提供東京都済生会中央病院

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