マスク無償提供目指した団体が、マスクの確保を一部断念した背景 | FRIDAYデジタル

マスク無償提供目指した団体が、マスクの確保を一部断念した背景

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新型コロナウイルスが流行し始めた頃の通勤風景。マスクは国民生活にすっかり入り込んだ(アフロ)
新型コロナウイルスが流行し始めた頃の通勤風景。マスクは国民生活にすっかり入り込んだ(アフロ)

新型コロナウイルスの感染拡大によって2月以降、国内ではマスク不足が深刻化した。いまだにマスク不足に悩む医療現場や高齢者施設へマスクを無償提供するために寄付金を募る動きが活発化する中、5月に任意団体「THANK YOU MASK プロジェクト」が発足。新型コロナに向き合う医療関係者に提供する「KN95マスク」、外出自粛の中でも生活インフラを支える人に提供する「サージカルマスク」を無償提供するために寄付金を募り、943万円を超えた。

しかし6月5日、同プロジェクトはサイト上で「KN95マスク」の取り扱いの中止を突如発表。知られざる裏側を追った。

「サタデーステーション」でも紹介

「THANK YOU MASK プロジェクト」は、世界最大の宿泊予約サイトBooking.comや、ソフトバンクが出資する賃貸住宅型サービスのOYO LIFEで働いていた勝瀬博則氏が中心となって設立された任意団体。医療従事者や生活インフラを支える人にマスクを配るため、寄付を呼び掛けてきた。

「サージカルマスク」は1口1枚39円、さらに性能の良い「KN95マスク」は1口1枚390円…と気軽に支援できる金額に設定し、5月5日にスタート。SNSを活用して、寄付した人・寄付を受けた人のそれぞれの思いを視覚化できる仕組みを作った。報道番組「サタデーステーション」(テレビ朝日系)などでも活動内容が取り上げられ、放送から約1週間で約860万円、6万5000枚以上分のお金が集まっていた。

その「THANK YOU MASKプロジェクト」が、6月5日付で公式サイトに「重要なお知らせ」と題する文章を突如アップした。そこには医療従事者に提供するはずだった「KN95マスク」の取り扱いを中止すること、またKN95マスクを届けるために寄付した支援者に対して、返金を希望すれば、6月12日までに受け付ける方針が示されていた。

発足から1か月で巨額の寄付を集めた団体にいったい何があったのか。

「コロナ禍、医療従事者は大変な思いをしています。特に、医療物資不足は深刻です。自分たちが出来ることはないかと探していて、マスクを必要な場所にお届けしたい気持ちではじめました」

プロジェクトの事務局長をつとめる勝瀬氏は、フライデーデジタルの取材に対して発足の経緯をこう明かす。マスク不足が深刻だった4月、同プロジェクトの母体で、香港を拠点にホテル向け通信事業を展開するhi Japan株式会社から「マスク2万枚を確保できる」といわれ、「一般の寄付も募れれば、医療機関に配布するマスクも集められる」と考えてスタートさせた事業だったという。

しかし、マスクを集める過程で複数の問題が起こっていることが、フライデーデジタルの取材で判明した。新型コロナウイルスの最前線にいる医療従事者に配る予定だった「KN95マスク」が、6月3日時点で手元に届く確約を得られていなかったことがわかったのだ。

また、弊媒体が本プロジェクトに関する調査を進めたところ、同プロジェクトの母体であるhi Japan株式会社から購入するマスクの製造先とされた中国のメーカー「珠海市恒生医疗科技有限公司」(以下恒生社)が、中国国内で医療用マスクを作れる認可を受けていないことが判明した。

この点については、同プロジェクトは公式サイトに掲載した「マスク製造者確認と今後の対応について関係者各位全文」(5月15日付)の中で、この事実を認めた上で、マスクの製造業者名を「珠海市緑城利実業有限会社」(以下、緑城社)に変更することを発表している。

同日付の「関係者各位」の中には、恒生社が製造する「KN95マスク」や「サージカルマスク」を中国で使用する規格に適合していることを証明するテストレポートを掲載し、その検査を「AS-GTCG社」という機関が行うことも明示されていた。

ところが、弊媒体がその住所を訪ねると、そこは検査機関ではなく、「天秤秘書服務有限公司」という名の秘書代行サービス会社だったことがわかったのだ。

「16D」が検査機関「AS-GTCG社」の住所とされていた
「16D」が検査機関「AS-GTCG社」の住所とされていた
検査機関「AS-GTCG社」が入っていたとされるビル。「日本に置き換えるなら、新宿・歌舞伎町の雑居ビルのようなところです」(現地在住の日本人)
検査機関「AS-GTCG社」が入っていたとされるビル。「日本に置き換えるなら、新宿・歌舞伎町の雑居ビルのようなところです」(現地在住の日本人)

さらに、同プロジェクトは「関係者各位」の中でこう続けている。

<2020年5月15日現在、KN95は、製造社名を緑城社に変更し、中国より日本に向けて出荷の手続きをとっております。本プロジェクトで配布する製品は、中国のGB2626-2006基準を満たしており、中国では医療現場で使用スペックを有しております>

しかし、「緑城社」の取材を進めていくと、この会社も中国の厚生労働省にあたる「中国国家薬品監督管理局」の生産者リストに入っていなかった。同社の社員に取材すると、マスクは製造しているものの「現在、医療登録証明書の申請を行っている」と返答した。つまり緑城社が製造するマスクにも医療用で使う認可は現時点で下りていない、ということだ。ここにも、公表している事実と実態に食い違いがあったのだ。

少なくとも以下の3点について、同プロジェクトの公式サイト上で当初謳っていたことと食い違いがあることは否めない。

① マスクの検査機関とされた「AS-GTCG社」は、秘書代行サービス会社だった。
② 中国国内で医療用マスクを作る認可を受けていない理由で、マスクの調達先を恒生社から緑城社に変更したにもかかわらず、緑城社も医療用マスクを作れる資格を有していなかった。
③ <中国より日本に向け出荷の手続きをとっている>とすでに医療用マスクを手配している表記をしていたが、②からマスクそのものを手配できていなかった。

慈善事業には、民間の事業以上に透明性が求められるはずだ。広く寄付を集めている以上、変更が生じたり、誤りがあった場合には、いち早くそれを寄付者に通知する必要があるだろう。

一連の事実を踏まえ、勝瀬氏に取材を申し込んだところ、6月3日に対面での取材が実現。勝瀬氏は苦渋の表情を浮かべながらはこう明かした。

「しっかりした形でマスクを届ける必要があるので、緑城社のものは提供せず、別のものを入手することにしました。アメリカの疾病予防管理センター(CDC)の規格でテストしている会社のものであればかなりの安全性を確保できるので、この中の何社かにコンタクトしているところです。実際に確定した時点でお話しできる。ここ数週間のうちに手元に来ると思っています」

緑城社でのマスク調達を断念し、別の会社を探しはじめた事実は、冒頭に紹介した「重要なお知らせ」の中でもまだ公表されていない。<当初配布予定であったKN95につきましては、現在、性能検査を依頼しております>と、日本に輸入するマスクを確保したとも受け取れる表現をしているが、3日の時点ではそもそも「KN95マスク」を調達できるかどうかも確定していなかったのだ。

そもそも情報収集不足によって、製造先を2回変更せざるを得なくなったこと自体、同プロジェクトに対して寄付している人の善意に応えていないのではないか、と言われても仕方がないだろう。

PCR検査のデモンストレーションの模様(アフロ)
PCR検査のデモンストレーションの模様(アフロ)
世界的に不足した「N95マスク」のの代用品として、日本の厚生労働省が使用を認める「KN95マスク」。形状は「N95」に似ているが、これでは頬から指が入ってしまい、医師が感染する危険性を高めてしまう(アフロ)
世界的に不足した「N95マスク」のの代用品として、日本の厚生労働省が使用を認める「KN95マスク」。形状は「N95」に似ているが、これでは頬から指が入ってしまい、医師が感染する危険性を高めてしまう(アフロ)
左がPCR検査で使用する「N95」マスク、右が医療現場で使用可能なサージカルマスク。「N95」 は指1本入らないフィット感が特徴
左がPCR検査で使用する「N95」マスク、右が医療現場で使用可能なサージカルマスク。「N95」 は指1本入らないフィット感が特徴

もっとも同プロジェクトは「サージカルマスク」については日本の企業に調達先を変更し、すでに医療機関等に配り始めた。また「KN95マスク」については、新型コロナウイルスを診察する医療現場で使えるかどうかをめぐって、国によって解釈が二転三転したことも、今回の混乱の背景にある。

新型コロナウイルスのPCR検査で医師が装着する最高峰のマスクは直径0.3μm(1μm=1000分の1㎜)の微粒子を95%以上防ぐ高性能マスク「N95」と言われ、アメリカの3M社で大量に製造している。勝瀬氏も3M社に代理店を通して連絡をとったが、「少なくとも300万枚以上の注文、そして医療機関や自治体からの要求でないと応じない」と言われ、「N95」の調達を断念したという。

PCR検査時の必需品とも言える「N95マスク」の代用品を世界中が探していた時、各国の対応は割れた。米国食品医薬品局(FDA)は一時、中国製の「KN95」マスクについて「ある一定の基準を満たせば」条件付きで使用許可を出した。「KN95」は中国国内では工事現場の防塵用として使われ、医療用では使えない。その後、米国政府の検査機関で「KN95」に多くの不具合が見つかったことを理由に、認可は「一部のKN95」に切り替わった。

一方、日本の厚生労働省は米国FDAの決定を受けて、4月10日、「KN95マスクなどの医療用マスクもN95マスクに相当するものとして取り扱い、活用するよう努めること」と文書で出し、自治体を通して医療機関に配った。

しかし「KN95」を装着した場合、頬から指が入ってしまうため、そこからウイルスが侵入してしまう危険性を指摘する声が多数あがった。「THANK YOU MASKプロジェクト」がKN95の取り扱いを断念した背景にはこんな理由もあったのだという。

今もなお、新型コロナウイルスの感染者と向き合う医師はこう明かす。

「マスクは医療関係者にとって命なんです。ウイルスは口、鼻、目といった粘膜から入りますので、コロナの感染が強く疑われる患者さんと向き合うときはやはりN95マスクが最高峰です。装着した時のフィット感がほかのマスクと全然違い、正確に装着すれば顎や頬からも指一本入りません。そのかわり、N95マスクをしたまま2時間も仕事をすれば息苦しくなりますよ。

マスクはいまだに不足していますので、無償提供いただけることはありがたいことなんですが、(寄付を呼び掛けていたマスクについて、もろもろの変更が)起きていたとしたら残念です。医療マスクを集める名目で寄付を募る気持ちはありがたいのですが、結果的に手に入らなかったのだとしたら、寄付いただいた方々に申し訳ないですよね。その点についてはしっかり説明してほしいと思うところもあります。

ただ新型コロナウイルスが無くなることはなく、そのために今、治療薬を必死に開発しています。この冬、コロナの治療薬ができない状態でインフルエンザが流行るようなことが起きてしまったら、本当に医療崩壊が起きる。だから私たちは時間とも戦っています。新型コロナを取り巻く医療現場も時間の経過とともに変わると思いますが、医療関係者にとってマスクが命であることはこれからも変わりません」

KN95マスクの提供は断念しても、THANK YOU MASKプロジェクトは「サージカルマスク」の提供を続けるという。同プロジェクトは、価値ある事業にお金を支払ってくれる人の善意に今後も応えることができるだろうか。

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