元水着モデルの姉が17歳の妹を殺害…事件10年目の深層

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第48回

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送検された田代恵里子。裁判では無罪を主張したが控訴は棄却された

忌まわしい事件が起きたのは2010年のことだった。元水着モデルの姉が内縁の夫と17歳の妹を殺したのだ。日常的に暴力が振るわれカネをせびる……。事件から事件の全容にノンフィクションライターの小野一光氏が迫る。

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10年11月16日、大阪府警は同年6月に大阪府門真市の派遣社員・田代久美子さん(仮名、当時17)に殴る蹴るの暴行を加えて重傷を負わせたとして、姉の田代恵里子(逮捕時21)と、内縁の夫である無職・梅崎大吾郎(同30)を傷害容疑で逮捕した。

この件だけであれば、姉と内縁の夫(以下、姉夫婦)による妹への傷害事件ということになる。だが、被害者の久美子さんはその事件後の同年9月11日夜に、ふたたびケガをして自宅玄関前で倒れているのを発見され、病院に搬送されたが、翌12日未明に死亡が確認されていた。久美子さんの全身には無数の痣があり、死因は背中を強打されたことによる心臓挫傷だった。

ふたりの傷害容疑での逮捕の背景に、9月の妹の死亡が関係しているとの情報を受けて現地入りした私は、大阪府警担当記者から次のような話を聞く。

「姉夫婦と妹は完全な主従関係にあり、久美子さんは梱包作業で月に約18万円の収入がありましたが、それはすべて恵里子名義の口座に振り込まれていました。姉夫婦による妹への暴行は約3年前から繰り返されていて、体重が40㎏を下回るほどに痩せた久美子さんは、丸刈りにされた頭や折れた歯、それに顔の痣を隠すため、外出する際はいつも帽子を被り、マスクをつけていました。

彼女は常に姉に怯えた様子で、逮捕容疑となった6月に暴行された際も、全治9週間の重傷で入院したにもかかわらず、数日後には恵里子らに命じられて自宅に戻っていたそうです」

同記者によれば、姉夫婦は犯行を隠すため、久美子さんに対し、ケガの原因について聞かれた際には、「車にぶつかった」や「階段から落ちた」と言うように強要していたという。6月の傷害事件のときに、久美子さんが救急車で運ばれるのを目撃した近隣住民は語る。

「午後7時半頃に、ジャージ姿でマスクに帽子姿の久美子さんが、自宅の前でエビのように背中を丸めて倒れていました。すぐに救急車がやって来たんですが、久美子さんは『大丈夫、大丈夫』と言って、最初は病院に運ばれるのを拒んでいました。

これは後になって聞いた話ですが、その場に呼ばれてやってきた彼女のお母さんは、『恵里子がやったんや。(救急車に)乗って行ったら恵里子に怒られる』と口にしていたそうです。結局、久美子さんを乗せた救急車が病院に向かったのは午後10時頃でした」

前出の記者の説明では、恵里子と梅崎は出会い系サイトで知り合っており、交際を始めると間もなく、恵里子が家族と暮らす門真市内の家に、梅崎が出入りするようになっていた。

当時、恵里子は両親と兄、そして妹の久美子さんとの5人で住んでいたが、両親がふたりの交際に反対すると、恵里子は梅崎とともに暴言を吐くなどし、梅崎が母親に暴力を振るうこともあったようだ。

そうしたことが原因で、田代家では家庭不和が起きて08年に両親が離婚。母親は近所に住み、久美子さんは父親と兄と一緒に元の家に住んでいた。恵里子は梅崎と近くにワンルームマンションを借りて住んでいたが、3人が暮らす実家の母屋に隣接する離れに、頻繁にやって来ていた。

「彼氏と同棲するから事務所を辞める」

日常的に暴力が繰り返されていた田代家。母親も被害にあっていた

恵里子と梅崎の過去を辿ると、次のようなことがわかってきた。

恵里子は高校時代に大阪市内で撮影会の水着モデルをやっており、身長166㎝、B84、W56、H86(事務所プロフィールより)と抜群のスタイルで、所属事務所でも一番の人気モデルだったという。当時の事務所スタッフは取材に対し、以下のように説明している。

「ポーズの注文とかにも、素直に『はい』と返事ができる人気の子だったんですが、高校3年の夏頃に電話で『彼氏と同棲するから事務所を辞める』と言ってきました。同じ理由で学校も辞めると話すので、もう少しで卒業だから我慢すればいいのにと諭すと、『学校には行ったり行かなかったりだから、べつにいい』と答え、なおも説得していたら電話を突然切られました。

それきり連絡が取れなくなったので、彼女の母親に電話を入れ、連絡をくれるように伝えてもらうことにしましたが、母親も同棲や退学に反対したことを口にしていました。ただ、強く反対して駆け落ちでもして、音信不通になることを心配したようで、最終的には同棲を認めていたそうです」

一方の梅崎は、大阪府箕面市の中学を卒業後、同豊中市の定時制高校を1年で中退している。恵里子と交際後はふたりで生活保護を受け、毎月計約15万円を受け取っていた。

また、彼らは久美子さんから月給を取り上げるだけでなく、父親の持つ通帳を久美子さんに盗ませて現金を引き出すなどしていた。こうして得たカネは生活費の他に、ゲーム機を買ったりするなど、遊興費として使っていたことがわかっている。

10年12月7日に傷害罪で起訴されたふたりは、11年1月27日に久美子さんへの傷害致死容疑で再逮捕された。それにより判明したのは、10年9月11日の犯行の際には、ふたりが久美子さんの顔を木製の椅子で殴り、うつ伏せに倒したあと、背中に向けて椅子を何度も振り下ろし、椅子が壊れるまで殴り続けていたということ。

この暴行に至った理由について、彼らは数日前から体調を崩して足元がフラフラになっている久美子さんに対して、「嘘やろ」と詰問。仮病を使われたからだと説明している。

また、この再逮捕の段階で、久美子さんは08年5月頃からふたりの暴力を日常的に受けており、10年6月の久美子さんへの傷害事件では、恵里子が拳にはめる鉄製の「メリケンサック」や折り畳み椅子などを使用して、彼女に暴行を加えていたことも判明した。

12年3月8日に大阪地裁で始まった、ふたりに対する裁判員裁判では、罪状認否でいずれも「自分は暴行していない」と無罪を主張。弁護側はそれぞれ「もう一人の被告が暴行した」と主張するなど、互いに罪をなすりつけ合っている。

こうした”泥仕合”の末、同年3月29日に開かれた判決公判では、恵里子に懲役13年(求刑懲役13年)、梅崎に懲役14年(求刑懲役15年)の判決が言い渡された。

(文中敬称略)

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

  • 撮影朝井 豊

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