ラグビー日本代表デビューが「お預け」になった齋藤直人の胸中

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2019年W杯のラグビー日本代表の「選手強化機関」ともなっていたサンウルブズで、齋藤直人はこの2月、6試合すべてに出場した

ラグビー日本代表の対ウェールズ代表戦、対イングランド代表戦の「予定されていた日程(6月下旬以降)での試合の開催」は中止となった。

もともと日本代表の現場サイドは、この試合に向けて水面下で約50名の代表スコッドを編成。この約50名のスコッドは、ワールドカップの日本大会に出たメンバーが中心となっているが、セレクションの過程では2020年にわずかにあった公式戦の内容も加味される。進境著しい若手選手も複数、リストアップされた模様だ。

複数の関係者がその1人に挙げるのが、サントリーの齋藤直人である。

攻めの起点にあたるとしてスクラムハーフを務め、長く正確なパスやキックをテンポよく操る。ゴールキックも蹴られるうえ、あちこちに移動しながら疲れを覗かせぬスタミナや危険地帯へ先回りしての防御も際立つ。

早大の3年だった2018年度には当時の学生で唯一の日本代表候補となり、翌年度はチームの主将として11シーズンぶり16回目の大学日本一に喜んだ。

現在の日本代表が学生の選出に慎重だったこともあってか、この国でのワールドカップへの出場は叶わなかった。ただし今年の2月から、斎藤はこの国唯一のプロクラブであるサンウルブズの一員としてスーパーラグビーでの実戦を計6度、経験。持ち味を発揮した。直近の活躍から、件の約50名のスコッド入りを示唆する関係者は増えていた。

「(大きな相手などへの)恐怖心みたいなのがなくなりました。実際にやってみて、『あ、やれるな』という感覚を掴んだのが大きかった。(当初から)試合が始まれば吹っ切れて『やれる(と思える)』みたいなところがあったんですけど、時間を重ねるごとに試合に入るまでのマインドが落ち着いてきた。もちろん、緊張はしましたけど」

さらにライバルの動きを見て、普段から周りとコミュニケーションを取ること、各々に合った自己管理方法を知ることの大切さを再確認できた。

サンウルブズで定位置を争ったのは元南アフリカ代表のルディ・ペイジだった。常に周りを叱咤し、時に鋭い仕掛け繰り出し攻めにアクセントをつける。そんなペイジの真骨頂の背景を、齋藤は間近で観察できた。

「ルディは試合中もチームを鼓舞する声掛けをしていました。自分もそういったところをまねるように。(スクラムハーフは)コミュニケーションが大事なポジション。だから(普段から)色んな人と絡むようにはしていました。ルディには、『試合後は映像を見るな。次のオフ明けから気持ちを切り替えられるように』『日本人はラグビーのことをずっと考え過ぎだ。切り替えは大事だよ』ともよく言われました。

それぞれの選手が、練習前の準備、練習後のケアなど、自分が一番いいパフォーマンスをするために何をすべきかについて(異なる)ルーティーンを持っていると思いました。それぞれが、自分のことを理解しているのかなと。自分もそういうものを作っていかないと、今後もあのレベルではやっていけないのかな、と感じました」

桐蔭学園高校卒業後はずっと寮生活をしてきた。早大でも入学時から寮生活で、サントリーに入社した直後も独身寮を拠点にするつもりだったが、自粛生活中の4月下旬時点では実家住まい。「食事など、生活に余裕がなくなったので(実家に)帰ってきました。いずれは自分で何でもできるようにしていかなきゃいけませんが」とのことだ。

空いた時間には身体も動かしていた。自宅用のダンベルやサントリーのクラブハウスから貸し出されたトレーニンググッズで筋力維持に努め、庭に出ては父とパスを投げた。世界中のアスリートが迷い込んだ暗闇のなかでも、やるべきことを模索する。

「同じ生活の繰り返しをしていると、目標を見失いやすい。モチベーションも慣れない研修で疲れるとモチベーションも下がりがちになります。でも、自分で動画や(自身が過去に付けた)ノートを見るとかして、うまく、保っています」

今後の代表活動へは、不確定要素が多いとあって「現実的にいつ(ジャージィを着られるか)は想像しづらいです」と慎重な構え。その一方で、やや遠慮気味にではあるが「今年、キャップ、獲りたいです」とも述べていた。繊細な言葉選びの節々に、代表のジャージーを着るという難関へ挑む向上心、覚悟を感じさせる。

「大学の頃は、オフシーズンもトレーニングするのが普通だと思っていました。トップリーグの先輩には『オフには身体を休めた方がいい』とも言われましたが、(有事を見据えて)動くようにはしています。逆に、皆が休んでいるなら、少しでも動いていた方がアドバンテージになるのかな…とも。どこで、どのチームでかもわからないですが、再びプレーできる日が来た時、それを一番いいコンディショニングで迎えられるよう常に準備します」

昨年度までの早大のグラウンドでは、齋藤がほぼ必ずキック、パスの居残り練習を繰り返していた。行動を制限されがちないまは、地道な努力のできる人が際立つ絶好機とも取れる。

憧れの赤と白いジャージィをまとうその瞬間も、もちろんその後も、身長165センチ、体重75キロの若者は高みを目指し続ける。

1月、齋藤直人(前列右から3人目)はラグビー大学選手権決勝で早大の主将として11季ぶりの大学日本一に導いた
  • 取材・文向風見也

    スポーツライター 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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