日本人の「きれい好き」はいつから…?ひとつの考え

コロナ禍で疑問に思った人も多いはず

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いろいろな説が飛び交っている日本のコロナの感染者や死者数の少なさのワケ。〝ファクターX”とも言われているが、その一つとして語られているのが、日本人の清潔好き。それが本当に関係があるのかは別として、そもそもこの感覚はどこから生まれたのかは気になるところだ。民俗学者の新谷尚紀(しんたに・たかのり)氏に話を聞いた。

梅雨と水稲が、きれい好きを生んだ

飲食店に入れば必ず出されるおしぼり。日本人にとってはごく当たり前のことだが、外国人は驚くという。考えてみれば、学校には水飲み場があり、手洗いやうがいが習慣づけられている。いったい日本人はどうして清潔好きになったのだろう。

「歴史と環境がそうさせたのでしょう。きれい好きになった要因の一つは、毎年じめじめした梅雨の季節があることと、それに適合した水稲の栽培を始めたことでしょう」(新谷尚紀氏 以下同)

日本で稲作が始まったのは縄文時代といわれ、弥生時代には東北地方南部まで稲作が広がったとされている。弥生時代に作られた矢板や杭で補強した畦(あぜ)できちんと区分され、用水路や堰(せき)も整備されていた水田跡が、静岡県の登呂遺跡で見つかっている。 

「水稲栽培が始まったのは紀元前950年ごろ。福岡県や佐賀県あたりで作られ始めました。関東まで広がったのは、紀元前300年ごろ。九州から関東に広がるまでに約650年もの時間がかかっている。

なぜそんなにかかったかというと、水田で稲を育てるためには、手間がかかるから。つねにきれいな水が田んぼに流れるように整備しておかなければなりません。用水路にゴミが詰まったら水が流れなくなるし、害虫駆除や畔の草取りも必要。稲作が日本人をきれい好きにしたと考えられます」

そんなに手間がかかる稲作をどうして始めたかというと、水稲がおいしくて、面積当たりの収穫量が多く連作ができ、水が豊富で水田栽培に適していたから。水が豊富なのは、日本が温暖湿潤気候に属するからだが、この梅雨がある気候がさらに日本人をきれい好きにしたのだと言う。

「湿気が多いと、カビや病原菌が増えてしまいます。だから、せっせと拭き掃除をしたり、手を洗ったりするんです」

水が豊富な日本。この環境が水田栽培を広げた。田んぼをきれいにしておくことが、きれい好きを生む一因に(葛飾北斎「富嶽三十六景 隠田の水車」)

心も洗い清めるお祓い

いわば環境から生まれた習性だが、これが日本人の心にも影響を与えた。自分の心についた“穢れ(けがれ)”を払う。これが神社で行われている“お祓い(おはらい)”だ。

「物理的には掃除や手洗い。心理的にはお祓い。きれいにしておくと安心できる。きれいにしておかないと不安で、不潔を好む邪霊が寄りついてきて、何事もうまくいかない気がする。そんな心理が日本人にはあるんです」

禊(みそぎ)といって、神事を行う前に海や川に入って洗い清めたりするのも穢れを祓うため。滝修行も禊の一つだ。神事に携わる者だけではない。伊勢神宮の内宮の入り口には五十鈴川が流れ、参拝者はここで手を洗って詣でる。神社には必ず手洗い場が設けられ、手や口を清めてから参拝する。これも禊の一つと言えるのかもしれない。

和歌山県田辺市には扇ヶ浜潮垢離場(しおごりば)と書かれた石碑があるが、ここはその昔、熊野詣でをする巡礼者が海水で手を洗って身を清めた場所だった。

「川や滝で身を清めることを水垢離(みずごり)というのに対して、海水で身を清めることを潮垢離(しおごり)といいます。二度と会いたくない人に向かって塩をまくことがありますが、それは塩で穢れを祓う潮垢離からきているんです」

過去のいざこざについて、とやかく言うことをやめ、なかったことにするとき、「水に流す」という言葉を使うが、

「水で清めてリセットしようということです。大みそかに大掃除をするのは、物理的にきれいにするためでもあるけれど、邪霊を追い払って、リセットし、清潔な中で新しい年を迎えたいという心理的なものもあるんです」

世界中に広がる手洗いの習慣。インドネシアのモスクではタンクが置かれ、参拝前に手を洗うことが義務づけられた

お賽銭も花火も厄払い 

邪霊を祓うために行うのは大掃除だけではない。節分はよくないものを身体や身辺から放すために行われる厄払いだし、ひな祭りも、昔は自分の災厄を人形に託して川に流していた厄払いの一つだった。家を新築したとき、餅をまいたりするのも近寄ってくる邪霊や魑魅魍魎(ちみもうりょう)や災厄を祓う意味があるのだとか。

「お賽銭も同じです。お金に災厄を託して手放しているんです」

そして、花火も。

東京・両国の花火大会は江戸時代の享保の大飢饉がきっかけだといわれる。大飢饉の影響で物価が上がり、疫病も流行し、悲惨な状態だった江戸の街から疫病退散を願い、慰霊をするために打ち上げられたのが始まりだというが、

「そう言われたのは明治になってからです。もともと花火は厄払いのためのものなんです。暗闇には、様々なばけもの、魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)すると思われていた。だから、音で驚かせ、光で洗い清めている。中国ではお正月に爆竹を鳴らしますが、あれも音で邪霊を追い払っているんです」

環境と歴史によって育まれた日本人のきれい好き。この感覚は大事にしていきたい。

6月1日、新型コロナ感染症の終息を願って全国で一斉に打ち上げられた花火。打ち上げ前には花火師が神社でお祓いを受けた。写真は、府中・大国魂神社

新谷尚紀(しんたに・たかのり) 柳田國男の著作に刺激を受け、民俗学を志す。国立歴史民俗博物館教授、総合研究大学院大学教授、を経て現在名誉教授。そして國學院大學大学院客員教授。著書に『氏神さまと鎮守さま-神社の民俗史-』(講談社選書メチエ)、『神道入門-民俗伝承学から日本文化を読む-』(ちくま新書)など多数。

  • 取材・文中川いづみ写真アフロ

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