国際感染症センター長がいま明かす「恐怖と焦りといら立ち」 | FRIDAYデジタル

国際感染症センター長がいま明かす「恐怖と焦りといら立ち」

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の記者会見で、いつも小池百合子都知事の右横に座っている温和な医師に見覚えのある方も多いだろう。国立国際医療研究センターの大曲貴夫(のりお)国際感染症センター長だ。

国際医療研究センターは国内で4カ所指定されている特定感染症指定医療機関の一つで、新型コロナウイルス感染症の研究の拠点となっている。また、東京都の患者を中心的に受け入れている施設でもあり、その陣頭指揮を執っているのが大曲医師である。

現状、新型コロナウイルス感染症はなんとか山場は越えた感がある。感染症と最前線で戦ってきた大曲医師に、ここまでの戦いを総括してもらった。

紙一重だった医療崩壊

――新型コロナウイルス感染症で「日本は大変なことになるかもしれない」と実感を持ったのはいつ頃ですか?

うちの病院でもダイヤモンド・プリンセス号の対応をしており、重症患者さんを受け入れたり、スタッフを派遣していました。それが一段落したのが2月終わりから3月頭ごろ。

「これからもポツリポツリと患者さんは入ってくるだろうけど、それを診ていけば良いかな」

くらいの軽い気持ちでいたのです。ところが、感染者は水面下でドンドン広がっていました。

海外での流行を受けて、2月から3月にかけて日本に戻って来られる海外滞在者の方がすごく増えていたのです。結果、日本に感染者が入ってきて、我々が知らないうちに市中でかなり広がっていた。しかもそのリンクが追えず感染者の数がワッと増えだした。3月中旬くらいです。

その頃、ニューヨークとかミラノの様子が映像で流れ出しました。「何なんだ、これは」と。そんな悲惨な状況になってしまうことにショックを受けました。そんな中、西浦さん(北海道大学の西浦博教授)たちのチームから、日本でも最悪の場合、感染者数がさらに急増しそうだ、というシミュレーションが出た。実際に、ウチの病院にも新型コロナの疑いで外来にいらっしゃる患者さんがドンドン増えて、陽性者が毎日のように出る。

「おかしいですよ。大曲さん、何か起こってますよ」

スタッフがこう言い出したり、自分はコロナじゃないかとパニックになった人から相談の電話が毎日たくさん来るようになりました。

「あっ、やばい。これはとんでもない状況になりつつある」

と実感せざるを得ませんでした。

それまでは日本に入ってくる感染者をその都度隔離をして押さえ込んでいけば良いだろう、くらいに思っていたのです。封じ込められると楽観的に思っていたのに、実際は裏で感染が一気に広がっている。その先に何が起こるか?ということはニューヨークやミラノの映像を見れば一目瞭然でした。

――3月25日の都知事の会見で「2割の方は確実に入院が必要で、全体の5%の方は集中治療室に入らないと助けられない」と大曲先生がおっしゃり、その発言がマスコミ各社に取り上げられ話題になりました。

テレビの記者の方が水を向けてくださったので、「そういえばこの病気がどんなものかと語ったことないな」と思い淡々と話したつもりだったのですが、これまで具体的な病状を専門家が話したことがなかったようで、みなさんにとってすごく印象深かったみたいですね。

私の話は小池さんの答弁の“刺身のつま”みたいなものなのですが、あの話を取り上げていただいて、若い人たちが

「やっとこの病気の深刻さがわかりました」

って言ってくれましてね。会見に出た甲斐はあったなと思いました。

――4月7日に緊急事態宣言が出されましたが、その直前の状況はどうだったのですか?

あの時期、みなさんが3密を避けたり自粛してすごく手伝ってくださっているのは伝わってきていて「ありがたいな」とは思っていたのですが、一方で、街中に出かけていって宴会したり、パーティーをしてクラスターが起こる、ということも続いていました。

「こんな調子だと絶対押さえられない。まだみんな怖さに気づいていない」

というすごい焦りと、苛立ちがありました。ですから緊急事態宣言が出される前の一週間、僕はマスコミの取材をたくさん受けました。このままみんなの気が緩んでいると、日本もニューヨークやミラノみたいになる。ICUから患者さんが溢れて、そのときは人がバタバタ死ぬときだ……と。そういう状況にはなりたくないし、見たくないじゃないですか。だから、もっと力を注いで伝えなきゃ、と。

――そこまで紙一重だったのですね。引き締まらなければ日本もニューヨーク、ミラノになっていた?

緊急事態宣言の決断が遅くなっていたら、日本も同じ道を辿っていたと思います。日本とアメリカとの差はどこから来ているのか? という事に関してはいろいろな議論があります。僕は感染者を押さえるためには、社会全体できつい取り組みを始めるタイミングがすごく重要だと考えていて、日本はそのタイミングが間に合った、ということだと思っています。

5月の連休前になるとだいぶ患者さんが減ってきたので、

「ひょっとしたら、日本はなんとかなるかもしれない」

と、やっと思い始めました。ホントにそんな感覚です。一方、3月の3連休で世の中の空気が緩んで感染が広がったことを見ているので、

「今度の連休前も、リスクコミュニケーションをちゃんとやらないとまた患者が増えてしまう」

と、ピリピリしていた部分もありました。しかし東京都で「ステイホーム週間」なんかをやってくださって、みなさん連休中は外に出ないでくれました。その状況を見て「はぁ~、良かった~」と。以後も患者さんがワッと増えることなく、ずっと下がっていったので、とりあえずは一山越えられたのかな、と思っています。

海外メディアの袋だたきに遭って…

――ダイヤモンド・プリンセス号の対応も国際医療研究センターでされていますが、「みんな下船させろ」などの意見がいろいろあり大変だったのでは?

実は僕は海外メディアのプレスカンファレンスに尾身茂先生(政府諮問委員会会長)や厚労省の方と一緒に参加しているのです。そこで出る質問の、意地の悪いこと悪いこと。もう「日本のやっていることは間違っている」あるいは「人権侵害をしている」という前提で、その方向性に合致したコメントを取って自分の手柄として報道したい、という意図しか感じない質問が多かった。

船の中で何が起こっているのか?解決するにはどうした良いのか?と考えるのが筋だと思いますが、そういう観点で聞いてくる記者はほとんどいませんでした。

AFPの方はすごく丁寧に聞いてくださって、私の意を汲んだ記事を書かれていましたが、一部のメディアは酷かった。無茶苦茶でした。「間違いだ」の一点張りですから。がんばって英語でしゃべっているのに、何を言ってもぼろくそに言われるんですよ。メンタル的に結構きつかったです。感染症対策ってこんなことで消耗させられるんだ、って変な勉強させられました。

――乗客をすべて収容できるリソースもないですし、その状況下で下船させてしまえば感染が広がってしまうし、あの時の対応は適切だったのではないでしょうか?

もちろん全員を降ろして入れることのできる個室、たとえばホテルを何棟か借り上げる、とかできれば良かったのでしょうけど、できなかったわけです。

そういう状況の中ででき得ることは、重症者やハイリスクの人を先に降ろして病院に入れ、残りの人は船の中で経過観察をして14日間検疫後、陰性なら降ろす、という方法しかなかったと思います。実際、ダイヤモンド・プリンセス号を下船した人に関連した二次感染はでなかったので、正解だったと思います。もちろん、二次感染が出なかったことを海外のメディアは報じてくれませんでした…。

第二波を乗り越えるためにすべきこと

――新型コロナウイルス感染症の第二波が起きることは覚悟しておかなければならないと思いますが、火だねとして怖いところは?

いま、クラスターが起きているところといえば、やはり医療機関ですよね。あと夜間の接待を伴う接客とかパーティーとか。ひとたび若い人が感染すると、彼らは活動範囲が広いので、感染はどんどん広がっていきます。それを追えて囲っていけるうちはいいのですが、やがてかならず追えなくなる。で、他の世代の人たちとの交流が進む中で高齢者が感染。高齢者は重症化しやすいので入院し始める。そこまで行くと手遅れなのです。

我々が一番危惧するのは高齢の重症者が増える事です。今もハイリスクの場所でクラスターが起きていますが、そこだけで食い止めなければならない。できればそこでもクラスターを起きないようにしたいところです。

――今後、PCR検査は増やした方が良いのでしょうか?

4月の1~2週目の状況を思い返してみると、「電話してもなかなか相談センターにつながらない」とか「検査をなかなか受けられない」という声がものすごく上がってきました。自分の患者さんにもそういう人がいて、検査が行き届いていなかったことは間違いないと思います。やはり症状がある方が必要なときにはすぐに検査を受けられるような体制づくり、検査のキャパシティーを増やすことは必須だと思います。

というのもこの病気は一見軽く見えても急に悪化するからです。ともかく検査はしっかりと早く受けてもらい、しっかり観察をする。多くの方はホテル療養になるでしょうが、重症化しないかどうかちゃんと見ていく。で、問題なくなおれば家に帰ればいい。でも、ちょっとでも悪くなってきたら病院に入れる。必要な人にPCR検査を実施することで重症になる人を見落とさない、というやり方が大事だと思っています。

――PCR検査を増やすためのリソースはあるのでしょうか?

人手を増やす、ということはなかなかすぐにはできません。検体を採取しやすくして、検査機器の操作をプロでなくてもできるようにする。さらに言うと検査機器や試薬ももっと安価にしていく。そうやって安全で安く、大量に検査ができるようにする、と。

そのためには体制作りが必要です。こうなると医療界だけの話でなく産業界全体としての課題となりますから、産業界も交えて計画を練り上げていく必要があるでしょう。いずれにせよPCRをどんどん実施するためには、今から計画を立てて開発をして、試薬を購入する準備をしないと間に合いません。第二波が怖い秋に向けて真剣に準備していかないといけない、と思います。

改めていうまでもないでしょうが、コロナは収まったわけではありません。「第一波」の知見と経験を生かして、「第二波」が悲惨な結末を招かないように、いまから備えなければならないのです。

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