コロナ後の経済復興を目指す「グリーンリカバリー」論をご存じか | FRIDAYデジタル

コロナ後の経済復興を目指す「グリーンリカバリー」論をご存じか

松下和夫氏(京都大学名誉教授、公益財団法人 地球環境戦略研究機関シニアフェロー)インタビュー

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日本は「Go Toキャンペーン」などの単純な振興施策ばかり 世界では「グリーンリカバリー(緑の回復)」や「ビルドバックベター(より良い復興)」が始動していた!

新宿駅前の通り。4月5日(日)(上)と6月22日(日)の比較。日本はコロナウイルスの蔓延を理由に、4月7日、東京と他の6つの県に緊急事態を宣言。4月16日には全国に拡大し、6月19日に解除された。  写真:Duits/アフロ
新宿駅前の通り。4月5日(日)(上)と6月22日(日)の比較。日本はコロナウイルスの蔓延を理由に、4月7日、東京と他の6つの県に緊急事態を宣言。4月16日には全国に拡大し、6月19日に解除された。  写真:Duits/アフロ

新型コロナウイルスの感染収束後の観光振興として、日本政府は1兆7,000億円をかけて「Go Toキャンペーン」を計画している。委託事業者に多額の経費が渡るなど、すでに指摘されているさまざまな問題を抜きにしても、ただコロナ前の状態に戻ることを目指すだけで良いのか? 

いま欧州を中心に、環境を軸としてコロナ後の経済復興をめざす「グリーンリカバリー」という流れが生まれている。「環境か経済か」という二択ではなく、「コロナ前より良い経済社会体制を目指す」動きとはどのようなものなのか? 京都大学名誉教授の松下和夫氏に話を伺った。

「以前と同じではいけない」という危機意識で復興を目指す

Q:新型コロナウイルスの感染拡大を受けて議論されている「グリーンリカバリー」とは、どのようなものでしょうか?

松下:新型コロナの問題が広がる中で、世界的に二酸化炭素(CO2)排出量などが減少しました。これを一時的な現象で終わらせるのではなく、以前よりも持続可能な経済体制につくり変えようという議論が、国連や欧州などで進んでいます。「グリーンリカバリー(緑の回復)」「ビルドバックベター(より良い復興)」などと呼ばれるものです。

例えば、欧州では「グリーンリカバリー同盟」という非公式グループが結成され、気候変動などを経済政策の中心に据えることの支持を打ち出しました。同グループにはEU加盟国12ヵ国の大臣や欧州議会議員に加え、IKEAやH&M、ユニリーバなど37の企業のCEOや、28の企業連合も署名しました。

また、フランス政府は、航空大手エールフランスに支援する条件として、CO2排出量の大幅削減や、持続可能な代替燃料の導入などを挙げています。「以前と同じではいけない」という危機意識に基づくこうした動きは、欧州で一般的になってきています。

欧州発 アメリカ、韓国などへも「グリーンディール」が拡散

Q:このような流れが生まれた背景には何があるのでしょうか?

松下:19年末、欧州委員会が気候変動対策を軸にした「欧州グリーンディール」を打ち出しました。例えば、EUは従来、2030年までにCO2排出量を40%削減することを目標にしていました。しかしグリーンディールでは、2030年のCO2排出量削減目標を50%〜55%に引き上げ、2050年までに排出を実質ゼロにすると定めました。

また、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行にともなって、職を失うなど負の影響を受ける人たちを対象に、他の仕事を用意する「公正移行メカニズム」も発表されています。このグリーンディール政策には、欧州投資基金から1兆ユーロ(約120兆円)が投入される予定です。

注目すべき点は、単に環境のために経済活動を規制するという発想ではなく、環境対策をすることで、地域の気候変動や感染症などへの耐久性を高め、持続可能でより質の高い経済発展を目指すとしていることです。そしてコロナ禍が起きても、この流れは止まるどころか進化しようとしています。

こうした動きは、欧州だけにとどまりません。米国の民主党は11月の大統領選挙で、環境政策に力を入れる「グリーンニューディール」を掲げて闘う可能性が高くなっています。

アジアでは、韓国の与党が「韓国版グリーンニューディール」を公約に掲げて、4月に行われた選挙に勝利しました。いずれも、どこまで公約を実現できるかはわかりませんが、高い目標を掲げて政治がリーダーシップを取ろうとしていることは確かです。

新たな感染症拡大を発生させないために「新しく作り直す」 

Q:コロナ後の社会で、なぜ「グリーンリカバリー」の考え方が重要なのでしょうか?

松下:2000年代以降だけでも、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、そして新型コロナウイルスと、3度も感染症が世界に広がっています。これらは過度な開発や気候変動などによって自然環境が破壊され、人と野生動物の接触の仕方が変わったことで誕生したと考えられています。また、グローバル化によって人や物が高速で移動することにより、世界中にまたたく間に広まりました。

感染症などの専門家の方たちは、世界の経済体制のあり方に根本的な原因があるため、新型コロナの問題が収束したとしても、次々と新しい感染症が生じる可能性が高いと指摘しています。そのため、長期的な視点からパンデミックが起こりにくいような経済や社会のあり方を模索していく必要があるとされています。

今回は新型コロナにより、既存の経済システムを停止せざるをえなくなりました。壊れた組織を治す際に、単に元に戻すのではなく新しく作り直すチャンスと捉えるのが「グリーンリカバリー」です。そこでは、お金と資源と人材を地域で循環させて、できるだけ自立して安定した暮らしを実現することを目指しています。今後は、グローバル化については一定の歯止めも必要となってくるかもしれません。

後発「日本版グリーンディール」にチャンスはあるか?

Q:日本では、「いまはコロナの影響が深刻なので、環境どころではなく経済回復が優先ではないか?」という声もあります。欧州では、なぜコロナがあっても環境政策を強力に推し進めるのでしょうか?

松下:EUは、環境問題やパンデミック対策のためだけにグリーンディールに力を入れているわけではありません。いずれ必ず必要になる環境対策を、世界に先駆けて取り組んだ方が産業の国際競争力をつけられると考えているからです。

例えばEUでは、製品の環境規制がこれまでより厳しい基準に変わっていきます。EU以外の国が、その新しい環境基準に合わない製品をEUに輸出しようとした場合、環境措置として関税を上げられてしまう可能性があります。もちろん日本企業も例外ではありません。

また、金融機関の投資の基準も環境への配慮が求められるため、その対応ができていない企業は投資対象から外されます。現在、将来のグローバルスタンダードになる基準をEUが作成しています。日本もそこに入ってルール作りから参加していかないと、産業の国際競争力という点でも出遅れてしまう恐れがあります。

Q:松下さんは、「日本版グリーンディール」の実践を提唱しています。どうすれば実現できるのでしょうか?

松下:残念ながら、日本政府の気候変動対策は、国際社会からあまり評価されていません。まずは気候変動対策につき、国として明確な長期的目標を示すことです。パリ協定の目標達成のためには、温室効果ガス削減目標を2030年までに1990年比で少なくとも40〜45%削減に引き上げる必要があります。

そして、
①持続可能なエネルギーへの転換
②エネルギー効率の改善
③資源効率の改善
④物的消費に依存しないライフスタイル(テレワーク、時差通勤など)への転換
⑤コンパクトシティによる既存都市の活性化や人口減少と高齢化社会に対応した公共交通の充実
など、より多くの雇用を地域で創出し、質の高い暮らしと人々の幸福に貢献する経済システムへの転換が必要です。できるだけ新しい技術を活かしながら、環境に悪い旧来の手法を改めていく必要があります。

Q:その中で、特にどの分野の努力が必要となるでしょうか?

松下:脱炭素に資するインフラ整備、とりわけ再生可能エネルギーの拡大・コスト低減に資する送配電網への重点投資が重要です。再生可能エネルギー拡大の障害となっている送配電網を、今後のレジリエントな(リスク対応力の高い)経済構造に必須のインフラと位置づけて、整備することが必要です。

また、経済全体で最も費用効率的に二酸化炭素の削減を可能とするカーボンプライシング(炭素の価格付け)の本格的な導入は、脱炭素社会への移行に資する有効な施策です。エネルギー価格が最低水準で推移している今はカーボンプライシングを相対的に導入しやすい状況といえます。カーボンプライシングを通じて得られた財源は、持続可能な経済社会への追加財源としての活用が可能です。

日本版グリーンディールの第一歩 「石炭火力をやめる」

Q:CO2対策という点では、政府は国内で石炭火力発電所を多く利用し、新設も進めています。また、途上国の石炭火力発電所への投資や資金提供などで協力を続けています。これについてはどう評価されていますか?

松下:政府は「相手国の要望に合わせている」「進んだ日本の技術を提供する」と説明していますが、最新式の石炭火力であっても、同レベルの天然ガス火力発電所と比べて2倍以上のCO2が排出されます。しかも一度プラントを建てると40〜50年動かし続けることになる。

それよりも将来世代のことを考え、再生可能エネルギーを支援するなど別のやり方をした方がずっと有効です。日本版グリーンディールの第一歩は、まず石炭火力をやめることから始まります。

個別の日本企業には、頑張っているところもたくさんあります。例えば自社の電力を100%再生可能エネルギーにすると宣言する「RE100」に加盟する企業も増え、世界全体の235社中34社が日本企業です(2020年6月6日現在)。しかし、国としての方向性が明確に示されないため、日本企業が国際社会のリーダーシップをとれていません。

Q:日本政府はコロナ後の振興策として「Go To キャンペーン」を打ち出しています。この点についてはいかがでしょうか?

松下:危機にある観光業を支援するのは大切なことですが、コロナ後の経済政策の中に「ビルドバックベター(より良い復興)」の議論がまったくないことは残念です。単に観光客が減ったから元に戻そうというだけでは、社会や環境が良くなることはありません。観光にしても、人をたくさん呼べば良いという視点だけでは、観光公害のようなことも繰り返し起きてしまいます。

地域社会の長期的な活性化を図るためには、地域の自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝え、長期滞在型の観光客と共にその保全につなげることを目指すエコツーリズムの取り組みが求められます。そうした中で、地域住民も土地の価値を再認識し、地域の観光の独自性が高まり、地域社会そのものが活性化していくとが考えられます。

コロナ禍を受けて、このようなことをいろいろな人が考え直す機会にできれば良いのではないでしょうか。

◆松下和夫(まつしたかずお)

京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェローほか。1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)、京都大学大学院地球環境学堂勤務。環境行政、特に地球環境・国際協力に長く関わり、国連気候変動枠組み条約や京都議定書の交渉に参画。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。著書に「地球環境学への旅」、監訳にレスター・R・ブラウン「地球白書」など多数。

  • 取材・文高橋真樹

    (たかはしまさき)ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。映画「おだやかな革命」アドバイザー。『ぼくの村は壁に囲まれた−パレスチナに生きる子どもたち』『そこが知りたい電力自由化』ほか著書多数。

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