北朝鮮ウォッチャーがチェック!「愛の不時着」ここに違和感

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韓国のケーブルテレビチャンネルtvNが制作し、韓国のケーブルテレビドラマ史上歴代3位の視聴率を叩き出した韓流ドラマ「愛の不時着」。日本ではNetflixで2月から配信が開始され、以降日本国内での総合視聴数No.1にランクインされ続けている。

長年韓国をウォッチし続けているライターのまつもとたくおは、ドラマが評価を得た経緯をこう語る。

「韓国の令嬢が、パラグライダーの事故で北朝鮮に“不時着”してしまい、そこで助けてくれたイケメンの北朝鮮兵士との間に愛情が芽生える……というストーリーですが、恋愛ドラマの描写は韓流ドラマの中ではベタ中のベタです。ただ韓流ドラマファンではなく、新型コロナによる自粛期間中にNetflix契約者を中心に、これまで韓流ドラマをあまり見たことがない人には新鮮に映り、支持されたのでしょう。個人的にはかつての『冬ソナ』ブームと同じくらいの勢いを感じています」

いまさらかもしれないが、本ドラマの何が魅力的なのか。どこまで「リアル」なのか。韓国・北朝鮮の文化に造詣の深い専門家らが徹底分析…!

まさに飛ぶ戦闘機…いや、”人”も落とす勢いの「愛の不時着」であるが、ドラマの舞台となった北朝鮮の政府は以下の通り、公式に怒りの意思を表明している。

<分断という民族の悲劇を金儲けの手段とし快楽を感じている者たちはひとかけらの良心もなくだらしない守銭奴、不道徳者(中略)完全な歪曲とねつ造で我らの明るい現実を極悪に冒とくした映画とドラマを作成し流布させている南朝鮮当局と該当製作者は同族を悪辣に騙した対価を払うことになるだろう>

北朝鮮側の言い分はどれほど妥当なのか? 北側から見ると、一体どこが“歪曲と捏造“に該当するのか?

北朝鮮の文化を平和的に愛でるイベント「先軍祭」を筆者と共同開催する、デイリーNKジャパン編集長の高英起と、北朝鮮に留学経験もある、うねこ同志に訊いた。

*以下ではドラマのネタバレを含んでいます*

「総政治局長」はあんなに清廉潔白ではない!

高が真っ先に指摘した「違和感」が、ヒョン・ビン演じる主人公リ・ジョンヒョクの父親である「総政治局長」の描写である。

「ざっくりとした解説になりますが、総政治局とは朝鮮労働党の立場から軍を監視する役割です。“総政治局長”とはそこのトップ、要するに “体制側の冷徹な人間”です。北朝鮮国内では5本の指に入る位の権力者です。普通の国家では軍は国のものですが、朝鮮人民軍は朝鮮労働党の軍なんです。

だからこのドラマで描写されている“総政治局と軍の対立”ということはあり得ませんし、ドラマの後半に出てくる総政治局長と対立する“軍事部長”という役職は、私は聞いたことがありません。恐らくフィクションでしょう。

このドラマは脱北者を取材して構成されているため、家屋や食など文化的な部分はディテールまで再現していますが、普通の人に軍の内部事情などはわからないでしょうから、この辺りは創作が多いようですね」

浮浪児が出世なんか出来ない!

続けて高は、ジョンヒョクの敵役、チョ・チョルガン少佐の設定も疑問視している。

「ドラマの中では“浮浪児(コチェビ)から少佐まで成り上がった”とありますが、北朝鮮では身分が非常に重要視されますから、そんなことはまずあり得ません。コチェビは間違いなくいるのですが、ドラマのなかでのコチェビは綺麗すぎます。コチェビの生活はもっと過酷で、汚い身なりをしているはずですし、生きるために盗難などもっと悪いことをしています。

また、韓国でセリの兄に詐欺を働いたク・スンジュンが、チョ・チョルガンにお金を払って北朝鮮でかくまってもらう…というあの設定も、現実ではまずあり得ないでしょう。今の韓国ならもっと他に逃げられる国はあります。この二人の設定も、ドラマ用に作られたフィクションでしょう」

●スローガンのフォントが違う!

うねこ同志が指摘するのが、ジョンヒョクが駐在する村に掲げられている“人民の楽園”“偉大なる首領同志は我らと共に”というスローガンに関してだ。

「このドラマは小物や家屋が非常に正確に再現されていますが、残念ながら街や村に掲げられているスローガンのフォントが違います。ドラマの質を損ねる程ではありませんが、そういった細かい誤りは多数見受けられます。ただ、フォントにはすべて著作権が発生するんですね。間違えたというよりも、制作陣もわざと使用しなかったのかもしれませんね。

余談ですが、私が北朝鮮に行った際、乗っていたバスが停車したら物売りに囲まれたことがありましたし、停電も経験しました。ドラマ内で起こるイベントは、北ではよくある話が基になっていると思います」

(これより下は完全ネタバレなのでご注意ください)

最終回の展開に物申す…!

うねこ同志が“このドラマ最大の失敗”と憤りを露わにするのが、肝腎要の最終回だ。ラストでは軍歴を終えたジョンヒョクが国立音楽団に戻り、セリとはスイスで逢瀬を重ねることになる。

「ジョンヒョクがスイスに音楽留学したことになっていますが、彼は北朝鮮国内で“王子様”に近い地位にいます。だから海外に行けるわけであって、普通の人はあんなに簡単に国外に出られません。そして、北朝鮮や韓国に限った話ではなく、どんな国でも、音楽家として10年のブランクがあるのに国立交響楽団に戻る、なんてことはあり得ません」

事実関係とは別に、高が「愛の不時着」に対する評価で最も納得がいかないというのが、“親北”、つまり“北朝鮮に好意的すぎるのでは?”というものだ。これに高はハッキリとNOを突きつける。

「ドラマ制作陣が“北朝鮮の庶民目線”であの国を描いたことは素晴らしいことです。庶民の本音という視点から北朝鮮を描けば、当然“北朝鮮体制側”にとっては都合の悪いものになる。保衛部が拷問したり、中隊のメンバーが韓国の物質社会を喜んだり、あの辺の描写は北朝鮮政府からしたら許せないでしょう。

むろん、北朝鮮にそういった負の面があるのは事実ですから、ドラマでそう描くこと自体は、なんら責められることはありません。ただし、最初から『体制批判ありき』で描けば、事実と異なる部分も出てくるし、北朝鮮政府を刺激することにもなる。もう少し実態に近い描き方をしても良かったのではないかとも思うのです」

部分部分においては厳しい見方をする高とうねこだが、“総合的には「愛の不時着」は良作である”という点では同意する。高はドラマを次のように総括する。

「このドラマの魅力は、第五中隊のメンバーやアジュンマ(おばさん)達との掛け合いの面白さ、また優れたラブコメ描写にあると思います。ラブコメドラマとしては私もとても楽しみましたし、国外で制作されたドラマの中では、風習や方言など、北朝鮮国内のことが非常に良く描けている作品だと思います。北朝鮮目線で観れば粗い面もありますが、それを越えて登場人物に感情移入できる、つまりフィクションドラマとしては極めてよくできた作品だと思います」

これから観る人も、もう観た人も。是非彼らが指摘するような“北朝鮮目線”でこの作品をご覧になってはいかがだろうか?きっと一味違った楽しみ方が出来るはずだ。

  • 取材・文カルロス矢吹

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