逆境のゴールデン街で生まれた「コロナ時代の新酒場」 | FRIDAYデジタル

逆境のゴールデン街で生まれた「コロナ時代の新酒場」

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コロナ禍のゴールデン街で生まれた新しい試み〝配信酒場〟

  • 「和恵さんのその黒いシャツって、一部スケスケになってるんですね」
  • 「そう、メッシュ。可愛いでしょ?」
  • 「よく見たらセクシー」
  • 「ちょっと肌を見せる、みたいなね」
まるで映画のセットのような街並の新宿・ゴールデン街。自粛要請がなくなっても、灯の戻らない店もある
まるで映画のセットのような街並の新宿・ゴールデン街。自粛要請がなくなっても、灯の戻らない店もある

 新宿ゴールデン街のスナック『夜間飛行』。誰もいない店内で、ママと日替わりチーママの他愛もないおしゃべりが続く。けれどカウンターに置かれたノーパソの向こうには、実は何十人ものお客さんがいて、二人の会話を楽しんでいるのだ。

「ええと、どこまでいったかな。〇〇さん、こんばんは! △△も、こんばんは! じゃあ、今日も楽しく飲みましょうかね。カンパ〜イ」 

チャットに次々と現れるハンドルネームに挨拶をして始まる配信酒場、『夜間飛行オンライン』。歌手であり、この店のオーナーでもあるギャランティーク和恵さんに、そのユニークな取り組みと、コロナ禍のゴールデン街について聞いた。

スナックを経営する一方で、歌手としてライブ活動も行う。夜の街とライブハウス。コロナ禍でどちらも苦境に立たされる中、その両方があったからこその取り組みが生まれた
スナックを経営する一方で、歌手としてライブ活動も行う。夜の街とライブハウス。コロナ禍でどちらも苦境に立たされる中、その両方があったからこその取り組みが生まれた

お店の日常を覗き見しながらお客さん同士がチャットで会話

「基本的には日替わりのチーママと2マンで、ワタシたちが一方的におしゃべりしてるのを、お客さん同士、チャットで会話しながら見ています。いつもの『夜間飛行』の空間とワタシたちを映すことでこっそり〝覗き見〟する感じがあって、そこが面白いかなと思ってます」(ギャランティーク和恵さん 以下同)

スナックの配信は週に3日。木曜は簡単にできるお通しクッキング、土曜は朝までオールナイトとコンテンツは日替わりで、300円〜500円のチャージを払えば誰でも参加できる。Zoomを使って視聴者参加型のクイズをしたり、驚くことに〝流し〟だってやって来る。

「ある時間になるとチャット欄に〝要らんかえ〜? 要らんかえ〜?〟と、流しが来るんです。それで〝ああ来た来た〟とZoomでつなげて。ある程度のフォーマットがありつつ、そんなサブキャラも登場して、ラジオ番組に近い感じで配信しています」

自粛が解け、一人でも多くのお客さんを入れたい中で、書き入れ時の土曜日をオールナイトにした背景には特別な思いがあった。

「土曜日なのにお客さんを入れないって、ちょっと斬新じゃないですか。でも、それは私なりのチャレンジなんです。土曜に店を閉めるのはもったいないっていう価値観を変えて、土曜日こそお家ですごしましょう、というのをやってみてもいいかなと思って」

日替わりチーママのちゃん一さんと二人、カメラに向かって乾杯
日替わりチーママのちゃん一さんと二人、カメラに向かって乾杯
本日のコンテンツはお通しクッキング。「今日のおつまみ何だろな」。どんな逸品が完成するのかは和恵さんも知らない。台本も打ち合わせも一切ない、そんな自然体がウケている
本日のコンテンツはお通しクッキング。「今日のおつまみ何だろな」。どんな逸品が完成するのかは和恵さんも知らない。台本も打ち合わせも一切ない、そんな自然体がウケている

昭和歌謡に憧れて、歌手をしながら老舗スナックのオーナーへ

和恵さんが『夜間飛行』を始めたのは2007年。元は『桂(けい)』という、ゴールデン街でも老舗のスナックだった。先代の名物マスターが病に倒れ、店の存続が危うくなった時に、この街でスナックを営んでいた歌手仲間から「和恵ちゃん、やってみない?」と声をかけられた。このまま店の灯を消すのは忍びない。誰か適任者はいないかと小さな会議が行われ、名前が挙がったのが和恵さんだった。

歌手としては昭和歌謡を中心にソロ活動を行い、ミッツ・マングローブ、メイリー・ムーとともに、音楽ユニット〝星屑スキャット〟としても活躍している。昭和の名歌手、ちあきなおみのレコードジャケットにも使われたこの店に、和恵さんはよく似合った。

歌う時は女性の姿。今は亡き戸川昌子さんのシャンソニエ〝青い部屋〟の門を叩いたのが歌手人生の始まりだった。星屑スキャットは新宿2丁目を中心に活動しつつも、知名度は全国エリア
歌う時は女性の姿。今は亡き戸川昌子さんのシャンソニエ〝青い部屋〟の門を叩いたのが歌手人生の始まりだった。星屑スキャットは新宿2丁目を中心に活動しつつも、知名度は全国エリア

「スナック『桂』はいろんな意味で名店で、酔いどれの終着駅と呼ばれていました。常連客は荒くれ者の酒飲み。そんな猛者たちに育ててもらいながら、少しずつ自分のお客さんを増やしていったんです」

ちあきなおみの『もうひとりの私』はゴールデン街をテーマにしたLP。裏ジャケはこの店で撮影された
ちあきなおみの『もうひとりの私』はゴールデン街をテーマにしたLP。裏ジャケはこの店で撮影された

先代マスターとは一面識もない。でも引き継ぎの話が出たタイミングがあまりにも絶妙だった。「会ったことはないけれど、そういう縁ってあるものなんだなぁと思って、感謝しています」
先代マスターとは一面識もない。でも引き継ぎの話が出たタイミングがあまりにも絶妙だった。「会ったことはないけれど、そういう縁ってあるものなんだなぁと思って、感謝しています」

居酒屋ブームに黒船来襲! 時代ごとに表情を変えてきたゴールデン街

客層に偏りがなく、風通しもよく、誰にでもオープンで居心地のよい空間に。それが和恵さんのポリシーだ。

「ワタシというパーソナリティと相性がよくて、お客さん同士もまた相性がいい、そんな空気感を大切にしてきました」 

お店を始めた頃は昭和酒場ブーム。古いスナックやバーが面白いと感じる若い人が増え、ゴールデン街の印象も、立ち寄りにくい場所から安全な街へと変わっていった。

(左・右上)『夜間飛行』は急な階段を上った2階にある。この、「ちょっと入りにくい感じ」もたまらない魅力。(右下) 英語で書かれた注意書きが、つい何ヶ月か前までの外国人観光客バブルを物語る
(左・右上)『夜間飛行』は急な階段を上った2階にある。この、「ちょっと入りにくい感じ」もたまらない魅力。(右下) 英語で書かれた注意書きが、つい何ヶ月か前までの外国人観光客バブルを物語る

さらに2013年頃からは外国人観光客が一気に増え、街はまた様変わりする。

「あれはホントにびっくりしました。黒船来襲というか(笑)。突然わーっと来始めて、街は荒らされまくるし、それこそ植民地になったような(笑)。〝これは大変だ。オリンピックに向けての予行練習だ。いろいろ対策を練らねば!〟と、お店も組合も考えたと思うんですけど、それがコロナのアレでフッといなくなったじゃないですか。そのときにふと、みんな狂乱から目を覚ましたんですよね。あれはバブルだったの? って」 

常連客を丁寧に積み上げてきたところは打撃も少なかったが、チャージフリーにし、外国人目当てでやっていこうと覚悟した店は、一気に傾いたという。

歌手として体験した逆境から、ひらめきで生まれた配信酒場

コロナの影響が深刻になってきたのは3月半ば頃。歌手活動への打撃が先に来た。

「ライブハウスと夜の街。それこそワタシ、2足のわらじを履いてますから、その片方がまず最初にやられたわけです」

3月18日に予定していたライブは中止に。急きょDOMMUNEで無観客配信ライブを行ってなんとか乗り越えたが、月末には土日の自粛要請が出て、お店の営業も次第に難しくなっていく。 

「そんな時にふと、無観客配信ライブが頭に浮かんだんです。バーにはチャージというものがありますよね。要はここに座るために800円払うのと、ライブを試聴するためにお金を払う感覚は似ているんじゃないかなと、瞬間的に思いました」 

お客さんはチャージ料金としてQRチケットを買い、有料の配信ライブを見る感覚でスナック『夜間飛行』を覗きに来るのだ。

「ワタシが歌手として人前に出る仕事をしていたのもよかったのかなと。多少お金を払ってこの人の何かを観にいくということに、お客さんも違和感がなかったのかもしれません」

パソコンとタブレットを立ち上げて配信の準備中。リングライトも購入したが、離れたところに座ってばかりなので、あまり意味はなかったとか(笑)
パソコンとタブレットを立ち上げて配信の準備中。リングライトも購入したが、離れたところに座ってばかりなので、あまり意味はなかったとか(笑)

バーという箱を使ってネットで作る〝集いの場〟

『夜間飛行オンライン』の参加者の中にはお店を訪れたことがない人も多く、配信がきっかけとなって飲みに来てくれる人もいるという。

「初めてのお店って入りにくかったりしますよね。でもオンラインでコミュニケーションをとった上でお店に来てくださると、ワタシたちも〝ああ、ハンドルネームの〇〇さん?〟ってなるし、お互いに〝初めまして〟の垣根が低くなります。そういう意味でもオンラインには可能性を感じてるんです」

和恵さんの配信はゴールデン街でも話題になり、やり方を教えてほしいという人も現れた。

「バーって、お客さんに座ってもらってお酒を提供するだけの使い方じゃなくてもいいと思うんです。ここをスタジオみたいにして音楽をやってもいいし、トークイベントでも、DJをしてもいいわけですよね。スナックをやってる人って、わりかしタレント性は高いと思うんですよ。全国には、けっこう強烈なママがたくさんいますから」

オンとオフ、増えた選択肢を楽しんでもらえたら

大きくて9人、小さい箱だと6人で満員というお店が建ち並ぶゴールデン街。今はどの店もドアを全開にして、カウンターをビニールで区切ったり、床に扇風機を置いて換気対策をしたりと、感染予防に余念がない。だが、連日のように夜の街、新宿と槍玉に挙げられ、客足は遠のいた。 

「自粛解除になるまでは、本当にびっくりするぐらい真っ暗だったから。ワタシは配信のために来てましたけど、ガラガラだったのを見てたから…。一部の店のせいで、というのもあるんですけど、こんなに頑張って自粛してたのに、全部を新宿で括られちゃったら、ちょっと怒らざるを得ないというか。なぜ新宿ばかりが言われるのかなぁって」

カウンターに並んだキープボトル。ふらりと立ち寄り、楽しく酔って人々と会話をする。それがどれほど幸せなことなのか、コロナが気づかせてくれた
カウンターに並んだキープボトル。ふらりと立ち寄り、楽しく酔って人々と会話をする。それがどれほど幸せなことなのか、コロナが気づかせてくれた

そんな思いを胸に抱いて、和恵さんは今夜もオンライン酒場を立ち上げる。

「一度身につけた『潔癖』みたいなものは、コロナがなくなっても拭えない人はいるだろうなと思うんです。お家で何かコンテンツを見ることの方が面白い、自分には合っていると気づいた人たちもいるかもしれないしね。 

そういう中で、オンラインもひとつの方法として考えていかなくちゃいけないし、こうしてメディアで取り上げていただける分、ちゃんと実証しなきゃ! みたいな気持ちもあります。成功させて、ひとつのサンプルになれたらいいなと思いながらやっています」

コロナが収束しても続けていくつもりだという『夜間飛行オンライン』。和恵さんが作り出す居心地のいい場所は、ネットを通して全国に広がり続ける。

 

ギャランティーク和恵 歌手兼スナック『夜間飛行』オーナー。2002年にソロで歌手デビュー。以降、’60〜’80年代の昭和歌謡を中心としたライブステージを行う。オリジナル曲は「夢見る五月人形」、「人肌中毒」(ともに日本コロムビア)など多数。7月20日には、’90年代ムード歌謡路線のニューシングル「涙、雨、アデュー」<作詞・曲/都々美洲平(ミッツ・マングローブ)>を自身のレーベルMORE MORE LOVEより限定発売、7月29日からは日本コロムビアより配信もスタート。〝星屑スキャット〟のメンバーとしては昨年11月、9枚目のシングルとなる「新宿EP」(日本コロムビア)を発売した。配信酒場の他、毎週火曜日に歌手として『大失恋レストラン』の配信も行っている。

■ギャランティーク和恵さんのHPはコチラ

  • 取材・文井出千昌撮影安部まゆみ

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