山田孝之まさかの「普通の会社員」役 究極の“素朴”演技が泣ける | FRIDAYデジタル

山田孝之まさかの「普通の会社員」役 究極の“素朴”演技が泣ける

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<シングルファーザーの10年間を描いた家族劇『ステップ』。保育園のお迎えに走り、洗濯機を回す山田孝之の姿にこんなにもグッとくるワケを〔人気映画ライターSYO〕が徹底レビュー>

あの山田孝之が、“普通の会社員”を演じる。

『全裸監督』(2019)や『山田孝之の東京都北区赤羽』(2015)など奇抜な作品に次々と出演し、プロデューサー業や会社の経営に乗り出すなど、既存の俳優の枠組みをことごとく破壊してきた開拓者にとっては、これは「事件」と呼べるのではないか。

しかも、原作はベストセラー作家の重松清『とんび』『ビタミンF』流星ワゴン』など、心に染み入る作品で知られる人物だ。今回映画化された『ステップ』は、シングルファーザーと娘の10年間にわたる成長を描いた親子ドラマだという。だが山田孝之だし、何か仕掛けがあるんじゃないのか……と勘ぐってしまった方もいるかもしれないが、本作は純然たる温かな家族劇。

予告編が公開されるや、SNSでは「もう泣いた」「絶対にハンカチが要りそう」などといったコメントが続出した。その前評判に違わず、非常に良質で、“共感性”の高い「泣ける映画」に仕上がっている。

映画『ステップ』より (C)2020映画『ステップ』製作委員会
映画『ステップ』より (C)2020映画『ステップ』製作委員会

〈ストーリー〉結婚3年目、30歳で妻を亡くしたサラリーマンの健一(山田)。彼の元には2歳半の娘が残され、シングルファーザーとしての生活が幕を開ける。娘の子育てを行うため、健一は時短勤務が可能な部署に移るが、初めてのことばかりでうまくいかず、神経をすり減らす日々……。そんな彼を、義理の両親や同僚、保育園の先生、そして心優しい娘が親身にサポートしていく。

ごくごく当たり前、だからこそ観ていて「わかる」ことの連続

(C)2020映画『ステップ』製作委員会
(C)2020映画『ステップ』製作委員会

保育園の入学から小学校の卒業までの10年間を、父娘の緩やかな成長と歩幅を合わせるようにしっとり・じっくりと描いていく本作。

この映画が心を打つのは、やはりリアリティ、つまり共感を呼び起こす“生活感”にあるだろう。エモーショナルにするために過剰に演出することなく、私たちの身にも起こりうる範囲の「いい話」としてとどめている。だからこそ、自分の事として受け止められる。

健一の前に立ちふさがるのは、事件でも事故でもない。ごくごく当たり前な、日常の雑務だ。つまり、家事。そして育児。私たちが日々行っていることと、何ら変わりない。そのため、観る者には彼の大変さが身にしみてわかる。

いまでこそリモートワークが導入され、子どもと一緒に過ごせる時間が増えた(もちろん、保育園などが閉鎖してしまったぶん違った意味での大変さは生まれてしまっていると聞くが)が、たった1人で仕事と子育てを両立させるのは至難の業だ。

(C)2020映画『ステップ』製作委員会
(C)2020映画『ステップ』製作委員会

保育園のお迎えの時間になり、同僚に頭を下げて仕事を代わってもらい、「もうダメかもしれない……」とべそをかきながら走って保育園に向かう健一。以前はトップセールスマンで、元上司からは「営業に戻らないか。頭の片隅に置いていてくれればいい」と気遣われるも、自宅で洗濯物を干しながら「片隅なんてないよ……」とつぶやく。

この辺りの偽らざる“本音”は子育て経験者はもちろん、そうでない者にも鋭く刺さるものだろう。つまり、『ステップ』は「わかる」シーンの連続なのだ。

しかも健一はまだ、妻の死を悼む間も与えられていない。娘だってそうだ。心のケアが必要な時期に、動かねばならない現実。誰も悪くない。ただ、生きていかねばならない。そのためには働かねばならない。健一はこの理(ことわり)の中で、溺れないようにもがき続ける。

洗濯が終わるのを待っている間に寝落ちしてしまい、妻の遺影に娘の日常を報告し、折れそうな心とあふれ出しそうな感情をギリギリのところでとどめようと必死に我慢する姿は、観ているだけで心が痛む。同時に、山田のナチュラルな演技に驚かされもするだろう。

これまでにも卓越した演技力を作品ごとに発揮していたが、本作で披露しているのは究極の“素朴”で“静”の演技。私たちの近所で暮らしていてもまったく違和感がない、等身大の庶民になりきっている。

(C)2020映画『ステップ』製作委員会
(C)2020映画『ステップ』製作委員会

ただ『ステップ』は決して、健一を執拗に“かわいそうな人・不幸な人”として描かない。社会的な問題提起も投げかけることはない。周囲は彼を可能な限り助け、支えようとする。義理の父母は「血はつながっていなくても大切な息子だ」と健一を包み込み、新たなパートナー探しまで手伝おうとする。何と美しい愛情だろうか。2人が自らの哀しみを受け入れて、健一の幸せを願うシーンには、思わず涙が出てきてしまう。

そう、本作で注力して描かれるのは、親子のドラマだけでなく、のっぴきならない社会構造の中でも、人が人を想い、痛みを分かち合おうとする“共生”の美しさだ。独りじゃないということ。つまり、この映画を観たときに私たちが流す涙は、「悲しい」ではなく「優しい」や「温かい」感情に起因している。その部分が、本編を既に観た人々の絶賛につながっているのだろう。

(C)2020映画『ステップ』製作委員会
(C)2020映画『ステップ』製作委員会

監督は、『荒川アンダー ザ ブリッジ』(2012)、『REPLAY&DESTROY』(2011)など山田とのタッグも多い飯塚健。なるほど、ここの絆があってこそのキャスティングかと合点がいくのだが、監督にとっても山田にとっても、本作が大きなターニングポイントになることは間違いないだろう。

飯塚監督は、一言で言えば「生きのいい」映像を撮る人だ。テンポの良い編集に小気味よいギャグ、爽快感あるエンタメを作る映画監督だが、このようにぐっと抑えた演出で、日常のドラマを丹念に掬いとるとは。原作者である重松の作家性を丁寧に落とし込み、余韻の残る趣深い映画に仕立てている。

『ステップ』の中には、奇抜なものはないかもしれない。しかし、ありふれた日常も感情も、しっかりと拾い上げて描ききれば、それだけで観る側は心を動かされてしまう。特に父親の方々は、娘が徐々に成長していく姿、健一のひとつひとつのセリフなど、自分自身と重ね合わせてしまう部分が多すぎて、かなり涙腺が刺激されるのではないか。

しかしもし劇場で涙してしまったとして、その涙は非常に純粋で温かく、美しいものだ。きっと、心をふっと軽くしてくれる浄化作用があることだろう。

 

『ステップ』★7月17日(金)より全国ロードショー
原作/重松清「ステップ」(中公文庫)
監督・脚本・編集:飯塚健
キャスト:山田孝之、田中里念、白鳥玉季、中野翠咲、伊藤沙莉、川栄李奈、広末涼子、余貴美子、國村隼ほか
配給/エイベックス・ピクチャーズ
主題歌/秦 基博「在る」(AUGUSTA RECORDS/UNIVERSAL MUSIC LLC)
(C)2020映画『ステップ』製作委員会

《映画『ステップ』ギャラリー》

(C)2020映画『ステップ』製作委員会
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  • SYO

    映画ライター。1987年福井県生。東京学芸大学にて映像・演劇表現について学ぶ。大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション勤務を経て映画ライターへ。現在まで、インタビュー、レビュー記事、ニュース記事、コラム、イベントレポート、推薦コメント等幅広く手がける。

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