「芸人僧侶」ポール牧さんを追い詰めた“女性スキャンダル”

芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”⑪

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’00年に女性へのセクハラ疑惑について、直撃した際のポール牧さん

芸能リポーター石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”⑪

大阪の早朝番組の帰りだったから午前8時過ぎだったと思う。

「ポール牧さんってご存じですよね。自殺したようです」

と、警視庁の幹部から連絡が入った。東京・西新宿の自宅マンションから飛び降り自殺したという。

‘05年4月22日の未明のことだった。連絡をいただいたのは、知人のお嬢さんの結婚披露宴でお会いした警視庁の警視さん。その披露宴での出会いから、意気投合し飲み友達になっていたのだ。

新しい情報をもらうことはあまりなかったが、彼の過去の話はいつも面白く、警察官の仕事の大変さも聞かされていた。記者としてのこちらの質問には答えてもらえることは少なかったが、時には世間をびっくりさせるような情報も頂いたこともある。

電話があったとき、オレは新幹線の車中。ポールさんの現場には行けなかったので、代わりのリポーターに行ってもらうことになった。

俺の情報が早かったために到着が早く、まだ他社はいなかったそうで、

「現場は血の海で、生々しい雰囲気が漂っていた」

と、駆け付けたリポーターが言っていたのを記憶している。9階にあったポールさんの部屋の窓は開いたままで、手すりに乗り越えた跡があった。

メールが全部消された携帯電話が残されていたようだが、遺書は見つからなかった。

ポールさんと言えば“指パッチン”で一世を風靡したコメディアン。東八郎さん、関武志さん、三波伸介さんらと浅草の軽演劇会を引っ張ってきた芸人だ。

キザな風貌やホラ話の話芸で人気を博した。三波さんも東さんも関さんも亡くなってしまい、ひとり気を吐くコメディアンだった。

北海道の寺の息子として生まれ、10歳で出家得度。12歳から父に代わって住職の代理をしていたという過去も。

17歳でコメディアンになる夢を捨てきれずに上京。漫談家・牧野周一さん、榎本健一さん、はかま滿緒さんらに弟子入りし、関武志さんと出会って「コント・ラッキー7」を組んで芸人になった。

人気絶頂の頃は、当時の大劇場・日劇(観客動員約千人)や国際劇場(約4千人)で私財をなげうって大々的な興行も行った。しかし、それが失敗し、莫大な借金を抱えることにもなってしまう。

そのことが原因で、失踪、自殺未遂騒動も起こした。実兄の死後には再度、得度し、頭を丸めて茨城県の寺で再修業。

長いこと低迷を続けていたが、例の”指パッチン“で夢の再ブレーク。‘00年には「芸人僧侶」として全国各地で年間250回以上の講演を続けるまでになった。

そんな中「好事魔多し」。今度は女性スキャンダルだ。

知人のホステスをホテルの一室に連れ込み、「手かざし」のヒーリングを行うといセクハラ行為。すっかり仕事を追われることになった。

芸人らしく「私の股間、いや、コケンに関わること」と会見を開いたが、仕事は激減。ポールさんのことを思い出すと、ふとアンジャッシュの渡部健さんの「女性トイレスキャンダル」を考えてしまった。芸能界は本当に「好事魔多し」の世界だ――。

  • 石川 敏男(芸能レポーター)

    ‘46年生まれ、東京都出身。松竹宣伝部→女性誌記者→芸能レポーターという異色の経歴の持ち主。『ザ・ワイド』『情報ライブ ミヤネ屋』(ともに日本テレビ系)などで活躍後、現在は『めんたいワイド』(福岡放送)、『す・またん』(読売テレビ)、ラジオは福井放送、ラジオ関西、レインボータウンFMにレギュラー出演中

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