「母の勧めた健康法を実践」三浦春馬さん 垣間見えた“親子の絆”

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大好きな母親を遺して自ら旅立った三浦春馬さん(’19年)

7月18日に都内自宅マンションで亡くなった三浦春馬さん。30歳という若さだったが、はじめて芝居に触れたのは4歳のときだったという。

「母親のすすめで、地元の児童劇団のようなところに入ったそうです。役者に向いていたようで、7歳でNHKの連続テレビ小説『あぐり』に出演することができました。高校からは上京し、芸能人が多く在籍する堀越学園高校に3年間通いました」(芸能リポーター)

16歳で映画『キャッチ ア ウェーブ』に初主演。さらに翌年には映画『恋空』で主演し第31回日本アカデミー賞で新人俳優賞を受賞するなど、絵にかいたようなサクセスストーリーを描いた。

19歳になると、『サムライ・ハイスクール』と翌年の『ブラッディ・マンデイ シーズン2』で2クール連続主演を務め多忙を極めた。このころ三浦さんに異変が生じたという。

20歳になったとき明石家さんまのトーク番組『さんまのまんま』(フジテレビ系)にゲスト出演した際、さんまから

「辞めたいなって思うやろ? 中学高校のときとか」と聞かれると、

「あのー……去年(19歳のとき)思いました。ちょっと精神的にも肉体的にも……」

と明かしていた。さんまが

「親に言うた?辞めるよって」

と聞くと、三浦さんは親に伝えたことを認めながらも、言葉に詰まった。

「この家はどうすんだ! って言われた?」

と、さんまが冗談まじりで聞くと

「でもそういうニュアンスでしたね」

と三浦さんは母親と何かしらの“ひと悶着”があったことを匂わせた。

20日付のスポーツニッポンによれば、三浦さんの家族の知人によると「お母さんはお金に無頓着で春馬さんを頼りにしているところはあった」というコメントを報じている。芸能活動から簡単に離れられなかったのは、その辺りにも一因だがあるのだろう。

「母親は再婚しましたが、数年前に離婚して、すでに茨城の実家からは引っ越したようです。三浦さんが母親に都内の高級マンションを買ってあげたと聞いています」(同・芸能リポーター)

その母親は三浦さんのマンションにも、たびたび訪れていたようだ。芸能人の自宅を紹介する番組に彼が出演したことがあるが、自宅には母親が持ってきたというバケツがあった。

「それは3000円ほどで販売されていて、“生ごみを入れても匂わない”“おたまじゃくしを入れておくと1年後にカエルになる”という独特な宣伝文句のバケツなんです。三浦さんの母親いわく、それに水道水を入れておくと悪いものを除去してくれるとか。それを飲んで三浦さんも“やわらかいでしょ? オススメです”と紹介していました。お母様がオススメするものを実践していたことからも、母子の仲の良さが垣間見えましたね」(テレビ局関係者)

母親が勧めてくれた俳優という道で成功し、そして金銭面でも支えて親孝行をしていたという三浦さん。彼が母を残してこの世を去ってしまった理由は一体なんだったのだろうか――。

  • PHOTO香川 貴宏

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