『私の家政婦ナギサさん』多部未華子に宿る安定感の正体
普通じゃない「普通力」の正体とは?
今から13年ほど前に初めて『山田太郎ものがたり』(TBS系・2007年)で、多部未華子という女優さんを認識した。セレブ高校に通う、一般家庭の女子高生という役。むちゃくちゃ顔は小さいけれど、さっぱりした顔立ちだったので、
「これからはこういうビジュアルの女優さんが主流になるのかな」
そう見ていた。でもそこからあれよあれよという間に、主演クラスのトップ女優へ、そして美しさのレベルを上げていく様子は、世間も承知の通りだ。そんな彼女が、7月からやっと! 放送スタートになったドラマ『私の家政夫ナギサさん(以下、わたナギ略)』(毎週火曜22時〜・TBS系)に主演している。そこでは薬品会社のMR※として働く、普通の会社員の多部未華子がいる。この彼女から放出される“普通”っぽさについて考えてみた。
※MR……医薬情報担当者のこと。医薬品の使用のために医療従事者を訪問する
「分かるよ!」片付けられない女たちからの共鳴が聞こえる
“相原メイ(多部未華子)は薬品会社に勤務する優秀なMR。ただキャリアウーマンの私生活は彼氏なし、家事全般が不得意で部屋は散らかり放題という公表できない事情がある。そんな素性を知った妹が、誕生日にスーパー家政夫の鴫野ナギサ(大森南朋)の家事代行をプレゼント。初めは抵抗があったメイも、次第にナギサの確実な家事力と穏やかな人柄に癒されていく”
これが『わたナギ』のあらすじだ。他にライバル薬品会社のイケメンMRで、メイに好意を寄せる田所優太(瀬戸康史)が同じマンションに住んでいる……といったトラブルも物語には登場。それよりもドラマを見て「こりゃ分かるな〜」と共感の嵐が巻き起こったのは、メイが部屋の片付けが苦手で部屋がとっ散らかっているということである。
実は私も片付け、整理整頓、掃除は苦手である。唯一、料理が好きだということは逃げ道になるけれど、カーペットの上にはいつも何かが転がっている生活。なぜできないと聞かれても、生まれた頃から苦手だったのでその理由はこっちが知りたいくらいだ。それでも納税率100%で仕事をしているので、社会的な迷惑をかけていないと主張したい。
さらにメイには母親からのプレッシャーという、自尊心を欠落させる逆風が吹く。娘と同じく家事が苦手だった母親の美登里(草刈民代)は、仕事を捨てて専業主婦になった後悔をメイに託す。仕事も家事もこなせる主婦になってほしいと、強く要望をしてくるのだ。
だから、家事代行サービスを頼んでいることにも、どこか後ろめたさがあるメイ。今や働く女性にとって、このサービスを依頼することはちょっとしたご褒美であり、人によっては日常だ。
こんな思いは年齢にかかわらず、女性であればどこかで抱えたことがあるはず。仕事、結婚、日々の生活。全てを完璧なスケジューリングで回せる女性なんて存在するのだろうか? そういうムズムズとしたメイの機微を表現するのが、多部未華子は、めちゃくちゃ上手なのだ。
多部ちゃんはとても堅実な人だと信じている
これまで数々の作品に出演してきた彼女だけど、何もずっと普通の会社員を演じてきたわけではない。『デカワンコ』(日本テレビ系・2011年)に見られるような、ツインテールにゴスロリファッションというインパクトも残している。例えば昨今は、エキセントリックな怪演で印象を残す俳優も増えているけれど、常軌を逸した行為は何か引っ掛かりを残すために、敢えて仕組んでいること。話題に上って当然だと思う。
それがここ数年、彼女が演じて印象に残るのは『僕のいた時間』(フジテレビ系・2014年)、『先に生まれただけの僕』(日本テレビ系・2017年)のヒロインとして、会社員の役。それから彼女の“普通っぽさ”が遺憾無く発揮された作品『これは経費で落ちません!』(NHK総合・2019年)での、経理職員役。どれも年齢と同じくらいの等身大の女性を演じて、女性視聴者から共感を得ている。
ご本人のけして多くは語ることのない、実直そうな姿勢が演技に反映されているのだと思う。番宣で出演している番組をたまに見ていても感じるのは、まさに『これは経費で落ちません!』で演じた森若沙名子。仕事はきちんとするけれど、私生活の顔はごく一部の人間にしか見せないタイプだ。
何の番組か忘れたけれど、共演回数が多く、しかも同じ誕生日だという嵐の櫻井翔にバラエティ番組で「そろそろ……」と連絡先を聞かれても断っていた。あのスーパーアイドルにさえ迎合しない姿勢は、やはり森若沙名子を彷彿させる実直さだ。
トータルすると堅実な人だと思う。もし私が男なら、髪の毛もスカートもヒラヒラさせていつも何かをアピールしているような女よりも、多部ちゃんを選びたい。そんな魅力が『わたナギ』のメイには発揮されている。
文:小林久乃
エッセイスト、ライター、編集者、クリエイティブディレクター、撮影コーディネーターなど。エンタメやカルチャー分野に強く、ウエブや雑誌媒体にて連載記事を多数持つ。企画、編集、執筆を手がけた単行本は100冊を超え、中には15万部を超えるベストセラーも。静岡県浜松市出身、正々堂々の独身。女性の意識改革をライトに提案したエッセイ『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ刊)が好評発売中。
写真:つのだよしお/アフロ