79歳、萩本欽一がコロナ禍のいま「新しい笑い」を模索する理由

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新型コロナウイルスに影響で「新しい笑い」について真剣に考えたという萩本欽一さん。リモートで取材に応じてくれた

「自粛期間? 最初はそんなに大袈裟に考えられなくて、こんなものは冗談で乗り越えようくらいの感じでしたね。だから、外に出ないでできる何か面白いことないかなと考えてました」

Zoomの画面の中でそう語るのは、コメディアンの萩本欽一さん(79)である。
60年代後半、坂上二郎との漫才コンビ「コント55号」で一世風靡しテレビを席巻、その後もラジオ番組、テレビ公開番組『欽ちゃんのドンとやってみよう!』などで人気を集め、80年代には冠3番組(欽ドン、欽どこ、週刊欽曜日)の合計した数字から「100%男」の異名を取ったほどの人気者だ。

そんな欽ちゃんは、コロナ禍の現在どうしているのだろうか。さっそくリモート取材でインタビューを試みると……。

「事務所の社員もね、5メートル以内に近寄って喋るってことはなくなりましたね。部屋に入ってくるにしても、ドアを開ける前にマスクして入るようになった。そのくらい、みんなで慎重にやらないといけない、大きな社会の大問題なんですね。それがずっと続いて、お仕事もほとんどしてません。ホームステイしてました(注釈:おそらくステイホーム)」

しかし、そこはコメディアンの第一人者、こんな遊びも思いつく。

「最初にはじめてみたのが『筆談』。喋るのもあんまりよくないだろうってんで、ご飯食べる時、スタッフに話しかけないで、全部紙に書いたんですよ。それもどうでもいいような紙に『お昼ご飯はラーメンでお願いします』と書いた。ついでに『ラーメンはここに置く』とか『お箸はここに置く』なんて書いてね。そしたら、結構笑いが起きてね。普通に喋ることを紙に書くと結構笑えるんですよ。

それで食べ終わった後も『美味しかった』とか書いちゃう。ついでに女性スタッフに『今日はキレイだね』とか(笑)。普段はあんまりそんなこと言わないけど、紙にだと書けちゃうのね。これがウケてね。『工夫した料理ですね』なんて書くとプッと吹いちゃったりしてね」

ところが、この遊びも長くは続かなかったらしい。

「3日くらいまでは結構笑ってたの。でも、4日目からみんな笑わなくなってさ。挙げ句の果てに『もう、やめてください』って口頭で言われちゃって(笑)。ジョークで乗り切ろうとしたんだけど、そんなことでは乗り切れない事態だってわかった」

何かやり残したものはないか

家に長くいるとやはり「この何もしない時間をどう過ごそうか」と言うことが問題だったようだ。

「それでね、もしかして長期になるといろんな気持ちがイライラしてくるかなと思ってね。じゃあ、ちょっと考え方を変えようと。人生を振り返って、何か忘れ物ないかなとよく考えてみたんです。そしたら、若い頃に夢中になった競馬を思い出した。大好きだったけど、笑いの仕事に集中するためにやめた競馬。時間さえあれば競馬場に飛んでったりする無謀な不良青年だった頃を思い出したんだ。

こんなに時間があるなら土日くらいはいいだろうってさ。あと勝負勘が鈍るのもヤダなと思った。勝負することをやめちゃいけないなと。それで競馬を始めたんです。

数十年買ってなかった馬券を買ってね。それも、昔みたいな無謀な大金を注ぎ込むんじゃなくてね。ちょっとお遊び程度にね。そうすると、昔テレビで戦っていた時の『血』がね、ドクドクしてきてね。うちにいるってことがそんなに嫌ではなかったね。テレビ見て、電話投票で申し込んでさ」

まずは幅広くワイドなどを買い、3連複で30万円を当てたと言う。

「やったー! って。周りで誰も喜んでくれないけど、自分で『よしよし』なんて言ってね(笑)。何とかこの期間を埋めてくれてありがとうという感じだったね」

コロナに負けるな、応援金!

萩本さんは、こんなことも言い出した。

「テレビに出てる専門家会議ってあるけど、専門家はいないんじゃないの? あれは病原菌とか医療の専門家であって、一応、専門家の話は黙って聞くんだけど、コロナ対策の専門家というのは一人もいないってわかった」

なるほど、確かにワクチンも現在研究中というほどの未知の病である。テレビでコメントをする人の中に感染症対策のプロはいても、新型コロナウイルス対策の専門家はいない。

「コロナ対策の専門家はいないかな、って探してたの。そしたら、テレビ観てたら、いました。僕の中でコロナ対策専門家が。(都から)『店閉めろ』って言われたピザ屋さん。冷蔵庫の中の材料が残っちゃったんで、みんなで食べて欲しいってタダで配ったピザ屋さんがいるの。その店主のお父さんが、インタビューで答えていてね。

『一人、年配の人が来て1万円置いていきました。元気になったらまた食べに来るからね、と言ってね』

ボクは、このエピソードがとてもいいなあと思った。食料を無駄にしたくないと思ったピザ屋の店主も、余裕があってお金をそんな風に遣ったお客さんも。僕にしてみれば、コロナ対策の専門家はこの二人だなと思っちゃった」

新型コロナの影響で窮地に立っている飲食店の人たちが、「お客さんのために何かできないか」と考えたり、そのお客さんが「お店のために何かできないか」と考えたり……。コロナに負けない経営継続のための思いやりが、萩本さんに取っては“コロナ対策”だと感じられたのだ。10万円の給付金の使い方も欽ちゃんらしいアイディアを提案してくれた。

「あの10万円は、持ってる人にも持ってない人にもみんなに配ったでしょ。少し余裕のある人は、10万円もらったら、何か買い物した時に、『頑張れ。コロナに負けるな、応援金!』と言ってお釣りを置いてくるべきだね。さっそく、私も10万円もらったんで、近所の商店に行ってジャムパン買って来ました。で、お釣りは『コロナ対策応援金!』と言って置いてきました。そしたら、お子さんが笑ってくれました。だから、僕もちょっとコロナ対策委員になったつもり。

世の中を上から指図するんじゃなくて、一人一人がコロナ対策の専門委員になるっていうね。みんながこういう専門委員になれば経済も変わってくるよ」

賛否のある一律10万円の給付金だったが、上手な使い方をすればちゃんと誰かの役に立ち、思いやりも伝えられると言うのだ。

「余裕のある人は、全部応援に使えばいい。そうすれば日本人が帰ってきたという気がするね。昭和の、みんな貧乏だった頃の日本人。『えい! 遣えこの野郎!』って金持ちでもないのに気前のいいおじさんがいっぱいいた。10万円を貯金するっていう人がいたけど、買い物して欲しいよね。タクシー乗っても、『お釣りはコロナ対策応援金!』って言ってお釣りは貰わない。そうしたら、みんな幸せになると思うよ。

そういうことのために、お金があるところにも送ったんだと思えばいい。遣い方をうまくすることによって、あのお金は『いい作戦だった』ということになるんです。みんなぜひ、街に出て『コロナに負けるな、応援金!』って言葉を使って欲しいね」

新しい「笑い」を作りたい

萩本さんは、’17年からNHK BSプレミアムで『欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)』という不定期の番組を始めた。この番組は、テレビでお馴染みの芸人や俳優たちに、萩本さんが修行時代に浅草で培った「軽演劇」のノウハウとアドリブによる笑いの極意を伝授するという実験的な番組。出演者が、萩本さんの容赦ない無茶振りにどう応えるかが見どころである。

しかし、この番組はコロナ禍の現在、なかなか再開できないらしい。

「あの番組は、お客さんが入らないと意味がないの。無観客だと伝えられないんですよ。お客さんが隣にいて一緒に笑うというものなの。客席を離して座ったら、違うものになっちゃう。一人で笑っても、そんなに面白くない。できれば茶の間でも一人じゃなくて誰かと一緒に笑えば倍笑える。3人だったら3倍笑える。そういう笑いという意味では、どうにもならない。やってもちょっと無理。コロナがちゃんと収束してから、やっとまた再開ですね。その間に、別の笑いを見つけておこうということで、今、実験を始めているんですよ」

なんとその実験の舞台は、インターネットだった。Zoomで「欽ちゃん公開オーディション・オンライン・ライブ」を始めたのだ。

Zoomでのオーディションの様子。上段右から2番目に映っている欽ちゃんが参加者を指名し、パフォーマンスを評価する

「新しいお笑いを開拓したいと思ってる。私の好きな浅草系演劇みたいな5人組を作りたいと思っているの。腹を抱えて笑えるようなね。実は、去年からオーディションやってて合格したのが、10人くらいいる。合格って言っても仮免ですけどね。それで笑いを探しながら、やっていこうと。テレビでのお笑いは、『振り』があって『落ち』がある。『振って落とす』、でまた『振って落とす』という繰り返しでしょ。ところが浅草では、『振った』ら、『落とし』、『落とし』、『落とし』って連続で7段回も落としちゃう。だから、やたらおかしかった。7段回の落としができる5人組を作ったら面白いだろうなって」

萩本さんは、生活様式が変わるコロナ禍の笑いについて、今までのままではないだろうと分析している。

「今のテレビの笑いは、『言葉の笑い』ですよね。でも、前に話した『筆談』が何だか可笑しかったように、新しい『動きの笑い』はきっとあると思う。コロナの時代の新しい笑いは喋ることではなくて、『動きの笑い』だと思うんだよね」

「新しい笑い」と言う意味でも、志村けんさんの損失が大きいと言う。

「けんちゃんとは、テレビで一度だけ共演しただけだったけど、彼は日本の笑いにとって、とても大切な人だと思ってた。けんちゃんの芸が子供から大人までみんなに喜ばれたのは、誰にでもわかる『動きの笑い』を極めていたからだったんだよね。僕らもけんちゃんやドリフも『動きの笑い』で出てきた。それがだんだん『言葉の笑い』になっていった。その中で『動きの笑い』にこだわってやってきたけんちゃんがいないのは本当に残念ですね」

現在79歳、萩本さんはいったい「どこまでやるの?」か。

「あと2年ぐらいだよって言ってるの。やっぱり釣りじゃないけど、『フナに始まりフナに終わる』というように、『55号で始まり55号で終わる』のが理想かな。(坂上)二郎さんのように作りに作って、とことん鼻血が出るほどおかしいというお笑い。そこに辿り着けたらいいな。そいつをテレビで観ながら幸せを感じていたいですね」

  • 取材・文小泉カツミ

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