凶悪「八王子スーパー射殺事件」が25年たっても未解決の理由

”有力な証拠”が浮かんでは消えるーー。平成三大未解決事件の深い謎に迫る

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事件現場から運び出される遺体。女性ばかりが射殺されたこの事件に日本は震撼した 写真:時事

「この事件は日本の治安悪化のターニングポイントになった」

そう当時の警察庁長官に語らせた殺人事件がある。

1995年7月30日に起きた『八王子スーパー射殺事件(ナンペイ事件)』。

無抵抗の女子高生らが拳銃で射殺されたこの残忍な事件は、発生から25年を迎えたが、いまだ解決に至っていない。

『上智大女子学生殺害事件』(1996年)、『世田谷一家殺害事件』(2000年)と並んで、警視庁管内の〈平成の3大未解決事件〉のひとつに数えられている『ナンペイ事件』は、法改正によって殺人罪などの重要犯罪の時効が廃止されたことで、現在も捜査が続けられている。

犯行動機は被害者への怨み?

1995年7月30日の夜のことだった。東京都八王子市のIR北八王子駅から約1キロのところにあったスーパー『ナンペイ大和田店』の閉店後、同店2階の事務所に拳銃を持った何者かが押し入り、帰り支度をしていた3人の女性が射殺された。

殺害されたのはスーパーに勤務するパート従業員だった稲垣則子さん(当時47)、アルバイト従業員で高校2年生の矢吹恵さん(同17)と同じく高校2年の前田寛美さん(同16)。3人はそれぞれ頭部に銃弾を撃ち込まれていた。

身近なスーパーという場所で拳銃によって人が殺されるーー。全国を恐怖が襲った。

事件は強盗と怨恨の両方の線で捜査が行われた。強盗は、いうまでもなく閉店後の売上金をねらった犯行だが、怨恨説の根拠とされたのはつぎのような点だった。

〇現場の金庫には約526万円の売上金が入っており、稲垣さんは金庫の開け方を知っていたと思われるが、犯人は現金に手をつけずに逃走している

〇3人の被害者のうち、女子高生2人はそれぞれ後頭部を1発ずつ銃撃されたが、稲垣さんだけが2発の銃弾を撃ち込まれ、腹部を刃物で刺されるなどの危害も加えられていた

〇稲垣さんは元ホステスで、知人とトラブルを抱えていた

犯人は稲垣さんに強い恨みを抱いた人物で、稲垣さんを殺害する目的で事務所に押し入り、2人の女子高生はその巻き添えになったーー。そのような見立てが浮上していた。

被害者・矢吹恵さん
高校2年生だった前田寛美さん
稲垣則子さんは2発の銃弾を浴びていた

凶器の拳銃が次々と……

物証も目撃証言も少ないこの事件の重要なカギとなったのは、3人の命を奪った銃弾に刻まれた線条痕(ライフルマーク)だった。

拳銃の銃腔の内側にはらせん状の「溝(ライフリング)」があり、一丁ずつその溝は異なっている。発射された銃弾にはその溝の跡である線条痕が残る。つまり線条痕とライフリングが一致すれば、その銃から銃弾が発射されたことがわかるのだ。

そして、線条痕が「酷似する」銃が発見されていく。

〇1983年、石川県金沢市の資産家夫婦射殺事件、1997年と1999年に大阪市内で起きた金融機関に対する強盗事件で発射された弾の線条痕が『ナンペイ事件』の線条痕に酷似

〇2009年に覚醒剤取締法違反で逮捕した暴力団組員の自宅から押収していた拳銃が『ナンペイ事件』の銃弾と線条痕がと酷似

しかし、いずれも『ナンペイ事件』と関連づける結論は出てこないまま、うやむやになってしまった。

先日(2020年7月21日)も、事件の“新事実”があったかのような報道をメディアが一斉に行ったが、これは上記した2009年のケースと同じもの。すでに2012年の段階で一部メディアが報じている。この“焼き直し報道”は捜査の進展がないことを物語っているものの、捜査機関にとっても新たな情報を得るための頼みの綱であることは間違いない。

そもそも線条痕は、俗に『銃の指紋』といわれるような決定的な証拠ではない。

生涯変わることのない人の指紋と違って、銃の線条痕は銃腔のキズや錆、経年劣化でも特徴が変わってしまう。工業製品である以上、同じメーカーが同時期に製造した同一モデルなら、すべてが“類似”や“酷似”の範疇に入る。

要するにキズや錆などの銃の固有の特徴まで完全に一致しない限り、線条痕がよく似た銃は世の中にごまんと存在するわけだ。

線条痕は希少な手掛かりのひとつなのだろう。しかし、そこから容疑者の割り出しにつながる望みは薄い。指紋と違って、拳銃は身体の一部ではないからだ。犯人が捨ててしまえば証拠も消えてしまうのだ。

ちなみに事件で使われた銃は、「スカイヤーズビンガム社(現・アームスコー社)」製の38口径のリボルバーだとされている。

聞きなれない名前かもしれないが、同社はフィリピンの正規の銃器メーカー。米国の大手メーカー・コルト社のリボルバーをコピー生産している。製品の外観はコルトとそっくりなので、刻印だけ取り換えて世界の一流ブランドであるコルトのニセモノとしても数多く出回っている。

日本にも昭和の時代から平成の初期ごろにかけて大量に密輸された。コルト製を偽装したスカイヤーズビンガムの押収例も少なくない。

スカイヤーズビンガム社のリボルバー。同種の銃が事件で使用されたとみられている

取材現場で流れた噂

ナンペイ事件はほかにも解決に結びつくことを期待された大きな動きがあった。

〇2009年9月、中国で覚醒剤所持の罪で死刑判決を受けていた日本人の死刑囚の男(2010年死刑執行)が「ある中国人の男が、『ナンペイ事件』の実行犯を知っている可能性がある」と供述。この情報をもとに、捜査本部は2013年11月にカナダに移住していた中国人の男を旅券法違反で逮捕。

〇2015年2月、事件の被害者が縛られていた粘着テープから採取した指紋の一部が、警察庁のデータベースに登録されていた約10年前に病死した男性のものと一致

しかし、前者は逮捕翌年の2014年9月に日本で執行猶予付きの判決を受け、事件に関する供述は得られないままカナダに強制送還されてしまった。

後者は、その後の捜査で男性が事件当時は別のところにいた可能性が高く、親族から提供されたDNA型が指紋とともに採取されたものと一致していないことがわかった。

なぜこれほど長期化したのか

この2件については完全にシロと断定されたわけではない。だが、これらの情報をつかんだ時期はいずれも、事件から15年あまり経ったあとのことである。

なぜ、これほどまでに捜査は難航し、長期化してしまったのか。

それを考えると、事件直後から取材していた記者たちのあいだで囁かれていたある噂が脳裏をよぎる。その噂とはこういうものだ。

「鑑識活動が終わらないうちに捜査員がズカズカと入り込んで、現場を荒らしてしまったらしい」

鑑識の経験長かった元警察幹部によれば「ほとんどの警察官は現場保存の重要性を認識して、基本をしっかりと守っている。しかし昔は、ごく一部に帽子もかぶらず、手袋や足カバーもはめずに入り込んで現場を破壊してしまうような捜査員もいた」という。

かりに『ナンペイ事件』における噂が事実だったとすれば、現場を荒らしてしまった捜査員には、早期に解決できる事件という思い込みがあったのかもしれない。

殺人事件の約9割の加害者は、被害者と面識のある人物だといわれる。稲垣さんに対する怨恨が動機だったとするなら、稲垣さんの知人関係を洗えば容疑者を割り出せる可能性は高い。

一方、強盗目的の犯行だった場合は初動捜査が命。解決が遅れれば遅れるほど、被害者と面識がなく、素性も逃走先もわからない犯人を割り出すことは困難になる。

事件発生直後の「ナンペイ大和田店」 写真:時事

金庫が物語る”真実”

500万円以上のカネが残されたまま事件現場に残されていた金庫。

この金庫に強盗説を推測させる証拠がある。

金庫のカギ穴の近くにも一発の弾痕が残されていた。犯人は金庫に向かって銃を発射したのだ。

この行動を怨恨説の立場から分析すると、弾痕は強盗に見せかけた偽装という解釈になる。

だが、はたしてそうだろうか。金庫はカギとダイヤルの二重ロックで、カギはカギ穴に差し込まれた状態だったという。これは金庫が開かず、いらだった犯人が拳銃を撃った証拠ではないのだろうか。

というのも、弾痕の形状と位置に特徴があるのだ。

弾痕の形は横に細長く伸びた幅2センチほどの楕円形で、向かって右側は深く左側は浅いという。これは跳弾した(金庫に当たった後で跳ね返った)痕だと見て間違いないだろう。

弾痕があった位置は床から80から90センチメートルほどの高さである。それは、ちょうどかがんで金庫を開けようとした人間の目線の高さと同じだ。

そして、稲垣さんが頭部に撃ち込まれた2発の銃弾は、1発は体を貫通しており、もう1発は貫通せずに体内にとどまっていた。

ここから仮説を立てれば、カギ穴をねらって発射された弾が金庫に当たって跳ね、稲垣さんの頭部に命中した可能性が浮かんでくる。

跳弾した銃弾は、潰れて失速しているので威力落ちており、体を貫通しにくいのだ。そして、もう1発の貫通した弾は、とどめをさすために至近距離から直に銃口を向けて撃ち込んだものとも考えられる。

もちろん、これはあくまで推論でしかない。だが、初動の段階で強盗説に重点を置いていれば、捜査は違う方向にむかっていたかもしれない。

事件の被害者のひとりとなった矢吹さんが通っていた私立桜美林高校では、毎年欠かさず追悼礼拝が行われてきた。

事件当時、矢吹さんの学年主任だった伊藤孝久さんは語る。

「捜査本部のある警視庁八王子署の方は毎年、情報提供を求めるためのポスターを持ってきてくださった。現在も捜査本部を置き、大勢の捜査員が頑張っておられるのは本当にありがたい。矢吹さんの死を無駄にしないためにも、同じような悲劇を繰り返さないためにも、銃社会の恐ろしさや命の尊さなどを訴えていきたい」

被害者と、その関係者の切実な願いが届く日はくるのだろうか。いち早い解決に期待したい。

2015年警視庁が公開した「ナンペイ大和田店」(上)と事務所内部(下)の3D模型 写真:時事
事件から25年。捜査本部は解散することなく捜査は続けられている。
  • 取材・文津田哲也

    ジャーナリスト・銃器評論家・作家。取材、執筆活動のほか、テレビ・新聞等で銃器評論家として活躍中。『踊る大捜査線』(フジテレビ)などの映像作品の監修も務める。近著に若葉文庫より『銃撃事件ファイル』(https://www.amazon.co.jp/dp/B08342GCGS)がある。

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