ついにレース復帰!池江璃花子 劇的回復を促した「希望の力」
急性リンパ性白血病から再起を目指す競泳・池江璃花子は昨年2月に病魔に侵されていることを告白。同年12月に10カ月の闘病生活から退院し、7月2日には練習を公開した。
今月29日に行われる東京都特別大会(東京辰巳国際水泳場)での復帰が決まるなど嬉しい知らせが聞こえてくる一方で、白血病は「完治はない」とされる。近い将来、レースに戻るであろう池江は、再発の恐怖を抱えながらも、五輪の檜舞台に舞い戻ろうとしている。
<(中略)大きな目標が目の前から、突然消えてしまったことは、アスリートたちにとって言葉に出来ないほどの喪失感だったと思います。私も白血病という大きな病気をしたからよく分かります。思っていた未来が、一夜にして、別世界のように変わる。それは、とてもないキツい経験でした>(東京五輪大会組織委員会が開催した、五輪1年前セレモニーに登場した池江璃花子のメッセージから抜粋)
7月23日の午後8時、国立競技場でたった一人で訴えたこのメッセージ動画は130カ国の国と地域で配信され、当日の視聴回数が国内だけで500万回にも達した。このメッセージを終えた後には、涙をこらえる必死の姿が印象的だった。
感情を抑えきれなくなるのも仕方がない。思えば白血病発症から始まった過酷な治療やリハビリがあった。2月にテレビ朝日の単独インタビューの時には「本当に一番しんどい時は死にたいと思いました」と語るほど思いつめられた時期もあったのだ。
「血液の癌」として知られる白血病は不治の病とされたが、今は違う。2019年2月に入院し、化学療法を行った。一般的には、抗がん剤を投与されるが、それは体の中にある良質な細胞も殺すことも意味し、頭髪が抜けるなど、副作用に苦しむ患者は多い。池江の場合、合併症を併発したため、池江はドナーによる骨髄を移植する造血幹細胞移植を選択した。
「池江さんが死にたい、そう思うのは当然のことです。私もそうでした。白血病で経験したあんな思いはもう2度としたくないし、思い出したくもない」
こう話すのは、元サッカー日本代表・ジーコ監督の通訳を30年間務めている鈴木國弘氏だ。その鈴木氏も2013年12月に急性骨髄性白血病を発症。およそ6カ月にわたる入院だった。鈴木氏の場合は赤ん坊のへその緒の新鮮な血を移植する『臍帯血移植』、池江の場合は『造血幹細胞移植』という骨髄移植と治療法の違いはあるが、闘病の過酷さは重なる部分が多い。鈴木氏が振り返る。
「ヘビーだったのが抗がん剤の投与でした。副作用は出方は個人差があるようですが、私の場合は酷かった。倦怠感や吐き気、そして味覚異常が辛かった。病院食は味がしなくて、全て紙を食べているような感覚でした。ならば食べたくない。でも気持ちが悪くて吐きたくても、胃の中には何もない、もう死んだ方がマシ、楽になりたい。そう思うのが普通です。
白血病は免疫力が限りなくゼロになるわけですから、退院できても1年半ぐらいはステイホーム生活でした。マスクは手放せず、人混みにもいけない。そんな憂鬱な日々が続きました」
入院中、鈴木氏は「もう一度立ち上がろう」という気持ちを持つ人たちの生命力の強さをまざまざと感じさせられたという。
「テレビで見た池江さんは水泳を行うための筋肉が落ちていたように見えましたし、一時はもうフラフラだったはずです。私も体重が20㎏近く落ちてしまい、歩くというより、1歩動くことさえ嫌でした。ですから、入院していた大学病院から勧められたリハビリは思うようにできなかった。
でもね、同じ病院にいた女性の患者さんたちは皆さん、違ったんです。体に痛みがあったり、意識ももうろうとしているはずなのに、与えられたメニューをしっかりこなしていました。たまにリハビリ専用の部屋に行くと、不思議と男性は1人もいなくて、女性ばかりでした。生命力の強さを見せつけられた瞬間でした。ましてや池江さんの場合、五輪を目指す舞台にもう一度戻りたい、という気持ちが回復を早めたんじゃないでしょうか」
不治の病ではなくなった白血病だが、後遺症が残ることもあるという。鈴木氏も退院時、味覚障害などが永遠に残る可能性も示唆された。
「池江さんを見て驚いたのは、その後遺症を一切感じられなかったことです。もっと驚いたのは、(2019年2月に)白血病を発症して、翌年の3月にプールに入れていることです。水の中にもきっといろんなウイルスがいて感染リスクは高いので、退院してから1年半、ステイ・ホームを余儀なくされた私から見ると、奇跡に思えますよ。
幸い、私も後遺症は残りませんでした。今、白血病と闘っている人たちにとって、池江さんの存在はもの凄い励ましになるはずです」
10月のインカレ(大学選手権)出場を目標にしている池江だが、インカレには昨年4月以降、長水路(50mプール)で上位32人(種目によっては40人)に入らないと個人種目参加資格を得られない。そこで今月29日に行われる東京都特別大会にエントリーし、新型コロナウイルスへの感染予防に細心の注意を払いながら、月1回の通院、週4日のプールでのトレーニングをこなし、レース復帰を目指している。
冒頭で紹介したメッセージ動画の中には池江のこんなコメントもある。
<もちろん、世の中がこんな大変な時期に、スポーツの話をすること自体、否定的な声があることもよくわかります。ただ、一方で思うのは、逆境から這い上がっていくときには、どうしても、希望の力が必要だということです>
白血病から回復して不自由なく日常生活を送れるようになっても「完治」ではなく、「寛解状態」と処方される。それはいつ再発してもおかしくない恐怖との戦いがあることも示す。過酷なハードルを超えて心身ともに強くなった池江が、これからも見えない「敵」と向き合いながら世界最高の戦いの場に戻ろうとするその姿こそ、世界のネガティブなムードを吹き飛ばす“希望の力”である。




東京オリンピック 活躍が期待される女性アスリートたち
ゴルフ:渋野(しぶの)日向子

サーフィン:松田詩野(しの)

ビーチバレー:坂口佳穗

女子新体操:皆川夏穂

マラソン:一山(いちやま)麻緒

スポーツクライミング:野口啓代(あきよ)

空手:清水希容(きよう)


フェンシング:宮脇花綸(かりん)

スケートボード:西村碧莉(あおり)


女子やり投げ:北口榛花(はるか)


撮影:蓮尾真司、小松寛之、LUCKMAN、荒川祐史写真:アフロ、時事