唯一無二のソウルフード「唐揚げ」はなぜ日本人に愛されるのか
ビールに、おかずに、おやつに。「唐揚げ」愛が止まらないっ!
夏。例年ならビアガーデンが盛況だろう。今年は自宅で、プシュっとビールを開ける。そんなとき、傍にあるのは枝豆と鶏の唐揚げ。定番だ。夏の味覚、枝豆。対する唐揚げは、年中無休である。

コロナ禍でどこも元気がないなか、成長しているのが「唐揚げ市場」。近年増えている専門店では、売り上げが前年の1.6倍というところもあるという。
専門店だけでなく、スーパーやコンビニのお惣菜人気メニューとしても君臨。デパ地下では多くの店が高級唐揚げを競う。お弁当や定食の人気おかずであり、居酒屋では人気のつまみ、というように、日本の食生活のあらゆるシーンに登場する「唐揚げ」。いったい唐揚げの何が、我々をこんなに惹きつけてやまないのか。
日本人は、年間220億個の唐揚げを食べている!
年間の消費量が220億個を越えるという唐揚げ。いったいいつからこんなに食べるようになったのだろう。日本唐揚協会会長兼理事長のやすひさてっぺい氏はいう。
「1974年に、日清製粉が『唐揚げ粉』を発売したんです。粉にスパイスや調味料が混ざっていて、鶏肉にこれをつけて揚げるだけで、おいしい唐揚げが家庭で作れるようになってた。ここから、一気に広がりました」
自身は幼児のころから、母の作る唐揚げが大好きだったという。
「僕が育った種子島で母が作ってくれた唐揚げは、鶏肉をしょうゆとショウガに漬けこんで、片栗粉をまぶしたもの。味は濃いめ、衣はぶ厚い。卵を産まなくなった鶏をつぶしたときに作るんです。うちはあまり裕福ではなかったので、年に2~3回のご馳走でした」
小学3年生のとき、東京の練馬に一家で引っ越した。そこで出会ったのが、ファミレス・すかいらーくの唐揚げ。
「母の作る唐揚げとは、まったく違う味! 衝撃でした。母の唐揚げはおいしいし、大好きなんですが、それとは違う…目の覚める体験でした。衣が薄くて、にんにくがほんのり香るライトな唐揚げ。同じ唐揚げでも、こんなに違うのかと。そのときから、僕の唐揚げ人生が始まりました」
とはいえ、子どもにとって唐揚げは高価な食べ物。高校生のときは、ローソンの「からあげクン」が大好物だったという。大学に入り、ある程度自由に食べられるようになって挑戦したのが、「唐揚百日行」。100日間、1日1食、さまざまな唐揚げを食べ続けた。
…やすひさ会長の「唐揚げ愛」はわかった。では、日本人はどうなのか。こんなに愛されるのはなぜ?
「おいしいからです。それとおそらく、老若男女にとって、ちょうどいいご馳走だからじゃないでしょうか。メインディッシュって、まあ、肉か魚だと思うんですけど、牛肉や豚肉は重い、魚はちょっと軽いし、好き嫌いもある。家庭で食べるのに、垣根のないご馳走が唐揚げだと思うんです。外では、食べ歩きできるカジュアルさもある。そしてもちろん、おいしい!でしょう?」
唐揚げの「聖地」大分県から
そんな日本のソウルフード唐揚げの聖地といえば、大分県の県北地域。この地域には唐揚げ専門店が軒をつらね、それぞれの味を競っているという。
「このあたりでは、家で唐揚げを揚げません。唐揚げは買ってくるもの。『寿司は自分で握らないでしょ。唐揚げも、職人さんが揚げたほうがおいしいから』といいます。ほかの地域では聞いたことがありませんから、大分県北地域独特の文化ですね」
そんな大分県から2009年、満を持して「もり山」(中津市)、「とりあん」(宇佐市)の2大人気専門店が、東京進出を果たした。この年、唐揚協会が主催する「からあげグランプリ」も初開催。一気に唐揚げ人気に火がついた。

唐揚げは、平和の食べ物
驚くのは、唐揚げのバラエティの豊かさだ。定番お醤油味はじめ、何種類ものスパイスを混ぜたもの、フルーティーなもの、甘酢タレ、ウスターソースタレを使うものなど、味は千差万別。
「製法もいろいろですが、大きく分けると『どぶ漬け』と『粉打ち』という2種。タレに肉を漬けこんで、そこに粉を入れて揚げるのが『どぶ漬け』。これだと、衣は厚くなります。逆に、濃縮したタレを少量つけ、薄く粉をはたいて揚げるのが『粉打ち』製法。粉の配合も、揚げ方も異なり、共通しているのは鶏肉を使っていることぐらい笑」
北海道のザンギ、新潟の鶏半身をまるごと揚げる半身揚げ、名古屋の手羽先、宮崎のチキン南蛮などなど。唐揚協会は、これら全部「唐揚げ」とみなす。



衣をつけない素揚げも、竜田揚げも、フライドチキンも全部「唐揚げ」だ。その懐は限りなく深い。

「唐揚げは平和な食べ物。協会としても、こう作らなくてはいけないなんていう狭い料簡はもっていません」
唐揚協会が推奨するマナーとは
「僕は、唐揚げであれば、どんな唐揚げでも満足なんです。たとえ揚げすぎていても『これはちょっと揚げすぎちゃったかな』という感じで食べます。できが悪くても、わが子はかわいいというのと同じです」
「ただひとつ、許せないのは、いきなりレモンをかけること。レモンをかけると衣がふやける。かつ、味が変わります。レモンの味が好きな人もいるでしょうけど、いきなりはいけない。かけるなら2口目以降にしてほしい。唐揚協会としては『1口目にレモンをかけない』ことを推奨しています。それともうひとつ、唐揚協会が強力に推奨するのは、『揚げたてを即食べる』こと。居酒屋なんかで、お皿に1個、残ることがありますよね。いわゆる遠慮の塊。『最後の1個』の唐揚げを見つけたら、すぐに食べる! それがマナーです」
この「マナー」からも、唐揚げ愛がほとばしる。
おいしい唐揚げを食べるには
日本唐揚協会では、おいしい唐揚げを普及するため「唐揚検定」のほかに「揚師(あげし)検定」も行っている。
「秘訣は3つあって、まずタレのつけ方。2つ目は粉のつけ方。そして揚げ油の温度。家庭で作る場合、だいたい温度が低い。180度まで上げた油でないと、衣がカリッと揚がりません。揚げ時間は3分ですが、厚衣の場合、1分揚げて、いったん油から出し、しばらくおいて、また1分揚げるという方法がおすすめです。そうすると、衣に油が入る量も抑えられ、おいしくて胃にもたれない唐揚げになります」
「唐揚げなら、なんでも好き」というわりに、けっこうこだわりを持っている。これも、愛ゆえか。
「日本の唐揚げを世界の人に食べてほしい。スイスに唐揚協会を立ち上げ、海外でも普及に努めています」
今日もこれから、唐揚げを食べるというやすひさ会長の目標は、「死ぬまで唐揚げ」。
「社会人になって経済的なゆとりができたとき、上級編として『百日(毎食)唐揚行』をしました。毎日毎食、唐揚げ。楽しいし、体調はよかったんですが……おならが臭くなって。野菜なんか、ほとんど食べなかったんですよね。今も、毎日最低1食は唐揚げ。バランスを考えて、野菜や発酵食品も食べるようになりました。
理想の唐揚げは、肉に臭みがなく、柔らかくてジューシーで、衣はカリ、またはサク、またはフワ、あるいはパリ。健康で、80歳、90歳になっても唐揚げを食べ続けたいんです!」
ああ。唐揚げが食べたくなってきました…。
やすひさてっぺい:2008年、日本唐揚協会を設立。現在会員は15万人。10万人を集めるイベント「からあげカーニバル」「からあげフェスティバル」をはじめ、多様な唐揚げの啓蒙活動を行うほか、コンビニ、食品メーカーの唐揚げ関連商品のプロデュースも手掛け、多くの人気商品を生み出している。著書に『唐揚げのすべて』(中公新書ラクレ)など。
写真提供:日本唐揚協会取材・文:中川いづみ