『私の家政夫ナギサさん』が男性を”働く女性の敵”にしない絶妙さ | FRIDAYデジタル

『私の家政夫ナギサさん』が男性を”働く女性の敵”にしない絶妙さ

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「労働」をフラットな目線で描き、男性サイドから見ても学びが深い

写真:つのだよしお/アフロ
写真:つのだよしお/アフロ

新型コロナウイルスの影響で、新作テレビドラマはイレギュラーな形での放送が続いている。開始日がずれ込んだり、撮影が追い付かずに一旦休止したり……。ただ同時に、自宅で過ごす時間が増えた今、視聴者が増えているのも事実。

『美食探偵 明智五郎』『MIU404』『半沢直樹』など話題性のある良作も多く、特に『半沢直樹』は第3話放送時点で視聴率が22~23%台と、記録的な大ヒットを叩き出した。

韓国ドラマ『梨泰院クラス』『愛の不時着』が好調のNetflixや、映画『劇場』で話題をさらったAmazonプライム・ビデオのユーザー増が目覚ましく、YouTubeに芸能人が次々参入している“食い合い”状態ではあるが、テレビドラマも十二分に健闘しているのだ。

そんななか、人気はもちろん、内容的にも非常に味わい深いドラマが放送中だ。多部未華子大森南朋が共演した『私の家政夫ナギサさん』である 。『逃げるは恥だが役に立つ』『カルテット』 『恋はつづくよどこまでも』といったヒット作を多数輩出してきたTBSの火曜ドラマ枠の最新作だ。

『逃げ恥』と同じ題材でも、「男女逆転」で更に現代的に

『私の家政夫ナギサさん』は、タイトルの通り“家政夫”をテーマにした作品だ。家事代行サービス会社に務める敏腕家政夫・ナギサさん(大森)が、仕事に忙殺されて家事に手を付けられない主人公・メイ(多部)をサポートし、精神的な支柱にもなっていく。

こう書くと、女性目線の「癒し」に満ちた作品に見えるかとも思うが、本作はそれ“だけ”ではない。第一印象は女性をターゲットにした作品でありつつも、ドラマを見進めていくと、男女間の平等な“労働”を丹念に描いたフラットな目線に気づかされる。むしろ、男性サイドから見ても学びの深い内容になっているのだ。

主人公のメイは、成績優秀なMR(医薬情報担当者)。医薬品のスペシャリストとして、医療従事者と医薬品卸のパイプとなる仕事だ。専門知識はもちろん、調剤薬局や医療機関の訪問等、営業的な側面も強い。母親から過度な期待をかけられて育ってきたメイは、このMRの仕事で結果を出した半面、根を詰めすぎて自宅は“汚部屋”状態。その様子を見かねた妹の唯(趣里)から、ナギサさんを紹介される。

仕事も家事も両立しなければならないプレッシャーというのは、女性に付きまとう問題としてこれまでも取りざたされてきた。男女共同参画社会であるにもかかわらず、根強く残る世間や他者、あるいは親世代から注がれるステレオタイプな目線に、どう向き合っていくのか――。

本作と同じ家事代行サービスを題材にした『逃げるは恥だが役に立つ』や、定時帰宅を信条とする女性を描いた『わたし、定時で帰ります。』など、TBSの火曜ドラマ枠でもたびたび描かれてきた内容に、『私の家政夫ナギサさん』では「男女逆転」という、さらに現代的な要素が加わっている。

ナギサさんは、「お母さんになりたかった」という思いをかなえるべく、脱サラして家政夫を始めた人物。家事に炊事、すべてが完璧であり(調理師免許や、複数の資格も取得している)、物腰が柔らかで親切心にあふれた人物だ。メイは最初こそ「自分で全部やらなければならない」という強迫観念に取りつかれていたが、ナギサさんとの出会いで価値観に変化が生じていく。

同時に、彼女に圧をかける原因の1つだった母(草刈民代)も、家事が苦手な自分を受け入れ、メイの自主性を尊重し、「女性とはこうあるべき」という感情から解放されていく(第5話では、母がメイや唯にきつく当たっていた“理由”も明かされる)。ナギサさんの登場によって、2世代の女性の鬱屈していた感情が晴れていくプロセスは、実に爽快だ。

働く女性の“敵”として男性を描かない

『私の家政夫ナギサさん』ロケ中の多部未華子(左)と瀬戸康史
『私の家政夫ナギサさん』ロケ中の多部未華子(左)と瀬戸康史

また、男性が家政夫として働くという要素は、仕事における「適材適所」感の美しさを、強く訴えかける。本来、男女関係なく、その人のスキルを活かせる仕事に就けるよう、社会が整備されているべきなのだ。

「女性はこうあるべき」という“押しつけ”は、逆を言えば「男性はこうあるべき」もまた存在するということ。多様な“性”が居場所を与えられるべき現代において、1つだけを「被害者」的に描いてしまうのは、フェアではない。その点、『私の家政夫ナギサさん』においては、丹念かつ繊細にバランス取りが行われているように感じる。

さらに、瀬戸康史演じるライバル会社のMRや、眞栄田郷敦扮するメイの後輩が体現する柔和な男性像、料理好きで温厚なメイの父親(光石研)、メイの成長を見守る上司(平山祐介)との会話、同僚(水澤紳吾)が育児休暇を取る描写など、ナギサさんを中心に“男性”についても、一元的な扱い方から脱却しようとしているように感じる。

テレビドラマではわかりやすさを重視するあまり、女性主人公の場合に男性を“敵”に据える手法も往々にしてとられてしまうが、こと本作においては細やかな気配りがなされ、「よりよく生きていこうとする“人々”」の物語にまで昇華されている。本作の中に優しさや温かさが流れているのは、このような配慮があることも大きいだろう。

“敵”という観点では、どちらかといえば、序盤はメイにとって母の存在がある種のラスボスであり(授かり婚をした妹と絶縁しているという点も含め)、女性同士、あるいは個々に内在する「女性らしさ」に苦しむ姿が描かれていた。ただ、ここでも母が「仕事も家事も両立できる女性になりなさい」と娘たちに“呪い”をかけた理由について、思考のプロセスが丁寧に描かれている。

家族の不和をメイとナギサさんが改善させようとする第5話は、こうした構造を瓦解させるものであり、その結果、前述した「母娘2世代の救済」につながっていく。社会的テーマを扱いながらも、“敵”が不在――そういった点から見ても、『私の家政夫ナギサさん』に流れる空気は、新しい。

また、メイを通して「おじさん」というワードに対する是正が図られているのも興味深い。彼女は最初こそナギサさんを「おじさん」と事あるごとに拒絶し、少々偏見を持っていたが、彼の人間性に触れていくなかで考えを改めていく。「属性で人を見る」ことの“狭さ”が、しっかりと描かれているのだ。

大森南朋の起用は映画『マイ・インターン』にも通じる

写真:Yumeto Yamazaki/アフロ
写真:Yumeto Yamazaki/アフロ

ナギサさんを演じた大森南朋のキャスティングも、秀逸だ。

大森南朋といえば、日本映画を代表するバイプレイヤーの1人であり、『ハゲタカ』(’09年)や『龍馬伝』(’10年)をはじめとする大友啓史監督作品の常連。兄・大森立嗣監督の映画『さよなら渓谷』(’13年)や、入江悠監督のハードな家族劇『ビジランテ』(’17年)、北野武監督のやくざ映画『アウトレイジ 最終章』(’17年)、三池崇史監督のバイオレンスラブストーリー『初恋』(’19年)など、渋みあふれる作品群で、存在感を発揮してきた。

ある種「男性性」を背負ってきた俳優が、ナギサさんを演じることでもたらす“新しさ”。これはイメージの封印とは一味違う。むしろ、アップデートに近い感覚だ。乱暴に言えば、「女性優位」になっていないということ。ハードボイルドな作品に多数出演してきた男優を、女性の“下”につける、といったような起用法では全くないため(ここで効いてくるのが、前述した男女平等な演出や描写だ)、見ている者の中にも、そして彼のこれまでのフィルモグラフィを見ても、ハレーションを起こすことがない。

ここで思い出すのは、ロバート・デ・ニーロが映画『マイ・インターン』に出演した事例だ。アン・ハサウェイが演じるファッションサイトのCEOの部下(インターン)に扮した本作で、デ・ニーロは「仕事は新人」ながら「人生は先輩」というポジションで、主人公のよき理解者となり、サポートしていく。

デ・ニーロは徹底的な役作りを行う“メソッド俳優”であり、マフィア映画からハイテンションコメディまで幅広く演じ分ける名優だ。2度のアカデミー賞受賞という輝かしいキャリアを持ち、還暦を迎えてもなお第一線で活躍する 彼の世間的なイメージは「重鎮」の意味合いが強い。そんなデ・ニーロが後進を支える紳士に扮するということ自体に、“時代の変化”を感じた方も多かったはずだ。

ナギサさんは家政夫としてだけでなく、メイの相談相手となり、第5話では仕事面のアドバイスも行う。このポジションは『マイ・インターン』にも通じるものであり、大森が果たしている機能も、近いものがある。

また、第6話から第7話にかけてはナギサさんのバックボーンが丹念に描かれ、会社員時代の後悔やトラウマ、彼が家政夫を志した理由も明かされた。がんで亡くなった母や、過労や重責で倒れた同僚を目にし、働く人々のサポートに意義を見出すナギサさんの思考法は、現代社会において「どう生き、どう働くか」について、改めて考えさせられる。

TBSの火曜ドラマ枠で初回の最高視聴率を記録

『私の家政夫ナギサさん』を手掛ける岩崎愛奈プロデューサーは、「『多様化』や『ダイバーシティ』といった言葉がしきりに飛び交い、生き方も働き方も大きく変わり始めていますが、理想と現実がまだまだ乖離しているのも事実。社会には今も凝り固まった価値観が根付いていて、窮屈さを感じている人は少なくないと思うのです」とコメントを残している。

この言葉通り、本作には社会性をしっかりと内包しているが、現状を頭ごなしに「否定」するのではなく、「優しさ」でもって改善していくというアプローチが心地よい。「全部無理して頑張らなくていい」というメッセージを伝えるだけでなく、家政夫(家政婦)という職業への敬意が随所に描かれているため、「お仕事ドラマ」の側面も持つ。

TBSが発表したところによると、本作は初回無料見逃し配信の再生回数が自社放送ドラマの歴代1位を記録。また、初回の平均視聴率は14.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録しており、火曜ドラマ枠の初回としては歴代1位とのこと。

さらに、第6話の平均視聴率は、番組最高の16.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。しっかりと共感を得られているからこそ、視聴率と口コミ(評価)の両立を成し遂げられているのだろう。ドラマ自体はフィナーレへと向かっていくが、今後どのような展開を見せていくのか、楽しみに見届けていきたいところだ。

  • SYO

    映画ライター。1987年福井県生。東京学芸大学にて映像・演劇表現について学ぶ。大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画情報サイトでの勤務を経て、映画ライターに。現在まで、インタビュー、レビュー記事、ニュース記事、コラム、イベントレポート、推薦コメント、トークイベント登壇等幅広く手がける。

  • 写真つのだよしお/アフロ(多部未華子)、Yumeto Yamazaki/アフロ(大森南朋)撮影根本麻紀(ロケ現場)

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