発達障害の精神科医が主人公 漫画『リエゾン』が描かれるまで

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厚生労働省が行った「平成28年生活のしづらさなどに関する調査」の結果では、2018年4月時点で、医師から発達障害と診断された人は推計48万1千人。実に子どもの10人に1人は何らかの障害を持ち、 “生きづらさを抱えたまま生活しているという。

ところが、発達障害の子どもを診療する「児童精神科医(児精医)」は圧倒的に少ない。日本児童青年精神医学会によると、2020年729日時点での認定医は、全国に401名。均等に割っても、児精医1人あたりの患者数は1200人にもなる。子どもの預け先や教育機関から受診を勧められても、実際に診察が受けられるのは数ヵ月先。さらに医療機関が必ずしも近場にあるわけではなく、遠方の医療機関に出向かなければならないというのが実状だ。

漫画『リエゾンーこどものこころ診療所ー』(原作・竹村優作 漫画・ヨンチャン モーニングコミックス)

『リエゾンーこどものこころ診療所ー」第1巻1~2話を今すぐ読むならコチラ

発達障害を取り巻く現状を、もっと多くの人に知って欲しいーーそんな想いから生まれたのが、発達障害と児童精神科医を正面から描いた漫画『リエゾンーこどものこころ診療所ー』。自身も生きづらさを抱えて生きる主人公・志保が、精神科医として成長していく物語だ。

そこで、漫画担当・ヨンチャン氏と原作者・竹村優作氏、担当編集の田ノ上博規氏に、制作の心意気と取り組みを取材した。

「子どもの発達障害」との出会い

『リエゾンーこどものこころ診療所ー』の企画は、2児の父親でもある担当編集・田ノ上氏が、子育ての中で「発達障害」という言葉を身近に感じるようになったことがきっかけでスタートした。

「正直私自身も発達障害がどんなものかよく解っておらず、児童精神科医(以下 児精医)の一般向けエンタメ作品も世に出ていませんでした。そこで、自分が学びながら面白くてためになるものを伝えていきたいと企画し、プロットをまとめてモーニングの前編集長から読み切り掲載の了承を得たのです」(『リエゾン』担当編集・田ノ上博規氏)

漫画を担当するヨンチャン氏はデビュー作『ベストエイト』の連載が終了したタイミングで声をかけられた。障害に関する知識は薄かったが、「ただ面白い作品ではなく、世の中に貢献できるような、感動させるような作品を描いてみたい」とオファーを受け、積極的に勉強や取材を行った。さらに、今のリアルな子どもの様子を描くために、身近で子どもに接したいと考え、アフタースクールでアルバイトもしたという。

「僕自身はまだ子育ての経験がないので、アルバイトを通して初めて、今の子どもたちが自分の子ども時代とはまったく違うことがよくわかりました。スマホのおかげで世代差による情報の境界がなく、みんなすごく賢くて、大人っぽい。そこで抱いた『身体が小さい大人みたい』という印象をそのまま描いたことで、よりリアルになったと思います」(『リエゾン』漫画担当・ヨンチャン氏)

児童精神科医は「謎解き探偵」!?

「企画立案の際、いろいろと学ぶ中で出会ったのが、子どもの発達障害の権威である児童精神科医の杉山登志郎先生の著書『子育てで一番大切なこと 愛着障害と発達障害』(講談社現代新書刊)でした」(田ノ上氏)

WEBサイト『ベビモフ』を通じて、杉山医師に取材をした田ノ上氏。杉山医師によると、児精医の仕事は謎解き探偵にイメージが近いという。子どもや家族にとって、深刻で時にはド派手なトラブルが日常的に繰り広げられているという事実や背景を淡々と明らかにし、それを診療や治療に持ち込み、子どもたちが何に困っているのかを見つけて、謎を解いていくというのだ。

「児精医の仕事は、そこで明らかになった問題に障害のラベルを貼るのではなく、子ども自身と親に、彼らが抱えている現状を納得させることで、解決方法を見い出していくこと」

そう説く杉山医師の弁はとてもわかりやすく、児精医への理解が深まったという。

取材の中で杉山医師は、発達障害者はできることもできないこともある=発達の道筋が乱れているという意味で「発達の凸凹」と呼んだ。そして漫画をつくる際に、発達障害者の多くは特性に合った生活や教育をしていれば、成長に伴って良くなっていくことを、きちんと押さえなければ現実を捉えられないと訴えた。

また、虐待を受けた子どもの心のケアを続ける中で、子どもだけでなく親も一緒に治療する場の必要性を強く感じており、世間への理解を促すためにも、漫画での啓蒙が必要だという認識を共有したという。

当初は杉山医師の協力を得た1、2話を読み切りとして発表する予定だったが、幸運にも『リエゾン』は連載漫画としてスタートを切ることに。

連載となると、資料の読み込みや脚本づくりを担う人間が必要になる。そこで3話目以降のシナリオライターとして、当時デビューを模索していた竹村優作氏に声がかかった。

「主人公が、発達障害の当事者であり精神科医でもあるという切り口はあまりなかったので、面白いテーマだなと思いました。その反面、学生時代にボランティアサークルで知的障害や発達障害のある子どもをいろいろ見てきたため、どこまで漫画で深く切り込めるかという不安もありました。障害をどこまでリアルに描けるのか、扱える症状やテーマが多い分、怖さも感じていましたね」(『リエゾン』原作者・竹村氏)

竹村氏は3年間、ボランティアサークルの活動に身を捧げた。その中で、できなかったことができるようになった子、逆に今までできていたのにできなくなってしまった子など、ある程度長い期間接していないと見ることができない変化を目の当たりにすることができた。

最初に書いた通り、数少ない児精医は、少しでも多くの子どもや家族を診察するため、まともに食事もとれないほど時間に追われている。その合間をぬっての取材では、子どもたちの日々の変化までを聞き出すことは不可能に近いため、ボランティアの経験がシナリオ制作の良い糧になっているという。

取材で得たことすべてを漫画に落としこむこだわり

医療をテーマとする漫画には、正しい知識と表現が求められるだけでなく、読み物としての面白さ、エンターテイメント性との両立が求められる。竹村氏は悩んだ末に、『リエゾン』の見せ場を「病気や障害があることでマイナスになっていた人生の流れが、プラスに変換する瞬間」と位置づけた。

「精神科の治療は、基本的に静かな日常の中で起こっていきます。正しい知見、知識を押さえつつ、読み手が登場人物のだれかに感情移入できること、読者それぞれの立場から、少しでも想像力が働かせることができるような話づくりを心がけています。

例えば第1巻に登場する鬱病を患う父親は、なかなか病気そのものに共感するのが難しい。そこで、父親が娘を手放したくない気持ちや、自分がいることで娘を傷つけてしまう気持ちを、愛情や苦しみといった読者が共感できる気持ちに変換することで、発達障害の子を持つ親特有の苦しさのようなものが伝えられるのではと思って。そういう風に感情を変換する作業を大切にしています。

もう1つ、取材でいろいろな症例を知ることになりますが、やはり当事者の苦しみは当事者にしかわかりません。ですから、病気を極端に過小評価したり、相対的に重い軽い、楽か大変かという描き方をしたりしないように意識していますね」(竹村氏)

医学的な間違いを犯さぬよう、シナリオは二重三重のチェックを経ている。最初は、あらすじの段階で原作協力医と質問のやり取り。細かな部分を相談しつつ脚本をあげ、そこで別の監修医による2回目のチェック。その修正を終えた脚本をヨンチャン氏に渡すのだ。

ヨンチャン氏が受け取る脚本には、「身体的な症状の特徴として、絶対に描かなければならない仕草、表情」や「なぜ修正を加えたのか」「見せたいこと、伝えたいことはこうである」という、編集と監修医のやりとりの過程が、細かく残されている。取材に同行しているヨンチャン氏は、脚本修正の過程を丁寧に読み、自分なりに現場で得た情報と併せて絵で表現すべきことを的確に把握した上で、漫画ならではの演出を加えたネームを描く。

「第1話の冒頭で、主人公の志保がいたずらをして逃げる子どもをダイビングキャッチするシーンがあります。ちょっと滑稽かもしれませんが、テーマが重い分、漫画でしかできない演出を取り入れることで、読者の気持ちも少し軽くなったらと思って。

僕は、取材で印象に残ったことは、全部作品に落としこんでいます。例えば第2話で、父親から虐待を受けていた女の子が、他の話にはまったく無反応なのに、父親の話題にだけ反応するという行動は、取材で診察に陪席させていただいたときに起こったことです」(ヨンチャン氏)

特筆すべきは、飛んできた虫に驚いたり、指を傷つけたり、無意識に足をばたつかせたりという子どもたちの何気ない行動が、実に活き活きと描かれていることだ。

取材中に、子どもや周囲の大人たちがどんな表情をして、どんな行動をしているのか、じっくり観察して反映させています。さらに、脚本を読んで思い浮かぶイメージやディティールも入れています。作品のおもしろさだけでなく、温度や手触り、音など、五感で感じるような作品にしたいと思っていて。

喜怒哀楽を含む4種の表情だけではなく無数の感情の表現を、雨が降るシーンだったら、降っている雰囲気や匂いも読者に感じてもらえるような空気感を描くことにこだわっています」(ヨンチャン氏)

発達障害は子どもだけでなく大人の問題でもある

23日に第1巻が発売されると、すぐにTwitterSNS上で反響があった。賛否両論だったが、なによりも反響があったということに、編集の田ノ上氏はじめ全員が手応えを感じたという。原作者の竹村氏は、ストーリーに共感したという意見がうれしかったという。

「今はネットでいろんな情報を得られる時代なので、昔ほど問題を自分だけで抱え込むという状況は少ないかと思います。でも漫画という形で出会い、ストーリーに共感することで救われることもあるのかなと。だから、自分もこうだったという反応をいただけるのはとてもうれしく、書いてよかったなと思います」(竹村氏)

第1巻では「発達障害」がメインテーマになっているが、第2巻以降は、児精医の仕事に今一歩迫りつつ、ADHD(注意欠陥多動性障害)を抱える主人公・志保自身の成長に焦点が移っていく。

取材を重ねる中で、子ども時代に自分の特性に合った診断と教育を受けられぬまま成長し、ずっと生きづらさを抱えている大人が、存外多いことを実感したからだ。大人の発達障害で困りごとを抱えている友だちがいるというヨンチャン氏は、問題に向き合う志保の様子を、卓越した表現で描き出す。

「取材中や漫画を描きながら、自分の家庭環境や家族のこと、育ってきた環境、子ども時代に感じていた不満や不安がフラッシュバックすることが、多々ありました。蓋が開くように感情が吹き出して辛い時もありますが、やっぱり自分の感情にちゃんと向き合わなければ描けない。

志保も『子どもと向き合うために自分にも向き合う』と言っていますが、同じように、昔の自分に向き合いながら、けっこう感情移入して描いています。大人になり、そしてこの作品を描いている今、自分の過去を振り返ってみると、子ども時代の環境がいかに重要かを改めて感じました。愛されて愛する、それが当たり前ではない人もいることを、漫画を通じてたくさんの人に知ってもらえたらと思います」(ヨンチャン氏)

竹村氏も気持ちは同じだ。

「医療系のニュースや発達障害に関心がなかった人にも届けられるのが、漫画というメディアの力だと思いますので、できるだけ幅広く、いろんな人に読んでもらいたいです」(竹村氏)

静かに、だが確実に生まれる微細な変化を、豊かな表現力で作品に昇華した『リエゾン』は、派手な手術シーンや劇的な症状の変化を見せ場としてきた医療漫画に、新たな機軸を作りつつある。現代にマッチするテーマ性と、医療漫画の可能性を拡げる作品として、今後も注目を集めそうだ。

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  • 取材・文中村美奈子

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