日本もスパイ協定に?河野防衛相が接近するファイブ・アイズとは
~インテリジェンス激弱国・日本が期待するもの〜軍事ジャーナリスト黒井文太郎の分析
日本は、主要国ではおそらく突出してインテリジェンス(情報収集・分析)能力が弱い。なにせ専門の「対外情報機関」もない。
そんな日本が中国や北朝鮮の脅威に備えなければならない厳しい状況のなか、8月14日付「日本経済新聞」電子版が、河野太郎・防衛相の興味深いインタビュー記事を掲載した。

河野防衛相は、米英が主導する機密情報共有の枠組み「ファイブ・アイズ」との連携に意欲を示し、「日本も近づいて『シックス・アイズ』と言われるようになってもいい」と語ったのである。
ファイブ・アイズとは何か?
米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5か国が共同で、安全保障にかかわる情報を共同で収集しようという協定がある。UKUSA協定という。
このUKUSA協定加盟5か国は、日本や他のNATO加盟国などとは一線を引いた深い情報共有を行っている。なにせ米英主体だから、その情報力は圧倒的だ。その5か国の情報共有の連携ぶりが、各国当局内やメディアなどでは通称で「ファイブ・アイズ」と呼ばれているのだ。
しかし、ファイブ・アイズという名称の協定はない。正式にはUKUSA協定だが、UKUSAよりはファイブ・アイズのほうが通りがいい。ちなみにこのファイブ・アイズは「5つの目で監視する」という意味ではなく、彼らがやり取りする機密情報が「5か国でのみ閲覧可」つまり5つの目にしか見せない「5アイズ・オンリー」だったことから来ているという。
5か国の意味するもの
では、なぜこの5か国なのか。これらの国々は、国際政治のなかできわめて強固な同盟関係にあるからだ。5か国はいずれも英語圏、すなわちアングロサクソン系という「近さ」がまずあるが、とくに米英の同盟は、単にNATOで結びついているだけでなく、両国同士が「特別の関係」とみなすほど深い。
UKUSA協定は、もともと第2次世界大戦中の米英の対ドイツ通信傍受作戦の枠組みを、終戦後に対ソ連・東欧に振り替えたものだった。UKUSAはUK+USA、すなわち「英米」協定という意味だが、その後、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加わった。東西冷戦が地球規模に広がり、通信傍受も地球規模で行う必要性が高まったからである。
衛星通信が発達すると、ますます地球規模の通信傍受が重要になった。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドはそれぞれ地理的に傍受に役立つ場所にあったため、冷戦期を通じて徐々に役割が増した。
ちなみにこの「UKUSA」、日本では専門家含めて「ウクサ」と読む人が多いが、米国情報機関の2010年の公式文書に「

もっとも、ファイブ・アイズ5か国は「平等」ではない。情報の世界は、同盟国といえどもギブ&テイクの世界である。貢献度に応じて上下関係が生じる。ファイブ・アイズでは米国が圧倒的に上位にあり、次に英国となる。他の3か国はその下になり、必ずしも米英レベルの機密情報を共有させてもらえるわけではない。
とくに、グローバルな通信が衛星通信から光ファイバー通信に移行してくると、海底ケーブルの陸揚げ拠点の重要性が増してきた。今でも電波傍受は重要ではあるが、それ以上に有線ケーブルの盗聴が重要になった。そこで基幹ケーブルが集まる米国の東西の海岸と、英国南西部が、地球規模の通信傍受工作でますます存在感を増している。
さらに通信傍受機関は、現在、かつてのアナログ電波の傍受だけではなく、デジタル情報の収集・分析に軸足を移している。電子メールや暗号化されたメッセージの盗聴、あるいは標的を絞ったハッキング工作、さらにはメタ・データの解析などだが、これはもう圧倒的に米国の技術が高い。
したがって、ファイブ・アイズといっても、加盟国内での情報格差はかなり大きくなっているのが現状なのだ。
UKUSA協定はもともと通信傍受工作の協定だから、参加するのは各国の通信傍受機関だった。前述したように、現在はますます米国の立場が突出しているが、その米国の担当部局は国防総省の通信傍受機関「国家安全保障局」(NSA)になる。
ファイブ・アイズは元来、NSAを司令塔に計5か国が情報共有して連携する枠組みだが、NSAはそれ以外にも同盟国の情報インフラを取り込むべく、ファイブ・アイズよりも連携レベルの低い多国間の協力の仕組みをいくつも作っている。
情報共有する多国間協定はいくつもある
たとえばファイブ・アイズにフランスやオランダなど欧州4か国を加えた「9アイズ」。その9アイズにさらにドイツやイタリアら5か国を加えた「14アイズ」などがある。また、ファイブ・アイズに韓国、タイ、シンガポール、インド、フランスが加わった「10アイズ」もある。
さらにそれ以外にも、NSAは個別にイスラエルや日本とも深く連携している。
機密情報のやりとりをめぐる組織は、各国が複雑に入り乱れているのだ。
日本で通信傍受を行っているのは防衛省情報本部だが、日本の情報活動としては例外的にその傍受能力は高く、ロシア、中国、北朝鮮などの電波信号を傍受し、分析し、データを蓄積している。通信傍受による情報は日本が持つ数少ない独自情報だが、これは情報のギブ&テイクで、米国とやり取りされている。日本はファイブ・アイズなどの多国間協定には参加していないが、日米間の情報協力は緊密に行われているのだ。
そんな日本が、ファイブ・アイズを中心とする多国間協力の枠組みに参加するアイデアは、主に3つの観点から出てきた。ひとつは、近年、ロシアや中国のサイバー・スパイ活動が強化されていることに対し、いわゆる西側の主要国が連携して対抗しようという話。2つめは、ファイブ・アイズの5か国を中心に、中国産の資源に頼らない経済的な多国間協力を進めていこうという話。そして3つめは、中国の勢力拡大を受けて、多国間で中国包囲網を作ろうという話だ。
対中国情報戦の連携を模索
中国包囲網にはすでに日米台だけでなく、オーストラリア、カナダ、東南アジア諸国、インド、英国、フランスなどが参画している。とくに英国は空母をアジアに常駐させる計画があるとも報じられており、今後、中国海軍と直接対峙する可能性がある。
こうした国々は、日本が持つ中国軍の情報が欲しい。日本は米国とは深い部分まで情報の連携を行っているが、それ以外の国々とは限定的だ。
ただし、ファイブ・アイズは強固な5か国だけの排他的枠組みなので、日本がその正式メンバーになることはまず難しい。協力は可能であるし、おそらく今後はその方向に向かうと思われるが、日本が持つ有効な情報で、他国に提供しても構わないものは、すでに米国と共有されているので、日本はそれほど強い立場に立てるわけでもない。
逆に、日本が対中国軍の局面で、情報分野での大きな利益が見込めるかというと、それもあまり期待できない。日本周辺の軍事情報であれば、やはり米国からの情報が圧倒的であり、ファイブ・アイズの他の国々はそれほど独自情報を持っていないからだ。
日本にとって、得なのか、損なのか
結局、日本が提供する情報と受け取る情報の損得バランスは、持ち出し過多になる可能性が高い。ただ、目的は中国軍の封じ込めなので、いずれにせよ中国包囲網の強化になれば、日本の安全保障にとってプラスとはいえるだろう。
それともう一点、大切なことがある。情報の世界での多国間協力の経験が乏しい日本にとって、ファイブ・アイズの「お友達」になること自体は、悪いことではない。
ファイブ・アイズ5か国は、扱う情報の機密度は限定的ではあるものの、今では通信傍受情報だけでなく、もっと全体的な情報共有を行っている。そこにオブザーバー的に参加できれば、こうした情報の世界と接する機会をより多く持つことになる。
ファイブ・アイズの末席に非公式に「参加させてもらった」としても、第一級の機密情報が簡単に手に入るとか、日本の情報能力が一気に高まるなどというほど、インテリジェンスの世界は甘くない。しかしそれでもいくらかは、通信傍受以外の情報活動のノウハウを吸収できるかもしれない。日本は、この分野ではまだ初級者だ。一歩ずつ進んでいくしかないだろう。
黒井文太郎:1963年、福島県いわき市生まれ。週刊誌編集者、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に紛争地を取材多数、雑誌、テレビなど各メディアで活躍中。著書・編著に「北朝鮮に備える軍事学」「日本の情報機関」「イスラムのテロリスト」(以上、講談社)「紛争勃発」「日本の防衛7つの論点」「自衛隊戦略白書」(以上、宝島社)、漫画原作に「満洲特務機関」「陸軍中野学校」(以上、扶桑社)など
写真:AFP/アフロ