『私の家政夫ナギサさん』が令和版「男はつらいよ」だといえるワケ

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(写真・AFLO)

とてつもない人情喜劇

多部未華子(31)が主演するTBSの連続ドラマ『私の家政夫ナギサさん』(火曜午後10時)が大ヒット街道を快走中だ。

8月18日放送の第7話の世帯視聴率は自己最高の16・6%。これで初回からの平均世帯視聴率は14・2%となり、同じTBSのドラマで社会現象化した『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)の同14・5%に迫っている(視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ、関東地区)

『逃げ恥』と同じく、『わたなぎ』という略語まで生まれた。なぜ、これほどまでに支持されているのだろう? それを突き詰めて考えると、日本人が愛してやまなかった映画『男はつらいよシリーズ』(1969~95年)に行き着く気がする。

両作品は描かれている時代も状況も全く違う。作風も『わたなぎ』が洗練されているのに対し、『男はつらいよ』は泥臭い。ただし極上のハートフルラブコメディという点では一緒だ。『男はつらいよ』も寅さんこと車寅次郎(故・渥美清さん)の恋を軸にした人情喜劇だった。

嫌な奴がほとんど登場しないところも同じ。『わたなぎ』の場合、主人公のMR・相原メイ(多部)の周囲にいる全員が好人物だ。メイが雇うスーパー家政夫・鴫野ナギサ(大森南朋、48)はもちろん、勤務先である天保山製薬横浜支店の仲間、メイに恋するアーノルド製薬のMR・田所優太(瀬戸康史、32)、メイにプロポーズした医師の肥後(宮尾俊太郎、36)。みんな一生懸命に生きていて、誰かを恨んだり、妬んだりすることもない。

片や寅さんも善人たちに囲まれていた。おいちゃん(故・下條正巳さん)、おばちゃん(故・三崎千恵子さん)、妹のさくら(倍賞千恵子、79)、タコ社長(故・太宰久雄さん)・・・。情に厚い実直な人ばかりだった。

だから、どちらも見ていると自然と気持ちが和む。心が温まる。その上、何度も笑えるのだから、多くの人が惹き付けられるのも納得である。

忘れてはならないのが質の高さ。名匠・山田洋次監督(88)が撮った『男はつらいよシリーズ』が珠玉作だったのは説明するまでもないが、『わたなぎ』も逸品。まず、徳尾浩司氏と山下すばる氏による脚本は絶妙と言うほかない。徳尾氏は『おっさんずラブ』(テレビ朝日)を書いた人である。道理で笑えるわけだ。

メイの笑えたセリフを1つ振り返る。4話でナギサに夜食を頼んだ際のこと。「小腹が空きます。少しジャンクかつヘルシーな夜食を用意していただけますか」。ややこしいリクエストだ。これには料理のエキスパートであるナギサも顔色を失った。セリフの一言一言が凝っている。

演出担当者のTBSスパークル・坪井敏雄氏、同じく山本剛義氏による映像処理も巧み。こちらも力が入っている。

例えば7話のラスト。ナギサは自分を心配し、行動してくれたメイに「あなたと出会えて良かったです」と感謝の言葉を口にする。これにメイは「こちらこそです」と笑顔で応じ、直後に満足げな表情を浮かべながらナギサに抱きついた。たった10秒ちょっとのシーンだったが、強い拘りが感じられた。

このシーンはスローで5回も流れた。角度がすべて違ったので、5台のカメラが使われたことになる。正面から、背後から、横から――。それでいて放送したのは、ほんの僅かな時間。こんな手の込んだ撮影は連続ドラマでは滅多にお目にかかれない。

さまざまな角度から撮ったことにより、メイがナギサをギュッと力強く抱きしめたのがよく分かった。その間のメイの満ち足りた表情もはっきり見えた。一方、ナギサは驚き、身を硬くしたが、嫌がらなかったのも見て取れた。この2人の表情や仕草が物語の今後を占うのか・・・。

多部と大森の演技も出色。同じ第7話でメイは頼まれてもいないのにナギサのサラリーマン時代の同僚・箸尾(松本若菜、36)をナギサ宅に連れてきた。ナギサは精神的に疲弊した箸尾を支えられず、それを悔やみ続けていた。

ナギサと箸尾の対面は5年ぶり。2人は座卓を挟んで向かい合ったが、どちらも話を切り出せない。すると、あろうことかメイが話し合いを仕切り始める。

「じゃあ、まずナギサさんからですかね」

このときの多部の演技が抜群だった。首を小刻みに何度か振り、2人の顔を見つめてから、やっと言葉を発した。あたかも自分が仕切るのは当然かのように。表情も体の動きも間の取り方も絶巧だった。

いざ2人の話し合いが始まると、ナギサも箸尾も詫びるばかりで、話は堂々巡り。箸尾はナギサに恨みなどなく、やさしくしてくれたことに感謝していた。それなのにお礼を言えなかったことを悔いていたのだ。

しびれを切らしたメイは「はい、ストップ!」と声を挙げ、再び介入。今度は本格的に進行役を務め始める。

普通に考えたら、メイの行為はお節介。嫌味に映るはず。ところが、演技巧者の多部が演じると、そうはならず、笑えてしまう。そして、やがてはメイのやさしさにほのぼのさせられる。

大森も名演を見せている。メイのオーバーワークをナギサが心配する第6話での場面の演技はジーンとさせられた。

「メイさんには忙しいときこそ、しっかり食べて、ちゃんと寝ていただきたいんです」とナギサ。それにメイが「なんなんですか」と声を荒げると、「メイさんのことが心配なんです」と語気を強めた。

ナギサの表情は険しかったものの、怒っているのとは違った。母親が子供を心配するときの顔なのだろう。「小さいころ、お母さんになりたかった」というナギサを大森が巧みに体現している。

ハートフルの部分が堪能できたのは第5話。絶縁状態にあったメイの母親・美登里(草刈民代、55)と妹・唯(趣里、29)の和解が描かれた。

唯は3年前にデキ婚し、大学を中退。今はナギサと同じ家事代行サービス会社・NTSクリーンハウスで働いている。片や美登里は価値観があまりに古く、仕事にも悪しき偏見を抱いていたから、唯のことを許せなかった。

だが、まずナギサが家政夫という仕事の尊さを認めさせた。さらにメイの父親・茂(光石研、58)の還暦祝いに呼ばれたナギサは、変装した唯をアシスタントとして秘かに伴い、家族にとって思い出の料理を出す。

仕上げを行ったのはメイ。幼いころの自分と唯の写真をDVD化し、美登里と茂に見せた。美登里は家族内に対立がなく、幸せだった日々を思い出す。

もっとも、実際にDVDを作成したのはメイの部下で研修生の瀬川(眞栄田郷敦、20)。本人は自覚していないが、メイにはちゃっかりしている一面がある。

瀬川は伏兵的存在である。当初、職場のお荷物と捉えられていたが、今やメイの欠かせない部下に。天然ボケで愉快な人物であり、ドラマにとっても外せない。どうやらメイに気があるらしい。

メイへの思いを伝えてある田所、プロポーズ済みの肥後、さらに気がありそうな瀬川。メイへの恋愛感情は不明だが、もちろんナギサもいる。メイが選ぶのは誰なのか?

いつの時代も極上のハートフルラブコメディは、見る側の性別や年齢を選ばない。

<文・高堀冬彦 ライター、エディター。1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社編集局文化社会部記者、同専門委員、毎日新聞出版社サンデー毎日記者、同編集次長などを経て独立。スポニチ時代は放送記者クラブに所属>

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