京都の老舗ライブハウスがコロナ禍でも守り通す「絶妙な音楽空間」

ライブハウスは、悪くない

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「6月中旬から、ライブやってます。毎日ではないですけど。うちの店としては、演奏したいというミュージシャンがいたら開けてます。ステージのまん前の席は空けて、お客さんの間隔あけて。だから今は30人しか入れません。でも、やりたい言われたら、やります。出来る限りの対策して。ライブ、できんようになったら困りますから」

京都ロックの聖地「拾得」。憂歌団やボ・ガンボス、くるりなど、独特の音楽が息づいている

京都の住宅街にある、日本でいちばん古いライブハウス「拾得(じっとく)」のテリーさんは、まあるい優しい言葉で、そういう。

「47年やってきて、こんな長いこと休んだのは初めてですわ。店閉めて、やることないなと思ったのは一瞬。なんかせな、と思って、生き残り作戦を考えました」

コロナ禍で、ライブハウスがなんだか「悪者」のようになっていたころだ。

「クラウドファンディングっていうのは、ただもらうだけのようでなんかね。ここでマスク工場しよかとか、いろいろ考えて(笑)。特典付きのドリンクチケットと、特典付きのTシャツを作ったんです。すこしでも売れたらええなと思って。そしたらびっくりするくらい買うてくれはった。驚きました」

Tシャツの胸には、前売りを表す「ADV」のデザインが。これを着ていくと前売り料金で入れるという特典つき

店が再開したときに使ってもらおうと用意したドリンクチケットは「大人買い」のお客さんもいて、売り切れた。

「京都の店に、そうそうは来られないような遠いところの方も買ってくれた。5000円のチケットに5万円送ってきたので「額がちゃいますよ」と連絡したら「いいんです」っていう方も。ありがたかったです」

ライブハウスには歴史と、愛がある

全国の拾得ファンとミュージシャンたちが、休業中のライブハウスを支えた。

この伝説のライブハウスは、築200年とも300年ともいわれる酒蔵を改装して、1973年「コーヒーハウス拾得」として開店した。

堂々たる外観。京都にはもうひとつ酒蔵を使ったライブハウス「磔磔」がある

「当時、京都にジャズ喫茶はたくさんあったんです。うちの店ははじめ、日によって音楽だったり落語だったり講演だったり、スタッフが好きなことをしてたんですが、だんだん音楽が中心になってライブをやるようになった。京都には、憂歌団や上田正樹、ボ・ガンボス、くるりなど、いいミュージシャンがたくさんいて、独自の音楽があります。そこにサザンオールスターズなんかも東京からもくるようになって」

山下達郎が拾得で聴かせたかった音

山下達郎がシュガーベイブとしてステージに立ち、「東京に帰れ」と野次られたのは’75年ごろ。一昨年、その「思い出深い」拾得でアコースティックライブを敢行。チケットの抽選倍率は80倍という超プラチナだった。

「ライブハウスでどんな音を出すか、それぞれの考えやと思うけど、ぼくは、演者が使う自慢の楽器のその音を、そのままに伝えたいと思う。ちゃんちゃんと鳴るようなデフォルメされた音やなく、生演奏の音。ホールではなく、ライブハウスて、そういう空間やと」

そんな特別な空間だから、人一倍「音にうるさい」山下達郎が、このちいさなステージを選んだのだろう。

この日のライブは、京都ロックの至宝といわれるベテランバンド「CHAINS(チェインズ)」。春以降予定していた京都、大阪、東京でのライブはすべて中止になった。

「拾得には、独特の絶妙な音がある」という。「大きな音を出しても、音が優しい」ミュージシャンにとっても客にとっても、特別な場所なのだ

やっぱりライブやないと、あかん

「ライブ、ええなあ。久しぶりでちょっとあがってしもた(笑)。毎週スタジオ練習でギター弾いて歌ってるけど、こうしてお客さんいてはるのとぜんぜん違う」(CHAINSボーカル:新村敦史さん)

「通信の仕事をしてるので、ライブ自粛になったとき、配信どうやろ?と考えてみたけど、あかんですわ。音圧が違う。空気感が違う。最新の5Gやらの技術を使っても、この距離感にはかなわへんと、あらためて思いました。音楽は空気の振動。やっぱりライブやないと、あかん」(ギター:横山道明さん)

ステージ正面の席は無人。広々した店内に京都ロックが空気を震わせる

酒蔵を改装した店内には、酒樽を使ったテーブルと、畳の席がある。キャパの1/3に満たない30人ほどがゆったり座り、テリーさんのPAで絶妙に増幅されたサウンドが流れる。ドアは、転換ごとに開けられる。売り上げは減り、仕事の量は増えた。でも、とテリーさんは言う。

「ライブハウスだけが、感染源ではないですよね。どんな業種、どんな場所でも感染の可能性はある。それを責めてもしかたない。だから、ぼくら出来る限りの対策をして、音楽をやり続けるんです。いろんな人、いろんな考えがあると思います。それで、ええんちゃうかな」

音のチェックはもちろん、テリーさん自ら照明の調整もする。この場所で、ずっと音楽を見守ってきた

テリーさんの言葉に、すこしだけ力がこもった。そう、悪いのはライブハウスじゃないし、音楽でもない。「自粛」なんていう言葉に右往左往するのは、もうやめたい。

迷いながら進むしかない

「東京からのバンドも断りませんよ。でもヤンチャ系のバンドには、はらはらします。いろいろ注文つけるのも辛いんですけどね。飛沫系のボーカリストに、響き系の歌い方に変えてほしいと話してみたり。ソウルミュージックよりミシシッピデルタ風の歌唱法がいいかなとか(笑)。

アメリカでは、テキサス・オースティンのライブハウスの90%がつぶれたってききます。

コロナて、数か月でおさまるのと、ちゃいますやろ。何年かかるかわからへん。その間ずうっと、ライブできひんのではね。細心の注意を払いながら、音楽の場所を守る。迷いながらね。

ぼくの理想とする店って、ないんですよ。やりたいていうミュージシャンがいて、お客さんがいたら、今やれるとこをやる。今やってることがいちばん、これが理想やなと思えることを続けていきます。半信半疑でね」

この場所を失うわけにはいかない。京都のライブ文化を見守り続けてきたテリーさんのもとには今夜も音楽ファンがゆるゆると集い、空気を震わせる音に耳を傾けている。

  • 撮影天野花子

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