妹・金与正を悩ます北朝鮮特殊部隊の「死の大乱闘」騒動
「金与正氏の権限が強大になったと、我々はみている」
8月25日、韓国の鄭景斗・国防部長官は野党議員の質問に対し国会でこう答えた。
北朝鮮の指導者・金正恩氏の妹・金与正氏の権力が、急速に強化されている。鄭氏によると、朝鮮労働党で最も重要な機関の一つ組織指導部を掌握。外交、内政の両面で、正恩氏が与正氏への権限移譲を進めているという。
「与正氏は性格が明るく従順で、兄からの信頼が厚い。正恩氏のスケジュール管理から、ヘアスタイルやメガネ、背を高くみせるための靴まで彼女が用意していると言われています。5月に韓国の脱北者団体が金ファミリーを誹謗するようなビラを北朝鮮に向けまいた際、兄に代わり『吐き気がする』『ムカつく』と過激な声明を発表。体調不安が噂される正恩氏の後継者となったのは、間違いないでしょう。
ただ不安もあります。まだ30代前半と若く、実績が少ないことです。経済成長を優先した正恩体制では、軍が冷遇されてきました。年若い与正氏が、不満の溜まっている軍を統制できるかが今後の課題でしょう」(韓国紙記者)
急速に権力の移譲が進む与正氏に、頭の痛いトラブルが起きたのは8月17日のこと。統率が課題とされる軍の内部で、死傷者が出る乱闘事件が起きたのだ。情報を得た『デイリーNKジャパン』の高英起氏が語る。
「当日は北朝鮮の特殊部隊『暴風軍団』の兵士3人が、韓国との国境にある会寧で夜間パトロールを行っていたんです。国境警備隊の塹壕を通りかかった時のこと。兵士らは、いるはずの隊員がいないことに気づきます。さっそく捜査が始まりました」
武装したまま泥酔
暴風軍団はスグに隊隊の兵士2人を、近くの売台(雑貨店)で発見した。2人は武装したまま酒を飲んでいたという。暴風軍団は、泥酔した隊員を厳しく注意。「自分たちのシマを荒らされた」と感じた隊員は仲間を呼び、暴風軍団と大乱闘になったという。高氏が続ける。
「複数の国境警備隊員が、頭蓋骨を折るなどの大ケガを負いました。暴風軍団の兵士1人も銃撃を受けて死亡。売台の店主は、保安指導員(秘密警察)に通報します。その結果、酒を飲んでいた2人を含む国境警備隊員19人は留置所に勾留。暴風軍団の兵士らは、営倉で取り調べを受けることになりました」
軍は事件翌日に調査班8人を派遣。報告書には、次のように書かれていたという。
〈最高司令官同志(正恩氏)の国境沿線防疫封鎖命令の貫徹のために、同じ塹壕で共にすべき革命の戦友であり、同等な部隊の同志が、無残にも殴り殴られ血を流す乱闘を繰り広げたことが、党の軍民一致、一心団結、擁軍愛民思想をいかに妨げることか深く反省すべし。組織別に総括を行え〉
与正氏への権力移譲の最中に起きた、軍内部の流血事件。前出の高氏は、今後は軍への締めつけが厳しくなると考える。
「国境警備隊やパトロールする兵士には、今回のようなトラブルが起きないよう実弾ではなく空砲が渡されるそうです。10月10日の党創建75周年記念日を控え、再び銃器による事件や乱闘を起こし軍の規律を乱せば党の威信がキズつきますから。トラブルを起こせば、部隊長、政治委員、保衛部長まで軍事裁判にかけて、厳罰に処すとの警告が発せられたと言われています」
兄の後継者として、軍をまとめる力量を問われる与正氏。権力の移譲中に、さっそく難題に直面している。
写真:AFP/アフロ