「ヘル朝鮮」とも呼ばれる韓国のいまを映したヤバいドラマの数々
『愛の不時着』『梨泰院クラス』より人気の『SKYキャッスル』、女性の心に突き刺さった『オ・ヘヨン』。ヒットしたドラマには”韓国ならでは”の背景が
今年、日本ではNetflixで配信されている韓国ドラマ『愛の不時着』と『梨泰院(イテウォン)クラス』が話題となり、現在も視聴ランキングのTOP10に入っている。最近はキム・スヒョン主演の『サイコだけど大丈夫』もランクインしている。
この3作品は韓国でも話題となったが、中には韓国で大ヒットしたにも関わらず、日本ではまったくウケなかったドラマもある。
例えば『また!?オ・ヘヨン ~僕が愛した未来(ジカン)~』は日本でほとんど話題になっていない。日本人が見てもただのラブコメとしか感じられないが、これが韓国人女性の心に突き刺さった。
ドラマには同姓同名の「オ・ヘヨン」という女性が登場する。ごく普通の平凡なオ・ヘヨンと、才色兼備のオ・ヘヨンだ。当然、周囲からは比べられてしまう。
競争社会の韓国では学生時代から何かと人と比べられやすい。
“オムチナ”とは「お母さんの友だちの息子」を意味し、「お母さんの友だちの息子はこんなに優秀なのに」といった比較対象に出す言葉だ。
ドラマでは同姓同名の優秀な女性と比べられることでヒロインの心が疲れていく。視聴者の多くは評価されないほうのオ・ヘヨンに共感した。その姿がまさに、平凡な自分自身と重なったからだ。
韓国には「ソウルで金(キム)さんを探す」ということわざがある。情報不足で探すのが非常に困難であることのたとえだが、5人に一人はキムさんといわれる。
キムさんに限らず、韓国ではこのように同姓同名になることが少なくなく、優秀な人と比べられるのはたまらないだろう。
こうした背景もあって、ドラマは女性視聴者から支持され、ミュージカルにもなっている。
過酷な競争社会と学歴至上主義
競争社会の韓国で人生の転機となる難関が大学受験だろう。
富裕層の熾烈なお受験をブラックユーモアたっぷりに描いた『SKYキャッスル~上流社会の妻たち~』は“SKYキャッスルシンドローム”という言葉まで誕生した。
韓国では『愛の不時着』『梨泰院クラス』よりも人気で、今年、『夫婦の世界』が放送されるまでは歴代最高視聴率23.8%を誇り、ケーブルテレビドラマのトップだった。
“SKYキャッスル”というタイトルも言い得て妙だ。これはドラマに出てくる高級住宅地の名称だが、“SKY”は「ソウル大学(S)」「高麗大学(K)」「延世大学(Y)」の頭文字で一流大学を意味している。
大学進学率が7割を超える韓国だが、特に上流社会において大学は“SKY”であることが当たり前。ドラマはそんな学歴至上主義の社会を皮肉っている。
受験戦争に勝ち抜いても、理想の職場に就職できるとは限らない。そんな韓国社会を描いているのが『ミセン-未生-』。
囲碁のプロ棋士になるはずだった青年が、コネによってインターンとして商社に入社。学歴もないまま奮闘し、正社員を目指すといった社会派ドラマだ。
若者の就職難がリアルに描かれ、努力しても報われないという厳しい現実を視聴者にも突きつけた。
ちなみに“未生(ミセン)”とは、韓国の囲碁用語で「“死に石”に見えるが、まだ死んでいない石」のこと。どうにでも転ぶ可能性のある石を意味している。
“SKY”も苦戦! 理想の就職先は倍率700倍!?
『ミセン-未生-』が韓国で放送されたのは朴槿惠(パク・クネ)政権下の2014年のこと。すでに深刻な就職難に陥っており、若年層の失業率は年々、高くなる一方だ。そのため、前手の名門校SKYの卒業生でさえも就職率が7割を切っている。まさに“ヘル朝鮮”(地獄のような朝鮮)といわれる理由だ。
だが、就職できる職場がないわけではない。韓国全土で求人を募集している会社はいくらでもあるのだ。
大卒なのに就職できない要因は、首都ソウルの大企業に人が集中していることにある。皆、就職するなら地方よりもソウルの会社がいいと考える。
また、韓国は主要財閥10グループの売上だけで、GDPの約75%を占めるお国柄だ。就職する以上は収入の安定した大企業がいい。そのため、「サムスン電子」の入社試験の倍率は700倍ともいわれる。
つまり、過酷な重労働を強いられる職場や職種が敬遠される一方で、大企業にばかり人が殺到しているのだ。
過度な学歴社会と競争社会はいつしかプライドを生み出し、到底、安月給の会社では働けない。韓国の就職難は、そうした社会がもたらした弊害ともいえるだろう。
就職難の韓国で人気の職業は―
これほどの就職難のせいか、ここ数年、韓国で人気の職業が「公務員」だ。アンケート調査では、次に「教師」と「医師」が続いている。
社会現象を巻き起こすほどではないが、医師たちを描いた医療ドラマも人気が高い。今年は『浪漫ドクターキム・サブ2』に『賢い医師生活』が好評のうちに終了した。
とはいえ、今現在、国民の医療界に対する視線は冷たいものとなっている。韓国政府による「医大の定員拡大」等の医療改革案について医師会が強く反発。8月14日に医療関係者らが大規模なデモやストライキを行ったためだ。
要はライバルが増えることで患者が分散し、ひいては自分たちの利益が減ることへの抗議。医師たちの気持ちも分からなくはないが、新型コロナウイルスが収束していない状況での医師会の愚行に韓国の国民は怒った。
こうした韓国社会のあまりにも呆れた現実から逃避したいがために、国民はドラマに救いを求めているのかもしれない。
- 文:児玉愛子(ライター、韓国コラムニスト)
- 写真:Lee Jae-Won/アフロ、ロイター/アフロ、AFP/アフロ
韓国コラムニスト 韓流エンタメ誌、ガイドブック等の企画、取材、執筆を行う韓国ウォッチャー。 メディアで韓国映画を紹介するほか、日韓関係のコラムを寄稿。