「モノの流行」予測を用いてコロナの拡大を予測する、新たな試み

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PCR 検査は新型コロナウイルスの蔓延を抑える特効薬なのか? その答えを導き出すために「消費者行動モデル」が有用な訳とは?

依然として新型コロナウイルスの感染は収まりそうにない。感染者数は毎日のように発表されるが、その際に気になるのがPCR検査を何人の人が受けたのかということだ。 

果たして、検査数を増やせば感染を抑制できるのか。 

感染者の増加が予想される秋・冬に向かう今、モノの流行を予測・分析する「消費者行動モデル」を用いて感染の様子をシミュレーションする専門家の見解を紹介する。

「手あたり次第PCR検査をやるべき時期は過ぎた」と矢田教授は言う

PCR監査 積極的にするべき? むやみにすべきではない?

新型コロナウイルスの感染拡大に伴って耳にすることが増えた「PCR検査」というキーワード。PCR検査とは、新型コロナウイルスに限らずさまざまな微生物の検査でもよく用いられるもので、患者の喉の粘膜や痰を採取し、微生物の遺伝子を検出する。PCR検査で新型コロナウイルスの遺伝子が検出されれば陽性となり、患者はウイルスに“感染している可能性が高い”と判断される。

ただし、PCR検査には“偽陽性”・“偽陰性”もある。つまり、そのウイルスに感染していなくても陽性と判定されることがあるし、感染していても陰性と出ることがある。これはPCR検査に限らず、どんなに精度の高い検査であっても、病気の検査とはそのような性質があると心得ておかなければいけない。

新型コロナウイルスの国内の感染拡大が始まった当初、「日本ではそもそも検査数が少ないから本当の感染者数が少なく報告されている」「韓国ではドライブスルー型の検査を行っているのになぜ日本ではそれをしないのか」という主張が声高に叫ばれた。

明らかに症状が出ていると思われるのに検査まで待たされたり、死亡して初めて新型コロナウイルスに感染していたことがわかったりするケースも発生し、これもPCR検査の拡充を求める声に拍車をかけた。

確かにPCR検査を受ける人数が少なければ、「実は感染しているけれどそれを知らずに周囲にウイルスをまき散らしている人」がいる可能性が高い。 

では、検査の陽性者をすべて隔離すれば果たして新型コロナウイルスの感染拡大は防ぐことができるのだろうか。検査の結果、膨大な数に上った陽性者をすべて入院させていたら、医療崩壊を招いて患者治療に手が回らなくなり、死者が増える。 

そもそもPCR検査の結果は完全ではないので、陰性と判定された人の中にも感染者はいる。このような偽陰性の人が「感染していないというお墨付きをもらった」と安心して他人と接触すれば感染を広げてしまう可能性もあるのだ。

医療崩壊を防ぐために「消費者協同モデル」を活用するワケとは?(写真はイメージ)

モノの流行を予測する「消費者行動モデル」は、「感染症モデル」を応用して作られた 

昨今の「PCRの拡充こそが新型コロナウイルスの感染を抑制する方法だ」という声に疑問を持ったのが、関西大学商学部の矢田勝俊教授を中心とする研究グループだ。矢田教授らは危機管理タスクフォースを立ち上げ、「消費者行動モデル」を使って感染者の広がる様子を予測した。

「消費者行動モデル」とは、新商品がクチコミなどで認知され、世の中に普及していく過程を説明したものである。

新型コロナウイルスの感染に関する研究で、なぜ消費者行動モデルを使うのか。

矢田教授によると、病気が伝染していく様子と、消費者に流行や新商品が普及する様子はよく似ているという。しかも、元来、消費者行動モデルは感染症が広がっていくのを予測する「感染症モデル」を応用して作られているという。言われてみれば、確かに病気の“インフルエンザ”も、流行を広める“インフルエンサー”も、同じ英単語が語源である。 

「 “バカ売れ”は“ロングセラー”に比べ、市場に大きな問題を引き起こします。急に物が売れると、その期間だけ急増した需要にあわせて工場のラインの増強等が必要になり、コストが跳ね上がるからです。 

同様に、感染症も感染者の急増は深刻な問題を引き起こします。医療体制が崩壊しないように、そして、死者数を増やさないためにも、感染者数を爆発させずに収束に向かわせることが感染症対策として重要なのです。 

私たち研究者は、研究を行うからには、何かしら世の中の役に立ちたいという思いがあります。今回の新型コロナウイルスの流行をきっかけに、感染症モデルを応用させて作った消費者行動モデルを、感染症の予測に『逆輸入』する形で活用させ、何かしらの恩返しをしたいと考えました」(矢田教授 以下同) 

膨大な研究の蓄積をもとに作られた「消費者行動モデル」は、様々な条件下での予測が可能

中国やアメリカなどで使われている大規模なPCR検査を行う「感染症モデル」は、感染者はすべて隔離することが前提となっている。しかし、これは、1ヵ月後に大規模な隔離施設を作りあげて、感染者はすべてそこに収容することが可能な環境下で、精度よく予測できるモデルなのだ。

しかし、日本では、そのような隔離体制を用意することは現実的に難しい。つまり、中国やアメリカで使っている感染症モデルを、そのまま当てはめても国内の感染状況を予測することは難しいのだ。土日は検査数が減るという日本独自の特徴もある。

しかし、「消費者行動モデル」を使えば、このように日本のような特殊な場合でも、ある程度予測することが可能だという。

「『感染症モデル』は、『消費者行動モデル』に比べると検証の機会が多くはありません。世界であらたに発生する感染症の種類はそう多くはなく、新型コロナウイルスのように感染者の詳細なデータが取れる機会はあまりないからです。 

対して消費者行動モデルは、新商品は世の中で毎年数え切れない数が出てくるので、検証を行う機会に恵まれています。これまでの膨大な経験、研究の蓄積をもとに、“特殊な状況”もモデルに組み込んで、様々な条件にあった予測を行うことが可能なのです」 

手あたり次第PCR検査をやるべき時期は過ぎた

このような背景から、「消費者行動モデル」を使って感染状況をシミュレーションしてみたところ、PCR検査を拡大拡充させるよりも、感染者の隔離を確実に行うことの方が新型コロナウイルスの感染拡大を抑える効果があるという結果がはっきり出たという。 

「新型コロナウイルスの感染拡大初期では、韓国のようにPCR検査を圧倒的な規模で行い、すべての陽性者を隔離する方法が効果的だったとこのモデルで証明できました。しかし、現在の日本ではこのような時期は、すでに過ぎています。 

消費者行動モデルでのシミュレーションの結果、現段階の日本では、大規模なPCR検査を行ってもほぼ効果がなく、むしろ確実に感染者の隔離を実現する医療体制を充実させるほうが優先度が高いということがわかりました」

矢田教授率いる危機管理分析タスクフォースでは、今後、国に対してデータのオープン化を求めていくという。

「国の検証の方法はどのような論文に基づいているのか、どのデータを使い、どのモデルを使って方針を決めているのかをはっきりさせてほしいですね。データとしては陽性者数だけでは意味がないので、陽性者の年齢や住所、職業などの“属性”も可能な範囲で教えてほしいです。 

また、陽性ではなかった人のデータも知りたいですね。マーケティングでは、“商品が売れなかった理由”が、その後の戦略で大切になってきます。このようなデータを詳しく分析し、より感染リスクの高い属性の人を割り出して、そこに集中的にPCR検査を行えば、PCR検査ができる数に限りがあっても感染を抑え込む効果は高くなります」

矢田教授は、産業界に対しても、危機の状況下で人間がどのように行動するかを示し、企業が利益を確保するための対策について提言していく予定だという。

「今年の春は、国内の供給は十分なのにトイレットペーパーが品切れになるなど、“パニック購入”とも言える極端な消費行動が目立ちました。先ほども言いましたが、“バカ売れ”はコストがかかるため、企業にとってもメリットがない状況です。このような、Withコロナの時代には、いかに消費を平準化させるかも考えていかなければいけません」

3月に起きた紙製品不足による行列。Withコロナの時代、消費を平準化させることが大切だ

矢田勝俊(やだかつとし) 関西大学商学部教授。大阪大学招へい教授を兼任。1997年、神戸商科大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。研究分野はデータマイニングのビジネス応用。最近では、AMA(American MarketingAssociation) 国際会議で発表するなど、マーケティング領域での先端研究に取り組む。主に顧客・店舗管理、商品評価、消費者行動モデリングに関するデータマイニングに取り組んでいる。

  • 取材・文今井明子

    サイエンスライター。京都大学農学部卒。気象予報士。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。『Newton』『AERA』『東洋経済オンライン』『暦生活』『Business Insider Japan』などで執筆。著書に『天気と気象の特別授業』(共著、三笠書房知的生き方文庫)、『異常気象と温暖化がわかる』(技術評論社)などがある。気象予報士として、お天気教室の講師や気象科学館の解説員も務める。

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