老舗旅館の放蕩息子が「リモートワークの聖地」の立役者になるまで

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コロナ禍で団体ツアーは消滅。未使用の客室をリノベしてサテライトオフィスに

「僕は子どもの頃から、この2万坪の敷地で育ちました。200人の従業員には〝坊ちゃん〟と呼ばれ、料理人が作った食事が毎日、敷地内の自宅に運ばれてくる。野球部の仲間5人と館内のレストランでステーキを食べて『お父さんにつけといて』。そんなずれた感覚のまま東京で大学生活を送り、実家に戻ってきました。

そして社長だった父親がテーマパークに手を出して家業が傾いた時に、家から放り出されたんです」

佐賀県の嬉野温泉屈指の大旅館『和多屋別荘』。その3代目社長、小原嘉元(こはら・よしもと)さんはこう明かす。

和多屋別荘は、コロナ禍で日本中の宿泊業が悲鳴を上げた今夏、一躍、脚光を浴びた。未使用の客室を通信環境完備の仕事部屋としてリノベーションし、東京のプロモーション会社『イノベーションパートナーズ』のサテライトオフィスを呼び込んだのだ。

嬉野温泉屈指の大旅館『和多屋別荘』3代目社長・小原嘉元(こはら・よしもと)氏

「5月20日の西日本新聞にそのニュースが載ったとたん、内閣官房を始め、テレビ全局、新聞社などから問い合わせが殺到。『リモートワークの聖地』みたいな扱いになった。最初の頃は視察だらけで、オフィスで働く社員さん達が、仕事にならないほどでした」

「自前の大工」に目をつけ、館内を大改装

元・放蕩息子の小原さんは、異色の経営者として旅行業界では知る人ぞ知る存在だ。

勘当されてから紆余曲折の末、小原さんを放り出すよう父親にアドバイスした〝宿敵〟のコンサルティング会社に入って修行を積む。そこで凄腕コンサルとなった小原さんは、その後80以上の旅館を立て直し、2015年、再び経営が悪化していた和多屋別荘の経営者として嬉野に帰ってきた。

「戻った時の和多屋の空気を一言で言うと、『愛情がまったくない』。たとえば美しい川に面していながら、客室以外のパブリックスペースに川や庭、月を眺めて座れる場所がひとつもなかったんです。

そう気づいてはいても、そのときの和多屋には各所への未払い金が3億5千万円もあり、今日にも支払えと迫られていた。設備投資とか新しい広告を打つなんていうカネは1円もありませんでした」

そんな和多屋別荘には、館内の什器を修繕するための大工が一人雇われていた。

「椅子とか入口の踏み込みの根太とか、100室以上あれば毎日のようにどこかで何かが壊れる。それを木工所に持っていく手間を考えて、恒常的に大工さんを雇ってたんですね。この人に、僕は館内の改築をじゃんじゃんお願いするようになったんですよ」

壁面をぶち抜いて作った廊下の休み所。川を見下ろすことができる

廊下の壁面をぶち抜いて川を眺められるスペースを作り、椅子も自作した。正面ロビー脇の足湯は、昭和風の無骨な石造りから竹を巡らせたスマートな寛ぎ処に変えた。かかった経費は床の木材と竹の材料費だけ。37万円ですませたという。

今や館内パブリックスペースの休憩所は100ヵ所をこえる。

37万円でリノベーションした足湯は同館の人気スペース

「ただ、そんな大量の発注を一人の大工さんでこなせるわけがない。実は僕が社長になって間もない頃、人事部の社員が『社長、大浴場スタッフのMさんは、若い頃15年ぐらい大工してましたよ』って教えてくれた。その人に『大工しませんか?』って持ちかけて〝社内転職〟してもらいました」

敷地内にひっそりとあった大工小屋は、いまや4人の大工が常駐する、ちょっとした製材所のような規模にまで成長。リノベーションは現在でも加速を続け、冒頭のサテライトオフィスが〝和多屋大工〟の手で出現したのである。

「建築会社入れて、打ち合わせをして、資材取り寄せて図面引いてもらって手直しして……とやっていたら、どれだけかかるかわからない。ちなみに足湯のリノベの時に、外注するといくらぐらいかかるのか見積もりをしたら、250万円って出ました。お金だけじゃなく、時間もとんでもなくかかってしまう」

2万坪の敷地内にある大工小屋。中央に見える竹があしらわれた板は、拡張中のサテライトオフィスに置かれる巨大なテーブルに使われる予定

旅館は〝神社仏閣の一歩手前〟が一番美しい

オフィススペースだけでなく、本館や別館の客室も次々と〝和多屋大工〟の手で改装が進んでいる。ちなみに改装をリクエストする小原さんは、大学時代は法学部に通っていて建築のケの字も知らない。大工たちへの注文は「テーブルは八角形のイメージで」とか「扉はガラスはめで」とか文字で書くだけだ。

「ただ、僕はコンサル時代に全国の旅館に赴き、いろいろな施設を見てきました。また各地で神社仏閣、美術館、市場などはほとんど回ったと思います。その経験から『旅館はおそらく〝神社仏閣の一歩手前〟が一番美しい』と考えるようになったんです。

祖父が創業し、築70年の本館は、今でも50ヵ所ぐらいは雨漏りが発生し、もうどこから漏れてるのかさえわからないオンボロの状態です。でも2万坪の敷地があり、美しい川と庭、アルカリ性でとろりとした温泉がある。地元では嬉野茶が取れ、肥前吉田焼という窯元もある。これを全部一から手に入れるとしたら、150億円とか200億円かかるでしょう。

僕は3億5千万円の未払い金と、さらに15億円の銀行借り入れを背負って経営をスタートしましたが、150億円のたった十分の一の借金で経営できるんだから、この資産は宝船でしかありません。でも日本中の多くの旅館経営者は、『雨漏りしてるから、この建物は建て直さないとやっていけない』と思っちゃうのが現実なんですよね」

10畳と縁側のついた本館和室(改装前)
改装後の本館10畳間。上の写真と同じ間取りだが、縁側部分をつぶし木のベッド台を作った

「経営状況自体はどこだってコロナ禍で苦しい。ウチも近隣でクラスターが発生した2日後から5月末までの1ヵ月と4日間、70年の歴史で初めて休館しました。僕が泣くことでコロナが終わるならいくらだって泣き続けますが、そんなことになるわけない。

だとしたら、ここでイノベーションを起こさないといけない」

コロナ禍を契機に決定的に変わる旅行スタイル

小原さんが確信しているのは、旅行スタイルの主流は、このコロナ禍を契機に決定的に団体から個人に変わる、ということだ。25あった宴会場をすべて閉鎖し、婚礼も団体客スタイルの受け入れ対応をやめることにした。

「これまでも少しづつ、そうしたトレンドは見えていたんです。団体のお客様は7時に朝食を召し上がり、8時に迎えにくるバスで次の観光地に運ばれていく。でも個人、特に露天風呂つきの部屋に滞在しているお客様などは、チェックアウトぎりぎりまで館内で過ごして、和多屋での滞在空間を堪能されている。こうした層は居心地の良さにおカネを払いますから、連泊希望も少なくない。

今後は、TSUTAYAのようなブックス&ティーサロン、直営の飲食施設、スパ、バー、オリジナル商品のショップなどの複合商業施設を入れ、泊まらずとも朝から晩まで和多屋の中で豊かな一日を過ごせる、そんな空間にしたいと思っています」

)空間すべてが完全リノベーションされた、別棟「水明荘」のメゾネットスイート「白竜の間」。部屋いっぱいのガラスの外には和多屋大工が作った16・5畳の大きな月見台が広がる
上写真の居間とメゾネット式で続いている寝室。ここからも外に出られる
寝室脇の露天内湯。もう一つの内湯は全面檜造り。「白竜の間」は1泊2食つき4万5000円

「第2の故郷」と思えるようなサテライトオフィスが理想

館内にサテライトオフィスを構えた『イノベーションパートナーズ』は、そんな和多屋別荘の経営スタイルに強く共感し、5部屋のサブリース契約を締結。2社目、3社目の受け入れ先を小原さんと協業で探しているという。

「サテライトオフィスになると、佐賀県と嬉野市が3年間、家賃の3/4を支払う補助金制度を使えるのですが、嬉野か和多屋にとって組むに値する企業でなければ、入ってもらう意味がありません。入居する企業の社員にとっても、サテライト先を第2の故郷と思えなければ2拠点生活は続かないでしょう」

覚悟を決めてサテライトを構える企業が現れたら、小原さんは、和多屋大工たちに最適な空間を作るように指示を出す。今後も和多屋大工ストーリーは、どんどん進化しながら続いていくはずだ。

  • 取材・文・撮影花房麗子

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