次の総理・菅義偉は「危険で邪悪」なプーチン政権とどう向き合うか | FRIDAYデジタル

次の総理・菅義偉は「危険で邪悪」なプーチン政権とどう向き合うか

ロシア反体制派の毒殺未遂に使われたのは軍用神経剤「ノビチョク」

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ロシアの著名な反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が毒物を盛られて重体に陥っていた件で、9月2日、ドイツ政府は「神経剤ノビチョク系が使われた証拠がある」と発表した。

アレクセイ・ナワリヌイ氏は、20代から政治活動を続けている。現在44歳。写真:AFP/アフロ
アレクセイ・ナワリヌイ氏は、20代から政治活動を続けている。現在44歳。写真:AFP/アフロ

ナワリヌイ氏は8月20日、空港で紅茶を飲んだ後に搭乗した飛行機内でいきなり倒れ、重体に陥った。ロシアの病院では「毒物の痕跡なし」とされたが、仲間たちの尽力でドイツに移送され、検査・治療を受けていた。今回、ドイツの軍研究所で血液サンプルが精査され、ノビチョク系神経剤が投与された痕跡が確認されたのである。

ドイツ・ベルリンの病院で治療を受けているが、現在も意識不明、重体が続いている
ドイツ・ベルリンの病院で治療を受けているが、現在も意識不明、重体が続いている

ノビチョクは旧ソ連が開発した軍用化学兵器で、あの「サリン」より危険な神経剤だ。過去にも2018年3月に、イギリス亡命中の元ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のセルゲイ・スクリパリ元大佐の暗殺未遂で使われたことがある。この事件は、GRU内の破壊工作班「第29155部隊」のデニス・セルゲイエフ少将率いるチームによる犯行であることが判明している。裏切り者に対する「見せしめ報復」ということだろう。

「ノビチョク」という神経剤、つまり毒物は、簡単に手に入るものではない。ナワリヌイ氏の毒殺未遂にこのノビチョクが使用されたのなら、これはロシア当局による犯行と断定していいだろう。

容疑者としては、前述のGRU第29155部隊の可能性もあるが、GRUはどちらかというと対外破壊工作を専門とする部署(最近ではアフガニスタンで米軍兵士殺害に報奨金を出していた疑惑が注目されている)だ。ロシアで反体制派の暗殺をするのは、旧KGBの流れを汲む「連邦保安庁」(FSB/プーチン大統領はこの元長官)の「特殊任務センター」(TsSN)に所属する特殊部隊「ヴィンペル」(V局)が、主に担当している。

ナワリヌイ氏に対する犯行は、このヴィンペルがまず、第一容疑者とみていいだろう。ウクライナなどロシア国外でのテロ活動では、ヴィンペルのイゴール・エゴロフ大佐を中心とするグループが暗躍していることが、イギリス拠点の民間情報調査グループ「ベリングキャット」らの調査でわかっている。が、今回は国内でのテロなので、誰が中心になって動いたかは、まだ不明だ。

取り扱いに慎重さが求められるノビチョクが使われたとなると、ヴィンペル幹部が直接現場で指揮した可能性が高いが、ヴィンペルは殺しの実行役にマフィア系の犯罪者や、親プーチン派の武闘派として知られるチェチェン共和国のカディロフ首長の手下を使うこともある。

さらには、これまでもっぱらロシア国外での破壊工作を専門にしていて、ロシア国内での非合法活動実績は知られていないものの、プーチン大統領の側近の政商で、ネット世論操作などウラの汚れ仕事を一手に引き受けているエフゲニー・プリゴジンが運営する傭兵組織「ワグナー・グループ」の存在もある。つまり、実行役として使えそうなラインは、いろいろあるのだ。

いずれにせよ、今回のナワリヌイ暗殺作戦は、ヴィンペルを第一容疑者とするプーチン政権のいずれかの特殊工作機関で立案・実行されたことは確実である。

プーチン政権による「暗殺」工作とみられる事件は、今になって始まったことではない。

前述した2018年のスクリパリ元大佐毒殺未遂以外にも、2006年にやはりイギリス亡命中のアレクサンドル・リトビネンコ元FSB中佐が放射性物質ポロニウムで毒殺された事件、同年にプーチン批判記事で知られたジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏がモスクワ市内の自宅アパートで射殺された事件、2015年に旧エリツィン政権で第1副首相も務めたプーチン批判派の最有力政治家だったボリス・ネムツォフ氏がモスクワ市内の橋の上で射殺された事件など、枚挙に暇がない。

こうしたプーチン政権の犯罪的行為には、G7を筆頭に国際社会も批判の声を上げているが、日本政府は、主要国では突出した親ロシア政策を続けてきた(※G7でも2018年に政権に就いた左派ポピュリスト主導のコンテ現政権は例外)。理由はもちろん、北方領土問題でプーチン政権のご機嫌を損ねないためにである。

2019年にウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム 」会場でも、仲の良さをアピール
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安倍晋三首相は、在任7年半の間にプーチン大統領と通算27回も会談し、ことあるごとに親密ぶりをアピール。2019年の会談では「ウラジミール、君と僕は同じ未来を見ている。ゴールまでウラジミール、二人の力で駆けて、駆けて駆け抜けようではありませんか」と熱烈なラブコールまで送った。

2014年のロシアのクリミア侵攻に対する欧米主導の制裁には日本も参加したが、金融の制限やエネルギー関連の一部取引禁止など当該の制裁分野では、日本はもともと関与しておらず、実質的な制裁は行われずに形式だけの制裁参加に留まった。2018年のスクリパリ元大佐毒殺未遂では、G7で日本だけが、外交官退去などの外交制裁に参加していない。

それどころか、日本はプーチン政権の求めに応じ、ひたすら経済協力を拡大してきた。すべて北方領土返還を期待しての媚ロシア外交だったが、領土交渉が1ミリも進まない悲惨な結果に終わったのは周知のとおりだ。

プーチン大統領は今年7月、強引に憲法を改正して大統領職の規定を変更。自ら2036年まで大統領を続けられる道を開いた。事実上の終身大統領である。

こうして名実ともに絶対権力を手に入れたプーチン大統領は、政敵の暗殺を謀るような強権支配をますます強化していくだろう。その暗殺の手は国外まで及び、各国の主権を踏みにじり、治安を危険に晒す。

中東シリアではアサド独裁政権に手を貸して、2015年から一般住民の大量殺戮を続けてきたが、今は中央アフリカやリビアでも殺戮を含む破壊工作を展開している。もちろんウクライナ東部でも、いまだに紛争を背後で仕掛けている。現在はさらに、ベラルーシで民衆の平和的デモを弾圧しているルカシェンコ独裁政権の支援に乗り出した。

また、米大統領選への介入だけでなく、欧州各国の選挙への介入、各国の極右勢力の支援、移民排斥・他宗教排斥など、社会の分断を煽る情報操作工作を組織的に行っていることが判明し、米国やEUから非難されている。

そんな危険で邪悪なプーチン政権と、今後日本はどう向き合うべきなのか。

すでに菅官房長官の次期首相就任が確実視されているが、菅氏は安倍政権での無残な対露外交の、直接の責任者だ。自らの失敗の責任回避を優先して、今後もこれまでどおりに、ひたすら媚を売るような同じ路線を続けるのか。新内閣にはいまいちど「外交」に関する姿勢を問うておきたい。

<軍事ジャーナリスト 黒井文太郎>

1963年、福島県いわき市生まれ。週刊誌編集者、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に紛争地を取材多数、雑誌、テレビなど各メディアで活躍中。著書・編著に「北朝鮮に備える軍事学」「日本の情報機関」「イスラムのテロリスト」(以上、講談社)「紛争勃発」「日本の防衛7つの論点」「自衛隊戦略白書」(以上、宝島社)、漫画原作に「満洲特務機関」「陸軍中野学校」(以上、扶桑社)など

  • 写真AFP/アフロ ロイター/アフロ 代表撮影/ロイター/アフロ

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