コロナでJRは3カ月で赤字1553億…鉄道各社の今後の稼ぎ方
大手企業は続々通勤手当の支給を見直し
日本では従業員の通勤定期代を企業が負担するのが一般的だが、実はこれは世界的に見れば珍しい慣習だという。厚生労働省が2009年に行った調査によれば、86%もの企業が通勤手当を支給していると回答しており、社員1000人以上の企業の正社員に限れば、通勤手当の支給率は100%という結果が出ている。
これは戦後、都心の住宅難により遠距離通勤を余儀なくされるようになり、通勤費が少なからざる負担になったこという事情を背景に、高度経済成長期に不足する労働力を誘致するための施策として広まったそうだ。労働者にとってはありがたい話である反面、本来であれば地価と運賃はトレードオフの関係にあるはずが、通勤手当が存在しているために、遠距離通勤化を助長しているという批判もある。
良くも悪くも日本の通勤風景を形作ってきた通勤定期であるが、新型コロナウイルスの感染対策としてテレワークが急速に普及していることを受け、通勤手当を廃止する動きが広がっている。
たとえば大手電機メーカーの富士通は7月6日、新型コロナウイルスの感染拡大によって生じた「ニューノーマル(新常態)」において、デジタルトランスフォーメーション企業への変革をさらに加速させるため、「Work Life Shift」というコンセプトで働き方改革を推進すると発表した。
同社は2017年4月からテレワーク勤務制度を正式導入しているが、今後はこれをさらに加速。オフィスの規模を3年後をめどに半減させるなど、テレワークを基本とした勤務体系に移行していく方針だという。そうなると必然的に毎日の出社を前提とする定期券は不要になることから通勤手当を廃止。代わりに月5000円の「スマートワーキング手当」を支給するという。出社や顧客の訪問など交通機関の利用が必要な場合は、国内出張扱いでその都度、実費を精算する形になるそうだ。
富士通広報部によれば、通勤手当廃止によるコスト削減効果も期待できるとしながらも、それ以上に仕事の内容に応じて一番効率的な場所や時間で働くというテレワークのメリットを重視した結果という。この他、NTTグループ、ソフトバンク、キリンホールディングス、カルビー、ホンダ、全日本空輸(ANA)、大東建託などもテレワークを標準的な勤務形態と位置づけ、通勤手当の見直しに着手すると発表しており、この流れはますます加速しそうだ。
通勤手当の廃止により、打撃を被るのが鉄道会社だ。従来、首都圏の鉄道の輸送人員に占める定期券利用者の割合は6割弱。つまり、乗客の半数以上を通勤利用者が占めていた。ところが新型コロナウイルスの感染拡大以降、テレワークを導入、拡大する企業が相次ぎ、日本人の働き方は大きく変わりつつある。実際、首都圏のJR、大手私鉄の主なターミナル駅における朝のピーク時間帯の利用状況は、新型コロナウイルスの感染拡大以前と比較して約3割減少している。
混雑の緩和は利用者にとっては朗報だが、鉄道会社にとっては減収に直結する。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、鉄道各社の4月から6月の第1四半期決算は悲惨な数字が相次いだ。
JR東日本の鉄道営業収入は、4月は76%減、5月は71%減、6月は46%の減少となり、4月から6月の第1四半期連結決算はJR発足以来初となる1553億円の赤字を計上。大手私鉄も軒並み約100億から約300億の赤字となった。
他社に影響を及ぼすJRの再建プラン
もっとも、減収の大きな要因は定期利用者の減少ではなく定期外利用者の減少だ。JR東日本の第1四半期の利用者数は、定期券で30.7%減、定期外で79.3%の減少で、特急や新幹線など長距離利用者の減少が響いている。だが、定期外利用者は(出張などビジネス需要の今後は不透明であるものの)感染の収束とともに一定の回復が見込まれるのに対し、通勤利用者の減少は一時的なものではなく、今後も続くと見られている。
こうした状況を受け、JR東日本の深沢祐二社長は7月7日の定例会見で「コロナ終息後も利用は元に戻らない」と述べた上で、長期的に経営が成り立つ形で運行ダイヤやコスト構造、運賃制度の見直しに着手していることを明かした。また9月3日の定例会見では、通勤定期を値上げするとともに、オフピーク時間帯に限定して利用できる通常の定期券より安価な「オフピーク定期券」を新設する案を披露している。
つまり、朝ラッシュ時間帯の利用者は割引率が低く、混雑していない時間帯の利用者は割引率が高くなるという仕組みだ。ラッシュが緩和すれば鉄道会社にとっても設備投資が抑えられるというメリットがある。ただ運賃の値上げは国土交通省の認可が必要であり、時間帯によって運賃に差をつける運賃制度は前例がないことから、導入には2~3年を要すると見られている。
こうした流れは大手私鉄へと波及するのだろうか。鉄道界の「盟主」であるJR東日本の決定は、他社にも大きな影響を及ぼすと考えられるが、一方でJRと私鉄各社の事情の違いもある。というのもJRの定期券の割引率は1カ月定期で約50%、6カ月定期では約60%と私鉄よりも高い。これは国鉄時代、日本国有鉄道運賃法が定期券の割引率を1カ月定期と3カ月定期は50%以上、6カ月的は60%以上と定められていたことに由来する。
同法は国鉄民営化とともに廃止されたが、JR東日本、JR西日本、JR東海の3社は消費税の税率引き上げを除いて運賃を値上げしてこなかったため、現在も割引率が維持されている格好だ。
一方、大手私鉄の定期券の割引率は戦後しばらく70%程度で推移してきたが、輸送力アップやサービス向上の原資とするため、1973年には平均57%、1981年には平均48%に引き下げられ、現在では36%~43%になっている。
その結果、既に1か月あたり20日以上利用しなければ元が取れない私鉄もあり、こうした路線では普通定期とオフピーク定期の住み分けは困難となるため、定期券から回数券へのシフトが進むだろう。
JR東日本は昨年10月から鉄道利用に応じてポイントを付与する「JRE POINT」サービスを提供しているが、来年度にも回数券のように利用回数に応じてポイントを付与するサービスを開始する意向だ。こうしたサービスが拡大すれば、これまでとは違った鉄道の利用方法も出てきそうだ。
いずれにせよ、鉄道の運賃負担は今後、増えることになるだろう。利用者は通勤形態にあわせて最もトクになるきっぷの買い方に頭を悩ませることになりそうだ。

取材・文:枝久保達也
(鉄道ジャーナリスト)埼玉県出身。1982年生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)に11年勤務した後、2017年に独立。東京圏の都市交通を中心に各種媒体で執筆をしている。